36-7 バーニィのお泊まり計画 - 今夜はお楽しみのようですね -
「え、あの……な、なんで……!?」
「ラブ公がパティアところにお泊まりするそうでな。そこでお前らが寂しいと思ってよ、このおっさんが代わりにきてやったのよ!」
俺がパティ公を焚きつけて、ほいほいと俺に相談してきたラブレーを説得して、最終的にこうなるように仕組んだんだけどな、へへへ……。
「ぇ、ぇぇ……っ」
マドリちゃんはモジモジと困り果てた様子で俺を見て、視線がぶつかると慌てて目をそらして、ちょいと赤くなった。
彼女の性格はもう知っている。マドリちゃんは人が良いんだ。困るとか、嫌だとか、そういう拒絶がなかなかちゃんと言えない性格なんだ。
「まあそう堅くなるなって。楽しい一夜にしようぜ?」
「い、一夜……あの、バーニィさん、実は、私……っ」
「おっ、誰か来たみたいだぜ」
「おっさん、マドリをあんま困らせんなよなー……。あいよーっ、今出るから待てって!」
ここに誰が訪ねて来たか当ててやろうか。
そいつはジアだ。カールが扉を開くと、あの発育の良いでっかい娘さんがカールを月影の下にすっぽり包み込んだ。
「なんだ、ジアかよ」
「なんだとは何よ。それよりカール、パティアが呼んでるよ」
「パティアが? なんか食いもんくれるのか?」
「ううん、今夜は一緒に寝ようって。ほらきなよ」
ジアがちらりと俺に目を向けた。ソイツに俺は片目を閉じて、それで良いぜと目配せした。
でかしたぞジア、偶然にも今夜は、俺とマドリちゃんの二人っきりなっちまうなぁ、へへへ。
「わ、私は……!? 私は呼ばれてないのっ!?」
「呼ばれてないよ。ほらカール行くよっ」
「だけどよー、このままじゃおっさんとマドリが……」
ジアはちょいと邪魔ったそうにマドリを見た。
これからカールと一緒に夜を過ごせるんだからな、あっちも邪魔者をできる限り減らしたいんだろう。
「カールは私と一緒に寝たくないの? 行こうよっ、きっと楽しいよ!」
「なんでそんなに強引――あっ!?」
そのジアに引っ張られてゆくカールが、ようやくカラクリに気づいて俺の方に振り返った。
「まさかおっさんっ、これって――むぐっ!?」
「ほら行くよ! じゃあねマドリ、カール借りてくねー!」
グッジョブだぜジア。口をふさがれたカールを、ジアは今の密着状態がまんざらでもなさそうに、どこか嬉しそうに微笑みながら立ち去っていった。
「ま、待って、わ、私も……ひぅっ!?」
置いていかないで、って顔してたかわいい子の肩に手を置いた。
すると彼女の全身が震え飛び上がって、おっさんは入り口の扉を静かに閉めた。
「すまんすまん、驚かしちまったか。マドリちゃん独りになっちまうなら、なおさら俺は帰れねぇな。ってことで今夜はよろしくな」
「ぅ、ぅぅ……。バーニィさん、私、私は、バーニィさんが思っているような……違うんです……」
逃げないってことはよ、今夜はよろしくやってくれるってことだよな。
結局マドリちゃんは諦めて、自分の席に腰掛けたようだ。ソワソワと落ち着きがないが、そこがまたいい。
「さあマドリちゃん、せっかく二人なんだからよ、一杯やるとしようぜ」
「え、いえ、お酒はちょっと……」
「まあまあそう言わず、グイッといこう、グイッとな」
「つ、注いじゃダメですっ、わ、わぁぁぁ……!?」
マドリちゃんは良いところのお嬢様だ。魔界の酒にも慣れている。
しかし真面目な子だからな、注がれた酒を飲まずに拒むなんてできないのよ。
コップの中で赤く燐光する酒を彼女はしばらく無言で眺めた。それからしばらくすると顔を上げて、ちょいとあきれた顔で俺を見た。
「はぁ……強引すぎますよ……。もう、これ一杯だけですからね? これ以上は飲みませんよ?!」
「ははは、最初はみんなそう言うもんだぜ。まずは一杯、乾杯だマドリちゃん」
「本当に強引で、しょうがない人です……。乾杯です」
聞こえてるぜ。俺はマドリちゃんほど人の顔色うかがうタイプじゃないからな、そこは許してくれ。
俺は自由に生きるって決めたんだ。マドリちゃんが嫌って言わない限り、すまんが好きにさせてもらう。
「あの、私なんかとお酒飲んで、楽しいですか……?」
「楽しいぜ。マドリちゃんは博学だしな、今夜は色々教えてくれ。おおそうだ、魔界って砂漠とかあんのか?」
「砂漠ですか。砂漠なら魔界の西に向かうと、瘴気の立ち込める広大荒野と砂漠があります。なんでも大昔では、私たち魔族はその向こう側に住んでいたとか……」
「瘴気か。ちょいと採集するには距離もあるし無理かね……。他に砂漠ねぇか? 近場によ?」
「うーん……」
マドリちゃんのコップが空になっていた。
そこで俺は彼女の視界の外側から、こっそりと酒を注ぐ。
考えに没頭していたマドリちゃんは、まんまとそれをグイグイをまた口に運んでくれた。
やっておいてなんたがよ、心配になってくるほどに、ちょろいな……。
「砂漠で何を採集するんですか?」
「それがよ、ガラスの材料だそうだ。確か……珪砂って言ってたかね」
「あ。それなら珪素が結晶化した谷が、魔界の森のどこかあるって、父上が言っていたような……」
「おお! いや、それだけじゃ探しようがねぇな……。他になんか言ってなかったか? というか、マドリちゃんの親父さんってどんな人なんだ?」
またマドリちゃんのコップが空になっていた。
杯が乾く前になんとやらだ、今度は堂々と注ぐ。
「父上は立派な人でした。博学で、芸術のセンスもあって……でも、もういません」
「そりゃすまん。だがマドリちゃんの親父さんらしいな。生きてりゃ里に呼んだのによ」
「あはは……そうですね。生きていたら、夜の合奏に加わってくれたはずです。ん……あれ……すみません、頭がちょっと、クラクラ、してきちゃったみたいです……」
「そりゃ大変だ。悪いな、俺の相談に乗ってくれてよ」
そう言いつつ、俺は減った酒を注ぎ直した。
マドリちゃんは判断力が落ちているようでな、当たり前のようにそれを口へと運ぶ。
美味い酒だからな、ぐいぐいいっちまうのも無理もない。
「あの、ガラス……作れるんですか……?」
「おう、ゾエのやつがな、材料さえあればあの錬金術とやらで、どうにかしてくれるそうだ。割れたガラス瓶とかでもいいそうだが」
「ゾエさんですか……。私苦手です……あの人ボクを見つけると、すぐ飛んできて、延々と難しい話をするんですよ……」
「安心しな、アレが得意なやつなんてこの世にいるわけねぇ」
マドリちゃんの頬が桃色に染まっている。
色っぽく目を潤ませて、いつも以上になよなよと身体を揺らし、上目づかいで俺を見ていた。って、ボクって今さっき言ったか?
そういやマドリちゃんって、ときどきボクッ子に変わるよな。
小さい頃は自称ボクで、最近になって私に矯正したって感じがする。




