5-6 斬り込み隊長の新しいお仕事 1/2
「~~♪」
何だか女の子らしくて、それに機嫌が良い。
わたしの意識はそんな幸せそうな鼻歌に導かれて、夢から現へと呼び起こされていました。
それはまどろみの中、子守歌のようにも作用してわたしをもう1度寝かしつける。
けれど鼻歌の正体が気になり、うとうとと目を開いてみれば、暖炉の前にリックの後ろ姿を見つけることになっていました。
それにそこから、とても美味しそうな匂いが立ちこめていることにも。
「起きたか、教官……いや、ベル教官」
「あふ……ふぁぁぁ……教官は止めましょう、あなたにそう呼ばれては正体をバラしているようなものです」
「それもそうだ、外では気を付けよう……」
「それ、譲る気がないってことじゃないですかね」
書斎の毛皮の上に寝そべったまま、リックの仕事っぷりを見守りました。
どういう流れでそうなったのかはわからないですが、調理仕事を担当することになったらしい。
「教官が寝てから、あの人間と……バニーと、少し話した。彼も、オレを、警戒していたようだったから……」
「ああ、あなたの姿にとても驚いていましたね。無理もない、彼はパナギウム王国の騎士だ、あなたの噂と武勇を耳にしていたのでしょう」
乱暴に言ってしまえば、正統派と殺戮派は人類からすれば完全に敵であり命の脅威です。
その一角が目の前にいきなり現れたのだから、それはもうバーニィからすれば大変な事件だったでしょうとも。
「それも教官が、オレを育ててくれた、おかげだ……。教官が、オレの教官にならなかったら、もう死んでいる……」
「わたしは教官という頼まれ仕事をしただけ、大げさに恩義を感じられても困ります。それに今は、わたしよりあなたの方がずっと強い、頼もしい仲間が増えてくれたものですよ」
魔族は命知らずばかりです、だからあっさり死ぬ。
命を大事にしろと教えても聞きやしません。何度育てても育てても……。
「定住するとは、一言もいっていない……」
「他にないでしょう、今の情勢が変わるまでね。それで、バーニィとはちゃんと仲良くやれましたか?」
パティアのことは気に入ったようです。
あんなかわいい子におねえたんなんて言われたら、少しだけやさしくしてやろうと思ってしまうのが当たり前の心境でしょう。
「当面は、協力し合う必要が、ある、友好的な態度を取っておいた。教官を、困らせたくないから。だがあいつは……」
「バーニィに何か不審なところでもありましたか?」
「違う、オレの胸ばかり見て、話す。人間のくせに、魔族の女が、好きなのかもしれない」
胸の大きい魔族が、暖炉の鍋と隣のフライパンに目を向けなおしました。
しかしバーニィ……あなたもう41でしょう。
いい歳して、女の胸ばかり見ながらやり取りしていたのですか……。
「すみません、男というのはそういうものです、そこは許してやって下さい。何かとおもしろい男であることには、間違いありませんから……」
「わかった。別に、不快でもないから」
なぜわたし、彼のフォローなんてしてるんでしょう……。
気分を変えるついでにわたしは身を起こし、リックのすぐ隣に腰掛けました。
鍋の中は水かさが少なく、どうやらこれは肉の煮込み料理のようです。
「教官は昔、ミゴーを育てた」
「ああ、あの恩知らずですか……。あなたを救ってくれたのは、何の気まぐれなんでしょうかね……」
「それはオレもわからない。言葉そのままを信じるなら、妹弟子だからと、言っていた」
「師匠の命乞いには、耳も傾けてくれませんでしたがね……」
まあ、それも仕方がないといえば仕方がありません。
それがミゴーに下された任務でしたでしょうし、それにわたし……。
「それより教官、教官は昔、殺戮派にいた。そこでミゴーを育てた」
彼らの元を去った身ですから。いえ風化してるとはいえ、禍根はまだ残っているのです。
「なのにどうして、今は、あの二人と仲良く暮らしている……。ミゴーが見たら、怒り狂うかもしれない……。教官が育てた、殺戮派に属する魔族たち、全てが」
「そいつらももう、ろくに生き残っちゃいませんよ。ずいぶん昔のことですから、生きているのはミゴーくらいなものです」
確かにミゴーがここを知ったら怒るかもしれない。
人間をこの地上から全て消してしまえば、何もかも丸く収まる。それが殺戮派の考え方なのだから。
「何より聞きたい……。どうして教官を辞めて、隠居してしまわれたのだ……」
「その質問には即答できますね、戦うのがバカらしくなったからですよ。戦っても戦っても何も変わらなかったんです、わたしが育てた生徒たちも、あなたやミゴーを残して大半が死んだ、これからもどんどん死んでいく。あ、お鍋」
人間どもに死を覚悟させる恐怖の斬り込み隊長も、今はただの料理人。鍋を炎から遠ざけて火加減を調整しました。
今日はボアの肉を、ノビルという野生のネギの一種と、ウスヒラタケというきのこと一緒に煮込んだもののようです。
山芋も一口サイズに刻まれ、それが煮汁にとろみを与えている。
「塩と調味料がもっとあったら、教官に、これより美味しいものを、作ってあげられたのに……」
「なんとこれ以上が望めるのですか、それは期待してしまいますね」
そろそろレゥムの街にもう1度、買い出しに行くのもいいかもしれない。
釣り針に糸、新しい作物の種、水道工事に使うスコップに、もっと美味しいものを期待して調理器具も充実させたい。
ところで晩ご飯まだですかね、バーニィにパティア、早く戻ってきて下さい。
「教官、オレも少し疲れたかもしれない……。確かに戦っても戦っても、何も良くならない、部下たちは死んでいき、結局最後は――こうして、魔軍からも追い出されてしまった」
そこはきっとわたしのせいなんでしょうけどね。
結果としてこんな頼もしい村人が増えるのだから、こちらとしてはありがたいことです。
「せめて心が落ち着くまで、ここに置いてほしい……」
「ええもちろん、料理上手のあなたがいてくれるだけで助かりますよ。槍のことはしばらく忘れるといい、むしろずっとここに居てくれていいんですよ」
無愛想なホーリックスが素直に笑った。
急な失脚です、色々と思うところがあるのだろう。
「あっ、ねこたんと、うしおねえたんっ、ただいまーっ! ふぉぉぉーっ、な、なんだこれはぁぁーっ?!」
するとそこにパティアが飛び込んできました。
バーニィも一緒だったようです、少し遅れて姿を現す。
「うははっ、何かいつもより美味そうな匂いがすんじゃねぇかっ、へぇ、やるじゃねぇかよホーリックス」
「うしおねーたんおねーたん、パティアおなかすいたー、それっ、なにつくってるんだー、みていいかっ?!」
彼らの帰宅にフライパンがリックの手により暖炉へと戻されました。
調理の済んでいた中の物を加熱し直すのだろう。
「脂を使ったフキとワラビとアザミと、骨を抜いたサモーヌのソテーだ。それにただのボアの煮物、人間の口に合うかは、知らない……」
この地の限られた食材で、十分すぎるほどに気合いの入ったメニューだと思います。
やはりパティアのことが気に入っているようですね。うちの娘ばかり見つめています。
そのパティアは暖炉の前の料理にかけよって、笑顔と一緒に8歳にもなってよだれをたらしておりました。
バーニィも同じく、ホーリックスの手並みに小さく驚いていたようでして、教官として鼻が高いです。
「お、おいしそうだ! うしおねーたんっ、まさか、りょうりのてんさいかーっ?! ああああ、こんなのみたら、パティアは、おなかすいて、しにそうだ……ぐぇぇ……いますぐ、たべないと、ちぬ……ちんでしまうぅぅ……」
うちの娘はオーバーリアクションです。お腹を抱えてジュルルと何度もよだれをすする。
「なんかよ……、まともな飯ってやつをさ、俺ぁ久々に見たね、そいつを忘れかかってたね。丸焼き肉とか、ただ野草を茹でたり焼いたりしたものじゃなくてさ、こいつは料理ってやつだわ!」
バーニィにも好評です。久々の文化的な料理、わたしも早く口に入れたかったです。
「そ、そんな大げさなものではない……おだてるな、バニー……。パティアも、おおげさだ……早く手を洗ってこい、じゃないと、ご飯は出せないからな……」
「フフフ……なぜ照れているのでしょう」
「て、照れてなんかいないっ!!」
「おねーたん、てれてれだ!」
「名前を聞いたときは肝が冷えたもんだが、意外と、かわいいところがあるのな……」
牛の角を持った褐色のおねーたんは、わたしたちに背中を向けてしまいました。
北部ギガスラインの兵士がこの姿を見たら、先に幻惑魔法の方を疑うことでしょう。
「ここでのあなたの役回りが1つ決まりましたね」
「え……でもオレは軍人だ。槍さえあれば、戦いの仕事の方が……」
リックはもしかしたら軍を追い出されて正解だったのかもしれない。
強くても前線に立ってばかりいたらそのうち死ぬ。
それに今の照れ顔の方が、わたしには生き生きしているように見えるのです。
「槍からは一度離れましょう。はい、これで今日からあなたはうちの調理師です。食材の管理、運用はあなたに任せましょう、もちろん畑仕事も手伝っていただきますよ。あなたのたくましい身体で畑を拓いてください、バーニィはもう40代のおっさんですから」
「ネコヒトよ、齢300年のアンタには言われたくないぜ」
そういうことで押し通しました。
わたしたちは水瓶をすくって手を洗い、4人で料理の盛られた大皿2つを囲むのでした。




