36-8 おっさんとワンコ
・立ち直りの早いウサギさん
まあ色々あったが現実ばかりはしょうがねぇ。
全部受け止めて、開き直って、俺はただの大工としてこれまで以上に仕事に打ち込んだ。
ラブレーとカール、ネコヒトの民とガキどもで家の二階建て増築に力を入れて、しばらくの日々が経過した。
そんなある日、俺はついに無理がたたって、ちょっとの休憩のつもりが爆睡しちまっていた。
人が寝ている隣で、ガンガンと騒がしい建築仕事をするのも気が引けたらしくな、作業も俺のせいで中断しちまった。
しかし作業の手を止めたら俺がうるさいだろうと考えて、ラブレーだけ残して他の連中は畑仕事を手伝いに行ったそうだ。
「グッグゴッ……グゴゴゴ……」
「いけない、バーニィさんの番をしなきゃいけないのに、なんだか僕まで眠くなってきた……」
イビキを立てて眠るおっさんを見ていたら、ラブ公も眠くなってきたそうだ。
たぶんそこで俺にくっついたんだろうな。
夢か現実かわからないが、ラブ公がそわそわと周囲に目を向けて、スンスンとよく鳴る鼻を鳴らして、身を擦り付けてきたような気がする。
やがてだんだん安心してきてよ、そのままラブレーも眠っちまったんだろう。
●◎(ΦωΦ)◎●
目が覚めると、太陽が高く昇って赤い日射しを世界に注いでいた。
俺は樹木に背中をかけたまま寝ちまってたみたいだ。目を落とせばでっかいワンコが膝にしがみついて眠っている。
現場には工員が一人もいないしよ、逆に畑の方がやたらと賑やかだ。
どうも俺が寝ちまったせいで、工事が中断しちまったらしかった。
「あいつら余計な気を使いやがって……。おかげで完成が半日は遠のいたじゃねぇか……」
しょうがねぇからラブ公の毛並みを撫でる。
金色のふさふわはちと暑苦しいかけ布団だったが、触り心地は最高だ。こうしていると、マジでただのでっかい犬っころだった。
そのままぼんやりと、誰か俺を呼びに来ねぇかなと夕空を眺めて、久々の休養を楽しんだ。
「ん……ふぁぁぁ……。あ、あれ、バーニィさん……?」
「よう、今日はすまんな。勝手に寝ちまってよ」
「ご、ごめんなさいっ、僕まで寝ちゃってましたっ! ヒャンッ!?」
起き上がろうとしたラブ公をちょいと力ずくで膝に戻した。
そんでそのまま犬っころ扱いを再会だ。そうでもしなきゃ、俺も休めないし、ラブ公も律儀に俺に付き合うに決まってる。
「お前さん、家族とは会ってるのか?」
「え、いえ……。イヌヒトは子沢山なので、僕みたいなのは珍しくもなんとも……」
確か働けるようになるなり、グスタフ男爵に奉公として出されたんだったか。
まだ若いのにコイツはしっかりしている。
「そうか。じゃあ今は俺たちが家族だな」
「ク、クゥン……そ、そんなところ掻いちゃダメですっ、ワフゥゥ……」
そのワンコの背中をかいてやると、もどかしそうにラブレーは全身をピクピクと震わせていた。
俺は犬が好きだ。犬の代わりにラブレーをモフって楽しんだ。
「お。マドリちゃん! おーいっ、こっちこっち、ラブレーもいるぞー!」
「ヒゥッ!?」
そこにマドリちゃんが通りすがった。
すかさず声をかけたんだがな、俺に声をかけられるなり変な声上げて硬直した。
「ご……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ボク、私、ごめんなさい!」
「ありゃ……?」
ところがなんかいきなり謝りだして、顔を真っ赤にして、すぐに逃げられた。
まさかついに嫌われたのか……? いやそんなことはねぇ、マドリちゃんに限っては絶対ねぇ。
「あの、バーニィさん、リード様に避けられてませんか?」
「う……そ、そんなはずねぇだろ。俺のどこによ、嫌う要素があるよ……?」
「じゃあなんで逃げられたんですか……」
「わからん……。今度それとなく聞いておいてくれ」
そりゃまあ、気まずいだろうな。
それに俺に知られた上で、マドリちゃんはマドリちゃんとして、この先も生きていかなきゃいけない。さぞや大変だろう。
「誰もこねぇな。飯までもう一眠りするか、ラブ公」
「バニーさん、次は無理しちゃダメですからね。ちゃんと休憩の日を作って下さい」
「おう、明後日あたり釣りにいこうぜ!」
「あの、バーニィさん……。明日と言わないところに反省を感じないんですけど……」
そりゃそうだ。明日中にここの増築を済ませて、次はジアの両親に家をくれてやんなきゃならねぇからな!
人間関係こじれようと関係ねぇ、俺はこの里が大好きだ。もっと大きく発展させて、見違えるような光景をここに生み出すんだ。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ねぇ……ラブレー? バーニィさん、ボクのこと何か言ってた……?」
「うん、いきなり逃げるから心配してたよ」
「だって、いるとは思わなくて、ボク、驚いちゃって……。ねぇ、バーニィさん、ボクのこと、気持ち悪いとか、嫌いとか、言ってなかった……?」
「言わないよ、バーニィさんはそんなこと人に言わないよ」
「そうだね……。でも、女のふりをする男なんて、普通……そう思わないかな……」
「あのねリード様、バーニィさんは正直な人だから、嫌いって思ってたら態度に出ると思うよ。バーニィさんは、リード様が男だからって、簡単に付き合い方を変えるような人じゃない」
よくわからんが、この翌日からマドリちゃんの態度が落ち着いたような気がする。
どう落ち着いたのかは上手く言えないが、なぜかこれまでにないくらい親しみを込めて、俺とせっしてくれるようになっていた。
俺もマドリちゃんも、役目を捨てたという意味ではやはり同類だろう。
だから俺はお返しに、マドリちゃんにも俺の秘密を教えてやることにした。
「に、2000万ガルドッッ!?」
「ああそうだ。2000万ガルドをパナギウム王家から盗んで逃げた。それが俺の秘密だ」
あの金、どうしたもんかな……。
絶対に見つかりっこないが、肝心の使い道が思い浮かばねぇ……。
ありゃ汚れた金だ。やっぱ手を付けずに寝かせておくべきかね。
「あの、なんのために盗んだんですか……?」
「ただの退職金だ」
「嘘です。あなたが我欲ばかりで行動するとは思えません!」
「おいおい、買いかぶるなってリード、俺はただの不良中年だ」
「そんなことありません、あなたは立派です! ス、スケベなところは、直した方が、ボクはいいかと思いますけど……」
「しょうがねぇな……わかったよ、お前さんにだけはちゃんと答えよう」
なんで答える気になったのかわからん。
ネコヒトの野郎にも明かさなかったのによ、リードからはやっぱり同類の匂いがしたんだろうか。
「俺はな、税を絞るばかりで働かねぇ王家に、ただ嫌がらせをしたかった。盗んだ金の一部をよ、苦しめられた下層民にどうにかして返してやりたかった。だから俺は、2000万ガルドを盗んだんだ」
するとリードは笑った。
俺の大いなる犯行をおかしそうに笑いやがった。
「やっぱりバーニィさんはバーニィさんです。それなら、すごくバーニィさんらしいです。悪い為政者に、あなたが天罰を下したんですね! カッコイイです!」
「バカ言え、ありゃやっぱただの退職金だ。とにかくあの気に入らねぇ王家によ、嫌がらせしたかっただけだっての!」
リードのおかげで、俺は心から2000万ガルドを盗んで良かったと、胸を張れるようになった気がした。
俺は元準騎士バーニィ・ゴライアスだ。我欲半分で、もう半分はただ正義を願って金を盗んだ、しょうがねぇしそれを今日認めよう。




