37-7 隠れ里の日常 失せ物とワンコ - ナンテン -
・うさぎさん
森で年少組の女の子がある落とし物をした。
なんでも実の親との思い出の人形だったそうでな、せっかくの昼飯にも手を付けなくてよ、とてもじゃないが見るに堪えない落ち込みようだった。
「よっしラブ公! パティ公とお前さんの出番だ、さあ行ってこい!」
増築もあと一軒を残すのみだ。
ちょいと俺は動けんので、パティアにワンコを任せることにした。
「な、なんで僕なんですかっ!?」
「お前さんの嗅覚なら必ずたどり着ける。で、どの辺りで落としたんだ?」
そこは泣きじゃくる女の子の代わりに、マドリちゃんが通訳をしてくれた。
魔貴族の生まれだっていうのに、マドリちゃんはやさしいよ。そこいらの女の子よりよっぽど、いい女してるぜ。
「東の森です。ハンスさんの護衛を受けながら、湖を回りながら採集をしたみたいですね……」
「ルートがわかってんなら簡単じゃねーか。うし、ラブ公。この子の匂いを覚えな」
女の子の持っていた小さなハンカチを借りて、それをラブレーの鼻に近付けた。
だがワンコみたいには簡単じゃない、眉が八の字に上がった。
「だから僕っ、犬じゃなくてイヌヒトです! そういうのは犬に――」
「できない、の……? ママが作ってくれた、大事な人形、なの……。ッ、ッッ……ふぇぇ……どうしよう、昨日に、帰りたい……」
お子様の涙一滴ですぐにその眉が下がったよ。
心配なら最初から断らなきゃいいのにな、ラブレーは女の子を見つめだした。
「大丈夫だよ。ラブレーが必ず見つけてくれるよ、イヌヒトは魔界でも凄い種族なんだよ。誠実で、賢くて、義理堅いんだよ」
「そうだぞー。パティアと、ラブちゃんがいれば、だいじょうぶ。パティアもなー、にんぎょう、でっかいカラスにとられてな……しゅごく、きもち、わかる……。まかせて! ぜったい、みつけてくるからねー!」
そこにパティ公の援護射撃も加われば完璧だ。
ラブレーの逃げ場はもうどこにもない。
「ほれ、もう断れんぞ。お前さんだけが頼りだ」
「バーニィさんは強引ですよ……。わかりました、僕なりにやれることをやってみます」
不満を漏らしながらもラブレーは素直にハンカチから匂いを覚えて、マドリちゃんとパティアを引き連れて、東の森へと出発した。
みんなの尊敬を集めるチャンスだぜ、がんばってきなラブ公。
●◎(ΦωΦ)◎●
・ウサギに夜ばいをかけられた元少年
ボクたちは東の湖をぐるりと回っていった。
「ないなー」
「うーん、ないね……。どうにかして見つけてあげたいのに、困ったね……」
ところがいくら歩いても人形なんてどこにもない。
女の子の話によると、それは布と綿を縫い合わせただけの簡単な物で、年期が入ってボロボロになっているそうだ。
「まどりん、わらって?」
「え、あ、うん……こうかな?」
「ぉぉ……やっぱ、まどりん、かわいい……」
「か、かわいくなんてないです……」
知らず知らずのうちに、ボクまで暗い顔をしていたようだった。
それに対してパティアは、物探しついでの散歩でも楽しむかのように、自然体の微笑みをずっと浮かべていた。
ずっと年下の子に対する感想じゃないかもしれないけど、この明るさと揺るがなさを見習いたいなって、思ってしまった。
「あ、ラブちゃんだ!」
少しするとそこにラブレーが戻ってきた。
ラブレーはボクたちよりずっと持久力があるから、森の深い部分を駆け回ってくれていた。
湖の向こう側を見てみれば、バーニィさんが作った釣り小屋がほぼ対岸にある。
つまり湖を既に半周も回っていたということだった。
「少し休もうか」
「あ、うん。僕は平気だけど、みんなが疲れてるならしょうがないな……」
「いも! おいもたべよう! うしおねーたんの、おいも!」
出るときにリックさんが蒸かし芋を持たせてくれた。
今晩はマッシュポテトだそうだ。ボクたちに1つずつ持たせてくれたものを、包みから出してモソモソと口に入れる。
「うまっ、うまぁー♪ うしおねーたんのおいもは、さいこうだ。あれー、ラブちゃん、たべないのー?」
「そんなに欲しいならあげるよ」
ラブレーは森に入るなり、ずっと熱心に人形を探していた。
なのにまるで見つからなくて、湖畔を進むにつれて焦ったり落ち込む姿がボクらの目に付いた。
「う……! そ、そんな、そんなわけには、いかねぇぜ……? こんなにおいしいの、ラブちゃんのぶんまで、たべちゃうなんて、そんな……。でへへ、でも、いらないならー、ちょうだい!」
ラブレーから蒸かし芋をもらって、パティアはご機嫌でそれをがっついた。
いつもながら凄い食い意地だ。それに芋一つでここまで幸せになれるなんて、この子はなんて人生の楽しみ方が上手なのだろう。
「はぁ……。見つけてくるって約束したのに……。どうせ、僕なんて……イヌヒトなのにイヌヒトの力も生かせない半端者なんだ……」
「落ち込むには早いよ。まだ半分しか回ってないんだから」
「そうだぞー。よしよし、がんばって、いいこいいこ」
普段なら抵抗するのに、ラブレーは素直に頭を撫でられていた。
「結果が出なきゃ意味ないよっ」
「よくわかんないけど、あのなー、ラブちゃんおちこんで、どうするのー?」
誰かが暗い顔をしていると、パティアはその人を元気にしようとする。
それは義務感なんかじゃなくて、犬が家族を慰めるような感じに似ていて、なんだかつくづく不思議な子だと思った。
「がんばれば、きっとみつかるよ。ぐる~~ってしても、みつからなかったらなー。またぐるーーってすれば、いいんだぞー?」
「わ、私はそこまで体力ないから、そんなに付き合えないかな……」
一周だけでも僕にとっては結構な運動だ。
この里にきて、畑仕事やバーニィさんの建築を手伝って少したくましくなったけど、二人の体力にはかなわない。
「うーうん、まどりんはー、たべれるやつ、みわけるのがじょーず。これたべれる?」
オーバーオールのポケットから、パティアが小さな赤い実を取り出した。
それに顔を近付けて観察するとすぐに正体が判明した。これはナンテンの実だ。
「これはたぶん美味しくないよ。弱い毒があってね、たくさん食べると身体に良くない。でも薬にもなるから、クークルスさんやゾエさんに持って行ってあげると、喜ぶかもね」
「おお……すごーい! まどりん、すごーい! やっぱり、あたまいいなー。わかりました、まどりんせんせー! ……でも、しろぴよ、これすきだよ?」
「う、うん、鳥と私たちは違うから……」
「ふーん……しろぴよなー、なんでもたべるからなー。むかしねー、パティアがねー、しにそうになったの……たべてた……しろぴよ、しゅごいな……」
ボクが里に来る前に何があったんだろう……。
再告知・365話より投稿ペースを落とすことにしました。
しばらくは3日に1回のペースで投稿して、体力がもつかどうかで判断していこうと思います。
それと、新作の予告版のご支援ありがとうごじます。
おかげで短編ランキング上位に入れました。面白いお話に仕上がっていますので、今後ともご愛顧下さるとがんばれます。




