37-3 続・でぇこん
・半信半疑のうさぎさん
人が集まると知らず知らずのうちにグループが生まれる。
ゾエとクレイの野郎がコソコソとつるむように、子供たちの親御さんたちも日を追うにつれ何かと親しくなっていった。
で、そいつらは口をそろえて言うんだよ。
離れはいらない。しばらく古城で生活してもいいので、今の建物を増築してくれ。みんな同じ屋根の下がいい、ってな。
王家から金盗んで逃げた俺より、親御さんたちはずっと立派だったよ。
大げさに言えば、ここに骨を埋める覚悟を決め直してくれたのも同然だ。俺だって可能な限りのいい仕事で応えた。
まあそんなわけでよ、大工仕事をしながら今日の俺は機会をうかがっていた。
何って収穫だよ収穫。収穫された物は食料庫――って名付けられただけの城の一室に運ばれる。
しかし一部は厨房に直接持って行くんだ。
その仕事を自分が受け持つチャンスを、トンテンカンと木材と釘を叩きながら、チラチラ見張ってたんだよ、俺は。
「うっし、ちょいとサボってくる。カールにラブ公、しばらく任せたぜ」
やがてついにそのチャンスが来たようだ。
俺は仕事を中断して、現場を捨てて畑の方に向かうことにした。
「おいおいおっさん、またマドリの尻とか触りに行くんじゃねーだろなー」
「うっ……」
「う? おいどうしたんだよ、おっさん」
「ええっとあのっ、行ってらっしゃいバーニィさん! バーニィさんがいなくてもここは大丈夫ですから、その……元気、出して下さいね……?」
くそ、ラブ公に慰められちまった……。
いやいいんだ。マドリちゃんはマドリちゃんだ。
例え男であろうとも、あの色気は本物、よってコロッといっちまった俺は間違っていない、ホモではない! そう開き直ることにした!
マドリちゃんは男である前に、マドリちゃんだ!
「なーなー、それなんの話だよー?」
「お前さんには絶対言えねぇ話だよ。んじゃ、任せたぜ。危ねぇ仕事だからよ、慎重にやれよ? じゃねぇと俺の責任――」
「ちっちぇこと言ってねーでさっさと行けよ、おっさん!」
「いってらっしゃい、バーニィさん」
大工仕事の仲間たちに見守られて、俺は駆け足で城壁に向かった。
タルトどもが残していった台車だ。ソイツを引いて今度は畑に進んでゆく。
「よう、はかどってるじゃねぇか」
「あっ、バニーたんだー!」
「ちょいと手伝ってやるよ。一足先に運んでやりたいだろ」
「畑には目もくれなかったのに、これはどういう風の吹き回しかな、バーニィ」
「目はくれてたぜ、何度もな。おおっ、コイツが例の……なんたらダイコンか。ヤベェなこの色……」
「あおくてー、きれい。おいしそ、ジュルル……」
収穫をがんばってくれてるパティ公とアルスには悪ぃがな、こりゃえらく不味そうなブツだ……。
だがその分だけバカでかい。人口が一気に増えたしな、この収穫量はありがてぇか。
いや、ホントに不味そうだけどな……。
「ん、クレイの野郎はどこだ? 珍しく仕事してるように見えたんだが、いねぇな……」
「ああ、アイツならいつの間にか消えた」
「こげにゃんなー、でぇこん、ほるの、じょうずだった。あのなー、バニーたん、こげにゃん、がんばってたから、ちゃんとー、ほめてあげて?」
目に付いたダイコンを台車に乗せながら、俺はパティ公に豪快に笑う。
あんなだがやる時はやるし、総合的にはかなり使えるやつだ。気まぐれで畑仕事を少し手伝ってくれただけでもマシかね……。
「おう、アイツにしてはがんばったようだな。んじゃ、コイツは厨房に運んでおいてやるよ」
「リックさんが狙いか……まったく、つくづく節操無しな男だな。あきれ果てるよ」
「ははは、お前さんに言わても反省しようって気にはならねぇな」
「ふんっ、僕はお前よりはマシだ」
そりゃどうかな、騎士さんよ。
やっぱコイツ、俺の想像通りならアレだよな。
ネコヒトがリード・アルマドをマドリに変えたのなら、コイツもやっぱそういうことになるよな……。
「うしおねーたんのとこかー。わかった、パティアもてつだうぞー。んしょ……いいよー、バニーたん、ひいてー?」
「へぇ、荷台に乗っかって何を手伝うんだ?」
「でぇこん、ささえとく。あと、おうえん? しゅっぱつだ、バニーたん!」
「里のお姫様がこうおっしゃっているぞ、早く行け」
「はは、そりゃおもしれぇ冗談だ。うっし、でぇこんは任せたぜ、パティ公」
考えようによっちゃこりゃ、女性陣の好感度稼ぎにもってこいだ。
俺はパティ公と洗われたダイコンを引いて、古城の裏手から厨房までの道を進んだ。
●◎(ΦωΦ)◎●
厨房の前までやってくると、リックちゃんはもう俺たちに感づいてこちらに目を向けていた。
「誰かと思ったらバニーか……珍しいな」
「パティアもいるぞー!」
「おいこらお子様っ、荷台の上で暴れるなっ」
厨房に入った。パティ公は[でぇこん」とやらのことなんて忘れて、リックちゃんに飛びついて顔を胸に埋めた。
「で、どこに置けばいい。うぉ、やっぱ重いな……」
運んできたユグドラシルブルーダイコンは3本、あとパティ公が1名だ。
何せ太くて長くてみずみずしいからな、子供じゃとても持てない重さだ。
ソイツをリックちゃんは片手で軽々と小脇に抱えて、ちょうど空いていた調理台の上に乗せた。
もう片手で甘えるパティ公を抱き支えながらな。
「でよ、それ本当に食えるのか? というよりよ、人間も食えるんだよな……? つーか根本的な話だが、この青さはさすがにおかしくねぇか……?」
「パティア、包丁を握る。下りてくれ」
「えー、もっとおっぱい、スリスリしたいのに……しょうがないなー」
「お、おっぱ……。ッッ……ぱ、パティアッ……」
「どしたの? パティアは、うしのおねーたんの、おっぱいだいすきだぞー? でっかいしな!」
リックちゃんが真っ赤に染まって、俺の視線から逃げるようにダイコンへと向き合った。
よしよしよくやったぞ、パティ公。リックちゃんやっぱかわいいぜ、うへへへ……。
「あーそれでね、それー、たべれるぞー? パティア、たべたことある」
「へぇ……そりゃいつのことだ?」
「むかし。ちっちゃいころだ」
「お前さんはまだまだ十分ちっちぇーっての。しかし食えるのか……。本当に食えるのか……」
リックちゃんの隣に移動して、ユグドラシルブルーダイコンをガン見する。
食えたとしてもやっぱ不味そうだ……。
「青いから不味いというのは偏見だ。まあ見ていろ」
「そうだぞー。ヘンケンだぞー」
「偏見の意味わかってねーだろお前さん……」
まだ恥じらいが残っているのか、リックちゃんは俺たちのやり取りに目を向けない。
黙々とクッキングナイフでダイコンの皮をそいで、それが終わると野菜や肉を斬る大型の包丁を握った。
トントントンとみずみずしい野菜が薄く刻まれる。
すぐに作業の手が止まって、リックちゃんが俺の口先にソイツを突き出した。
「食え」
「お、おぅ……リックちゃんの頼みならまぁ……しょうがねぇ」
青い。ダイコンらしく少し透けているが、ソイツはラピスラズリみてぇな真っ青なブルーだ……。
体が俺に食うなと警告を発していた。
「こりゃ、ダイコンじゃねぇか……」
「だからそう言っている」
「ほらねー、おいしいでしょー! うしおねーたん、パティアも、ほしい……」
パティ公がリックちゃんの指ごと口にくわえ込んで、わざわざ俺に振り返ってからモシャモシャと笑顔で口を動かす。
ピーマンは嫌いなくせに、生のダイコンは平気なんだなコイツ……。
「せっかくだ。今日はボア肉と一緒に、これを煮込もうか」
パティ公の唾液まみれの手を水瓶で流して、リックちゃんは包丁を握り直した。
すぐにまたトントントンと見事な手並みで野菜が刻まれていった。
「それ、たべたこと、あるかも……」
「……そうなのか? 魔界側の料理だと思っていたが、どこも変わらないのだな」
「じゅるり……たのしみだ。よるが、たのしみだ! はやくよるになってほしいなー」
「俺はちょっとなぁ……。肉まで真っ青に染まるんだろ? うーん、ちょっとよぉ、食欲をそそらせる色じゃねぇよ」
すると包丁の手が止まり、リックちゃんが俺を涼しい流し目で見た。
調子が戻ってきたのか、元のクールなリックちゃんだ。
「魔界の酒を喜んで飲むくせに、今さら何を言っている……。乱切りにして塩漬けにすると、酒の肴にもなるぞ。いらないのか?」
「いる!!」
俺じゃなくてパティ公が元気に手を上げて、リックちゃんに真剣な自己主張をしていた。
青い肉はどうかと思うが、そりゃ悪かねぇな。
ほどなくして厨房に彫金師のアンを含む奥様方がやってきて、本格的に夕飯の打ち合わせに入った。
さすがに邪魔なんで、俺はパティ公を肩に乗っけて自分たちの仕事に戻っていった。
●◎(ΦωΦ)◎●
現場に戻ってまたカンカントントンとかなづちを振るうと、カールが俺を見て驚いた。
「なっ?! ど、どうしたんだよおっさんっ、なんか舌がすげぇ青くなってるぜ!? 病気かっ、やべぇ、死ぬんじゃねーぞ、おっさんっ!?」
「ああ、こりゃさっき食ったダイコンだな……。まじか、うわ、なんだこりゃ……真っ青じゃねぇか……」
舌を軽く爪で擦ってみると、真っ青に泡だったものがこびり付いた。
いっそ野菜として食うんじゃなくて、染料にした方がいいんじゃねぇのか? 恐ろしく青い。
「はぁっ、なんだぁ……脅かすなよおっさん……。俺てっきりもう、はぁぁ……おっさんの跡を継ぐ覚悟を決めかけたぜ……」
「人間の世界には、青い食べ物ってないんですか? わぅっ……」
ラブ公がやってきたんで、条件反射でもふもふな頭を撫でた。
労働力としても一人前でおまけにモフれる。こりゃ良いワンコだわ。
「あるかもしんねーけど、あってもそんなん食わねーよ!」
「そうなんだ。美味しいのにな」
そのとき増築現場にジアがやってきた。
カール目当てだな、ついニヤリと俺はほくそ笑む。
「おうジアじゃねぇか。ちょっとこっちきな、面白いもん見せてやるよ」
「何さ、バーニィさんがそう言うと、なんかイヤな予感しかしないんだけど」
どうせカールに構ってもらいたいんだろう。
文句を言いながらもジアが俺に寄ってくる。カールはなんか知らんが、あきれた目線でこっちを見ていたかもな。
「ギペェェェェーッッ!!」
「ヒッッ、キャァァァァーッッ!!?」
「げふっっ?!!」
ジアの性格忘れてたわ……。
青い舌と奇怪な表情で驚かしてやるつもりが、超本気のビンタを叩き込まれた……。
「あ、ごめんっ、大丈夫バーニィさん!?」
「うわ、痛そ……。けどおっさん、ガキみてーなことするから、そうなんだぜー」
カールに正論言われちまった。
そうだな、その通りだ。ひっくり返ったまま見上げた空はまだ夕方には早く、そして高く、ダイコンより果てしない青だった。
●◎(ΦωΦ)◎●
青くなるのは舌だけじゃなかった。
翌朝、まだ朝日が出て間もないというのに、水くみに行ったパティアが部屋に飛び込んできた。
「たいへん! たいへん! みんなー、たいへんだぁ! しろぴよが、しろぴよがー、しろぴよの、うんちが……あおぃぃぃーっ!」
ユグドラシルブルーダイコンの色素は強烈だった。
しろぴよだけに限らず、里の人間たちは誰もがこの日から、自分のふんばったモノが真っ青に染まっているという、ちょっとした恐怖、あるいは自分がカタツムリになったような奇妙な体験をするのだった……。




