37-9 ボクたち私たちくっついちゃいました 後編 - 真夜中の混浴と目隠し -
真夜中、大浴場の前に設置された脱衣かごの前でキシリールは目隠しをされた。
といってもよ、片手の塞がった二人の共同作業だ。後でしつこくキシリールに追求してみたらよ、結構見えてたそうだ。
「一縷の望みにかけよう。それに湯で肌を流さずに寝るなんて、僕には信じられん」
「すみません姫様、俺の不注意でこんなことに……」
「君のせいではない。あのバカ錬金術師が悪い。異端尋問にかけられて逃げてきたというのも、嘘ではなさそうだ……何か理由をこじつけて、ぶっ殺したくなった……!」
「わかってしまう自分が悲しいです……」
二人は裸になった。
その後どうやって服を着たんだって聞いてみたら、後先なんて考えてなくて、メチャクチャ苦労したとキシリールがグチっていた。
「さ、入ろう。誰かが来たら面倒だ」
「そうですね。えっ、うわっ!?」
「支えておいてやるから歩け。つまづくなよ、僕まで一緒に転ぶことになる。膝を上げろ」
「は、はい……っ」
目隠しをされたキシリールは、滑らないようにアルスに後ろから肩を抱かれて、一歩一歩着実に浴室を歩いた。
まっすぐに湯船に向かったようだ。ま、かけ湯なんてする余裕もねぇし、しょうがねぇよな。
「一歩先が風呂だ。段差に気を付けろ、大きく足を上げて、ゆっくり踏み込め……」
「姫様、やっぱり無理して入浴する必要なんて、なかったのでは……?」
「今さらそれを言うか。もう遅い、早く入れ。……って、ま、待て、そっちの足じゃ、ひっ、きゃぁぁっっ?!」
「す、すみませんっっ!! 何が起きたかわかりませんけどすみません姫様……ッッ」
俺からも状況がよくわからんが、まあ――なんか見えちまったんだろうな。
きっとお姫様からすれば見慣れないモノがよ。
「ぼ、僕なら大丈夫だ……僕はアルストロメリア、男騎士だ……」
「本当に申し訳ありませんっ、自害してわびます……!」
「それは止めてくれ、死体と手を繋ぎたくない!」
確かにそりゃゾッとしない話だ。
しかし俺は不覚にもこう思った。アルス――いや、ハルシオン姫って意外に、かわいいな……ってな。
「それもそうですね。あ、姫様、どうぞ……」
「入浴一つもままならないな……。ふぅ……」
キシリールが湯船に下りると、アルスも同じように移動した。
それから順番に腰を落としたそうだ。
「こんなの陛下に知られたら、打ち首ものだ……」
「それは大丈夫だ、僕はもう帰る気なんてないし、父上はもう棺桶の中だ。それより――取れそうか?」
「あたためてふやかすというのは良い発想だと思います。取れませんけど……」
「取れないな……。才能があるんだか、ヘッポコなんだか、あいつはわからん……」
ゾエのニカワは輸出することにした。
接着力がとんでもないからな、里での消費量は必要数で済む上に、ここ一帯は立地もあって食用可能なモンスターも多い。
人間の世界なら、狩猟民族のように獲物を求めてあちこち移動しなきゃならんが、ここでは力さえあれば肉と骨にありつける。
ニカワの量産拠点として理想的だったってことよ。
「キシリール、その姫様というのはもう止めろ。国を捨てた今、姫君ハルシオンはもういない。父上も死んだ」
「いえ、姫様は姫様です。あなたが地位を捨てようと、私だけは貴女を敬い続けます。貴女は立派です。それにむしろ、あちら側にいた頃より尊敬できるようになりました」
それはあると俺も思う。こっちに来る前のハルシオン姫はただのお姫様だった。
人間なんてちっぽけなもんだからな、自分の周囲にしか目が向かん。それが変わったんだろう。
「真面目だね、君は……。いや、ところでキシリール、なぜ前屈みなのだ。背を伸ばさないと湯あたりするぞ。姿勢も悪くなる」
「え!? いえ、こ、これは――すみませんっ、これには、色々とありまして……!」
「顔もちゃんと洗ってくれ。離れられない以上、お前が臭うのは困る」
「ちょ、ちょっと姫様っ、ダメです! ダメッ、貴女のような方が私に触れるなど、ちょ、うっ、く、くすぐった……っ!」
アルスはその後、顔だけにとどまらず、キシリールの身体のあちこちを擦って汚れを流してくれた。
へへへ……本当はよ、くすぐったいじゃ済まなかったんだろ、んんー、キシリールよぉ?
「さあ上がるか。これ以上はのぼせてしまう」
「む、無理です……!」
「無理、なぜ無理なのだ? ただ立つだけだ、誘導は私がやってやる」
「少し、少し待って下さい……どうにかしますので、どうか少しだけ……っ!」
麗しい騎士を演じてはいるが、根はお姫様なんだな。
アルスは男側の事情を全く知らなかった。
おまけにここから先の展開は、頑なにキシリールは喋ってくれなかった。
まあ何があったかなんて、想像力のソの字すらいらねぇよな。そいつは目隠しした美形の騎士様だぜ。
あの男装趣味のお姫様にはさぞ刺激的で、かつ良い薬になったんだろうよ。
「教えろよ、元同僚だろ?」
「言いません! いえ、言えませんっ、誰かに知られたら打ち首では済みません!! それより先輩、俺はどうすればいいんでしょうか!?」
「知るかよ、いい思いしやがって……。お姫様がここに留まるって決心したからにはよ、お前もそれに付き合えばいいだろが。彼女にとって、お前はただ一人残った最後の騎士だ。守ってやれ」
「そうしたいのは山々なのですが、守られて、喜ぶような性格ではないような……」
「ま、違いねぇ」
……しかしなんか物足りねぇな。なんでかなって考えたらお前さんだった。頼むからよ、早く帰ってこいよ、ネコヒトよ。
お前さんがいないと、パティ公もどことなく静かでよ、里の火が消えたかのようだ。
●◎(ΦωΦ)◎●
・(ΦωΦ)
バタヴィアの手により、ノトゥンランドとの会見の場が設けられることになりました。
ところが小屋に戻ってきたバタヴィアの様子が妙でした。
手短な報告をわたしにするだけで、外の方にチラチラと目を向けて、何か迷っている様子だったのです。
わたしをサラサールに売るようなたまではないので、挙動不審の理由がよくわかりませんでした。
「どうしましたか? 誰かわたしに紹介したい人でもいるのでしょうか?」
「鋭いな……。わかった、こうなったら腹をくくって彼女を紹介しよう。……どうか入って下さい!」
バタヴィアらしくもない丁寧な物言いでした。
彼女はエルリアナ法国の人間ですから、そのあたりのお偉いさんか何かでしょうか。
いえ、ところがその人物が現れるなり、わたしは驚愕に絶句することになりました。
あり得ない人物が現れました。それは絶対に、この場にいるはずのない人物でした。
「あの、私を覚えてますか? 私を恨んでいるようなら、先に謝罪します。だからどうか、話だけでも聞いて下さい……」
声も姿も当時そのままです。
さすがにわたしも混乱しました。あの男の影も脳裏にチラつきました。
「ずいぶんとお久しぶりですね。黒鬼のクーガに不死身の力を与えた女、今や聖女と歌われる救世主、エルリアナ」
聖女エルリアナがわたしの前に現れました。
邪神に肉体を奪われた魔王様と、それに立ち向かっては殺されるクーガの姿が脳裏に浮かびました。
彼女はわたしにとって、当時の悪夢のような記憶の断片も同然の存在でした……。
あるたんとキッシリの、その後の展開についてはご想像にお任せいたします。
それと、再三の告知ですみません。
11月30日に初の書籍化作品「俺だけ超天才錬金術師」の第一巻が発売します。
活動報告の方でも、とてもかわいい仕上がりの表紙絵を公開していますので、もしよろしければのぞいてみて下さい。
もし気に入って下さったら買い支えて下さい。売れたら泊が付くので、ねこたんの書籍化に近づきます。




