37-4 行ってきます、必ず帰ります
その夜、パティアと共に書斎式ベッドに入りました。
明日出立します。それゆえの寂しさもあってか、パティアはわたしにしがみついてずっと離れませんでした。
「ねこたん……ながいって、ほんと……?」
「わたしはネコヒトですよ。猫のように胴はそんなに長くないはずが」
ところがいくらお話をしてあげても、彼女は寝付いてくれませんでした。
わたしにくっついて毛布と毛皮に包まれながら、じっとわたしを見つめたり、寝ようとして目を閉じたりもしていました。
「ちがうのー! ねこたん、とおくにいく、そうきいた……」
「バーニィからですか?」
「うん……バニーたん、しんけんだった……」
「少し厄介な仕事を頼まれましてね」
成功率を高めるならじっくりと取りかかりたいところです。
今回ばかりはさっと行って、急いで戻ってくるとはなりません。
「だれに……?」
「サレ。わたしの昔のお友達です」
「そうか……ねこたん、ひとりじめか。わるいやつだ……」
「ええそうですね。もしも出会ってしまったら逃げて下さい。あなたみたいな子供は、頭から食べられてしまいますよ」
「やっつけるから、へいき……。ねぇ、それよりね、ねこたん……」
パティアが弱々しく小さな声でつぶやきました。
里のためとはいえ胸が痛みます。
しかし最悪の結末を回避するためには、サラサールを暗殺し、パナギウムの軍事力全てを南部ギガスラインに向ける必要がありました。
「なんですか?」
「ぜったい、かえってきてね? おそくなっても、がまん、するから……ぜったい、かえってきて……。おねがい、しなないで、ねこたん……」
「バーニィが何か言いましたか?」
「ちがう。パティアには、わかるの。いまのねこたんね……おとーたんに、にてる……」
わたしはベッドから身を起こして、重いですがパティアを抱いて床に下ろしました。
エドワードさんのことを思い出してしまっては、そうそう寝付くなんて無理でしょう。
むしろわたしが先に寝てしまう懸念もあります。
「わかりました、気をつけますね。わたしは必ず戻りますから、ご安心下さい。わたしは絶対に死なない猫と呼ばれる者です。絶対に死にません。何が起ころうと必ず生きて帰ってくる。それがわたし、エレクトラム・ベルの運命なのです」
魔王様、どうかわたしをお守り下さい。
あるいは目の前にいるこの子があなただというなら、今度はわたしがあなたを守らせて下さい。
「うん……ぜったい、だぞー……?」
「ええ約束します。ところで少し散歩に行きませんか? ダンの作った月光石の道でも歩いて、それからお月様でも見上げましょう」
その誘いはパティアの冒険心を刺激するのに十分でした。
こうしてネコヒトとその娘は、燐光に照らされた夜道をゆっくりと歩き、しばしの別れを惜しむのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
・うさぎさん
ネコヒトは行っちまった。
やっとジアの親御さんの家が完成したっていうのに、見届ける前に行っちまったわ。
サラサールを暗殺してくれるって言うなら、俺も元騎士団の人間として、ちょいとばかし期待を覚える。
だが俺たちの最長老様が死んじまったら意味がねぇ。生きて帰ってきてくれと、何度も思い出してはそう運命に願っていた。
「でよぉ、お前どうすんだよ結局」
「え、私?」
ただ今の問題はジアだ。
俺はそう問いかけると、自分のことだってのに不思議そうに俺を見つめ返していた。
「親と暮らすなら、あそこを引き払わなきゃならんだろ」
「あ、うん。三日に一回くらいは泊まろうかな、パパママの家に」
「は? なんでだよ。意地張ってねぇで素直に引っ越せや!」
「やだよ。だってリックさんとクーさんとの生活気に入ってるもん。親よりもあっちがいい」
わかるぜ、その気持ちはわかる。
お前さんくらいの年齢になるとそういうもんだよな。けどよ!?
「けどそれじゃ、とーちゃんもかーちゃんも、なんのためにこっち来たんだよ!? ってなるだろ……せめて2日に1日くらい帰れや」
「それはちょっと重い。親子でベタベタし過ぎじゃないかな」
「重いも軽いもあるかよっ!」
「だってあそこで暮らしてれば、パティアも遊びに来てくれるし、リックさんもクーさんもやさしいんだもん」
ダメだこりゃ。今をエンジョイしてて親には目もくれないやつだ。
でもよ、せっかくお前さんの家を造ったのに、お前がここで暮らさないっていうのはなんかよ、しっくりこねぇ。
「すみません、わたしたちはいいのです」
「ありがとうございますバーニィさん、そのお気持ちだけで十分ですよ」
せっかく俺がゴネてやったっていうのに、そこに親御さんまで現れて、なんでか分からんがジアの肩を持っていた。
「ほら、もうそういうことになってるの。スケベなくせに変にお節介なんだから、もう……」
「スケベは関係ねぇだろ。だけどよ、それじゃ、子供の世話を俺たちが押し付けたみてぇじゃねぇかよ……」
「だってわたしがいると、うちのパパママにみんなが甘えられないでしょ。私はもう平気、カールと違ってもう大人なの」
ならカールと暮らせる家を建ててやろうか?
って言ってやろうかと思ったが、さすがに親御さんの前だから自重した。勝手に嫁に出されちゃ困るだろうからな。
「それよりパパママ、みんなをお願いね。あいつらみんな私の家族だから! パパママの子供みたいなもんだよっ!」
「いや、代わりにはならんだろ……」
「いえ、そう思うことにしました。だってかわいいんですよ、あの子たち。それよりバーニィさん、改めて、立派な家をありがとうございます」
「ただの契約農夫だった私たちには、こんな家、あまりに立派すぎます……。このご恩は、農民らしくバリバリ働いて返しますね!」
夫妻は俺たちの仕事に感激していた。
契約農夫の生活は厳しい。なんだって割り切ることになれていた。
「女の子って自立がクソはぇぇな……」
まあいいわ。明日からは他の家の増築だ。そいつが終わったら、もう少し放牧地を広げてよ。
ダンの力でも借りて、サイロなんかも作っていきたいところだな……。
ネコヒトの長期遠征は、動物性タンパク質の欠乏にも繋がる。
牧畜についてはもっとちゃんと考えた方が良さそうだ。




