表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
362/443

37-6 暗殺者エレクトラム・ベルの旅

・(ΦωΦ)


 鉄壁のギガスラインを越えて、わたしはレゥムの町に立ち寄りました。


 その昔は工作員(スパイ)として、人間の懐柔を命じられることもありまして、動かぬ者を動かす方法をわたしはある程度心得ています。


 時刻は人々が就寝の準備に入る頃、ネコヒトはいつも通り玄関をまたがずに骨董屋の二階へと忍び込みました。


「はぁっ、またアンタかい……。まさか来るとは思ってなかったよ、今回ばかりはね」

「フフ、死ぬ前に美人の顔でも見ようかと思いましてね」


「はっ、あたいみたいな賞味期限切れのババァに何言ってんだい」

「あなたはまだ十分に若いですよ。その気になればあのバーニィのように、新しい人生を勝ち取ることだってできます」


 わたしの目的は言葉通りです。友人としてタルトの説得に来ました。

 というのもわたしが無事にサラサールの暗殺に成功しようとも、外の世界の戦乱はもはや収まりません。


 こうして世界中に火が点いてしまっては、乱の原因が仮に排除されようとも、そこかしこにある火種に燃え移ってゆきます。


 それが戦乱の時代の常で、やがてはなんのために戦っているのかすら人々は忘れ、勝利という名の生きる希望にすがるようになるのです。


「無理さ、あたいの性根を知っているだろ」

「どうでしょうね。無理だと諦めていたら、あのギガスラインだって生まれなかったでしょう」


 動かぬ者を動かすには、根気強く何度も持ちかけるのが大切です。

 繰り返し繰り返し誘われるたびに、少しずつその者は心変わりしてゆきます。


「アタイには守らなきゃいけない連中がいるんだよ。それを捨てて、アンタの里に逃げろだなんて、できるわけないじゃないかい!」

「では男衆とその家族の面倒を見ましょう」


「はっ、ダメだよ! このシマからあたいらが逃げたら、誰がここを守るのさ! 本物の悪党がここのシノギを乗っ取ったら、旧市街はこんなもんじゃ済まないよ!」


 レゥムの闇組織、あのマダムに任せればいい。

 そう答えたいところでしたが、正論が必ずしも人の説得に繋がるとは限りませんでした。


「そうやってしがらみに縛られて生きるのは、さぞお辛くはありませんか? ひとたびこう言えばあなたは解放されますよ。全てを捨てて、隠れ里でリセリと共に暮らしたい。もう旧市街なんて知ったこっちゃない、と」


「ッッ……止めな! リセリの名前を出すなんて、卑怯だよ!」


「卑怯で結構、あなたがそうだったように、リセリもまたあなたの無事を願っています。もちろん、あのバーニィも今回ばかりはあなたの身を深く案じておりました」


 今日説得して、帰りに連れ帰るだなんて焦った考えはありません。

 心変わりをさせるために、まずはタルトが目をそむけていたであろう事実を突きつけて、静かな揺さぶりをかけました。


 そうするとタルトはとっさに言葉が出てこず、自分の頭の中に意識を迷い込ませてしまったように見えました。


「意地を張る必要などありません。あなたはもう十分に尽くしたではないですか。これからは、あなたの幸せのために動けばいい。誰もあなたを責めません、あなたは青春をこの街に捧げたのですから」


「でも、アタイは……アタイには役目が……」


「それにこの先は戦乱の世界になります。あなたのような己の流儀を持つ人間には、とても生きづらい世界となるでしょう。長引く戦乱の中、己の大義を貫くことは死を意味しますよ」


 秩序が乱れた世界は、悪党と異常者の楽園です。

 予言しましょう。必ずタルトはそれと対立することになります。


「思い出して下さい、あなたが欲しかったものは、こんなものではなかったはずです。あなたはこの旧市街の、外の世界に憧れていたのでしょう? わたしが新しい人生をあなたに差し上げましょう」


「ッッ……。ああもう説教臭くてしょうがないよ! 出ていきな、出ていかないと、アタイがアンタを刺すよッッ!!」


 逆上したタルトが立ち上がり、ナイフを抜いてわたしに突き付けていました。

 構いません、こちらの狙いは既に達しました。

 わたしは窓際まで後退し、いつもの大げさなお辞儀で別れを告げます。


「よくお考えを。それと――もしわたしが戻らなかったら里をお願いします。バーニィと一緒に、どうかパティアを真人間に育てて下さい」

「お断りだよ! まずは必ず生きて帰ってきな、この話はそれからだよ!」


「フフ……わかりました、約束ですよタルト」


 赤毛のタルトの不機嫌な顔に微笑み、わたしは二階の窓から骨董屋を出ました。

 これから東を目指し、とあるポイントで連絡員と落ち合います。


 わたしはこんな姿ですから、サラサール暗殺のための段取りをあちら側が整えてくれることになっていました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 連絡員との接触場所は、パナギウム領から東の自由国境地帯に入った、とある広野にある小屋でした。

 暗殺者の存在を隠すために、わたしたちは国内での接触を避けることにしたのです。


「入れ」


 小屋の扉を軽くノックすると、中から気の強い女性の声がしました。

 レイピアに手をかけて、扉の軋む音以外は音も立てずに、わたしは中へと忍び込みます。


「おや、あなたは……」

「首を長くして待っていた。久しぶりだな、魔王の楽士」


「バタヴィアさん、あなたでしたか」

「ああ、法国も今回の計画に一枚噛ませてもらった。前回のような気楽な旅とは言い難いがな」


 調査官バタヴィア、以前わたしに同行してこちら側を案内してくれた方です。

 窓もない暗い小屋の中で、彼女の三白眼が白いネコヒトを鋭く見つめていました。


「素直に申しまして安堵していますよ。あなたなら、少なくともわたしを捨て石にはしないと信じられますから」

「さてそれはどうかな。拙僧は魔族と対立する勢力の者だ。さらに情勢切迫している。拙僧らにあまり気を許さん方がいい」


「そうも言ってられないでしょう。人間が生き延びるためには、あなたたちであっても、穏健派の魔族と手を結ぶ必要があります。信頼していますよ」

「ああ、魔将サレと君は旧友だと聞いている。君を捨て石にすれば、手を差し伸べてくれた彼の信頼を損ねるな。ん、どうした?」


「いえ別に……。それより話の詳細を聞きましょう」


 わたしを魔界から追い出したくせに、旧友と名乗るだなんて白々しいやつです。

 サレ、ニュクス、アガレス。三魔将の頭の中はわたしには到底理解できません。


「ああ。まず騎士団含む反乱軍とサレは、魔軍正統派を迎撃するため、南部ギガスラインに移動中だ」

「見ました。あの守りならそう易々と突破されることはありません。が――相手が相手なので油断は禁物です。魔将アガレスは策略を好みます。とてもずる賢いのですよ」


「わかった、伝えておこう。さてサラサールの軍勢は、背中に張り付いていた反乱軍がギガスラインに向かうと、ここより北東の大国ノトゥンランドの攻略に向かった」


 それは暖かな気候と、比較的に長い日照時間を持った豊かな国です。

 かつて魔王様、いえ邪神に蹂躙されながらも、たくましくも復興を果たして世界最大の繁栄を勝ち取った国です。


「あの国はギガスラインに援軍として、軍の7割を派兵した。よって本来の戦力ならばともかく、今の状態では厳しい戦いとなる。あの国が陥とされては、もはや世界はサラサールに服従するしかない」


「まあその方が殺戮派に絶滅させられるよりは、まだマシでしょうね」


「だが、君があの狂王を討ってくれたら、世界はもう少しまともな方向に進む。人類の命運は君にかかっている」


 ああ、隠れ里が恋しいです。

 あそこでパティアの笑顔に包まれながら、穏やかにただゆっくりと生きたい。


 シスター・クークルスをさらったあの時、感情に任せてヤツを殺しておくべきでした……。


「軍事行動中の総大将を暗殺しろですか。無理難題を言ってくれますよ」

「君は魔将サレのお墨付きだ。君以外には不可能だと言っている」


 よく言いますよ、わたしを追い出したくせに……。


「まあ、あなたが悪王の居場所さえ掴んでくれれば、わたしは忍び寄って、じっくりと確実なチャンスをつかんでみせましょう」

「待ってくれ、こちらの調べによると、サラサールは頻繁に姿を消しているそうだ。じっくりとはいかないかもしれない」


「はて……。軍事行動中に、王が姿を消すのですか……?」

「ああ、それがどうも妙でな。代わりに鬼が現れるそうなのだ、戦場にな」


 既にバタヴィアは結論に至ってるのか、その顔つきは極めて厳しいものでした。

 それがミゴーなどのデーモン種ならば、彼らも鬼とは言わないでしょう。


「その鬼は人を食らう。若い女騎士の肉をな」

「女の、ですか……それは気になりますね。まさかとは思いますが……」


「鬼はパナギウム軍には手を出さないそうだ。自由国境地帯の国々があっという間にやられたのは、裏切りの奇襲もあるが、こいつが暴れ回ったからだ」

「では標的の居場所を掴むと同時に、その怪物の調査をお願いします」


 パナギウム王軍を支援する、女の肉を食らう鬼だそうです。

 まるでサラサールが悪魔に魂を売って、怪物と化したように聞こえてしまいます。


「任せてくれ。エレクトラム、また会えて光栄だ。拙僧は、人間のために貴方が尽くしてくれたことを忘れはしない。頼む、あの狂王を止めてくれ。さもなくば、殺戮派に人間が滅ぼされてしまう」


 殺戮派のニュクスは人里に生まれ、迫害された後に魔界に来た混血児です。

 彼は人間の欠陥をことごとく知り尽くしていました。


 己の肉体に人間の血も流れているというのに、ニュクスは人間を滅ぼすために殺戮派を生み出し、今その駒を勝利への道筋になぞらせています。


 混血がニュクスという突然変異を生み出し、人間の迫害がニュクスという怪物を生み出した。


 彼は言わば、安定した社会を破壊するために生まれる、異常個体でした。



新作の予告版を公開しました。

本作の代わりというのも変ですが、こちらも娯楽性たっぷりに仕上がっていますので、興味がわかれましたら下のリンクから飛んでみて下さい。損はさせません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ