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5-5 4人目の無双で無愛想系村人来る

 服を突きつけると彼女は状況を理解して下さりました。

 裸で男に抱き付いているという、真面目な彼女にはだいぶまずい事実に。

 武人ともあろうものが慌ててか無防備な背中を見せて湖水に飛び込み、しばらく牛耳をつり上げたままモゴモゴとよくわからないことをつぶやいておりました。


「ごめん、うしおねえちゃ……あれなー、あれ……パティアがやったんだ……」


 それがようやく落ち着いて服を身にまとうまで待ちますと、再び彼女と岸辺で顔を合わせることになりました。


「よくわからない、どういうこと……? 教官、この子は何が言いたいのだろう」

「あの花粉の大津波のことですよ。この子はわたしの一番新しい教え子、さっきまでこの子に虫除け魔法を教えていたのですが、それがどういうことか別の術となり……」


 言っておいてこんな話を信じる人がいるのか疑わしくなってきました。

 それだけ魔法の常識をひっくり返す術を、うちの娘が放ってしまっていたのです。


「まことに信じがたいですが要は、術がクリの木の生命活動を過剰促進させた結果、あの花粉の波が生まれたのですよ。この子はあなたを巻き込んだことに、罪悪感を抱いているようなのです」


 ホーリックスは生徒の頃から表情の読みにくい子でした。

 怒りも笑いもせずパティアをぼんやり眺め、それから生きていた化けネコの方を見下ろします。


「うぅぅ……ごめんなー、うしおねえたん……だからなー、パティアのせいなんだー……」


 パティアにさっと目を向けるだけで、彼女は謝罪を受け止めかねてかスルーしました。

 何か言いたいらしくわたしばかりに素顔を向けて、その耳がふいに真剣につり上がっていきました。


「教官、貴方は人間を教え子にしたのか……?」

「ええまあ」


「教官……ならあなたは、魔族を本当に裏切ったのか……?」

「それは飛躍し過ぎですね、裏切ったところで何の利益にもなりませんよ。わたし、あと200年は生きてやるつもりでしたし」


 彼女の牛耳が下がりました。表情も少しやわらいだように見える。

 安堵のため息を吐いて今度はパティアの様子を眺め始めたようです。


「やはり教官は、何者かにハメられたんですね……」

「そういうそっちはどうなんですか。槍も持たず短剣1本、全身に魔族の返り血まみれでこんな辺境にいきなり現れた、怪しさで言えばそちらも負けていませんね」


 罪悪感もあってかパティアの方はおとなしかった。

 そんな少女の頭を彼女が軽く撫でる。怒ってはいないという、不器用な彼女の意思表示らしかった。


「オレもハメられた。教官の無実を証明しようとしたら、ミゴーのやつが現れて、なぜかオレを、逃がしてくれた……」

「はい? ミゴーがですって……?」


 それにわたしの無実の証明って何のことでしょう。

 ああ、そういえばさっき、魔族を裏切ったのかどうなのかと、彼女に聞かれました。


「教官を、殺したと言っていた……殺した感じがしない、とも……。軍を追われたオレは、行く当てがない。だから追放された教官を、ここに探しに来た」


 この通り真面目で不器用な人です。

 わたしが教官をしていた頃から、察してあげないと話の要点をつかみにくいところは相変わらず……武勇とは異なりそこはあまり成長していないようでした。


「もしかしてわたし、魔軍を裏切って処刑されたことになっているんですか?」

「うん……そうだ。多くの情報を漏らした、反逆罪で、教官の名誉は今も傷つけられている……」


「ミゴーには惰眠罪と言われたんですがね、使いにくい老兵はもう必要ないと」

「そんなわけない、教官は、魔軍に必要な人だ」


 こんなわたしなんかのために、そこまで言ってくれるなんて光栄です。

 その行動が災いして、こんな状況に彼女が追い込まれたことに、怒りと罪悪感を覚えました。

 しかしですね、うちの娘もそろそろ我慢の限界らしい。


「ねこたん、パティアなー、むずかしいはなしは、わかんないぞ……」

「すみませんねパティア、つまりこういうことです。彼女の名前はホーリックス、わたしと同じく理不尽に魔界を追い出されてしまった被害者、よってこの通り、行く場所がどこにもない」


 パティアがポンと手を叩く。

 そうです、大事なのは最後の、行く場所がどこにもないという事実だけです。他はおまけに過ぎない。


「ああ、そうだった。パティアだったか、さっきは無視して、すまなかった。オレは怒ってない。むしろアレを引き起こしたのがキミだとは、到底信じがたいからな……」

「なら、めいわくかけた、おわびだ! うしおねーたんは、パティアのとこにこい! だってなー、ここならなー、ねこたんもー、バニーたんもー、パティアもいるぞーっ」


 おやおや、おやさしいことです。思えばバーニィをかばったのもパティアでした。

 娘よ、初対面の人間をそんな簡単に信用してはいけませんよ。


「いいのか……? オレは人間の敵、魔族なんだぞ?」

「だ、だから、なんだ……?? パティア、8さいだ! むつかしいことは、あんましわかんない! でも、バニーたんはなー、むらびと、ほしがってたぞー。もっともっと、ひとをあつめたい、いってた!」


 彼はきっと、人間の村人を想定していたんでしょうけどね。

 そこでふいにリックがわたしの耳元に口をよせました。


「教官、バニーとは、ウサギ型の魔族か……?」


 どう説明したものやら、わたしはつい笑ってしまっていました。

 バニーたんと聞けば、誰だってかわいいウサギをイメージするだろう。現実はヒゲモジャのおっさんですが。


「バニーたん、バーニィ・ゴライアスは彼女と同じ人間です。信じがたいことですが、これがとんでもないバカ者でしてね……彼は、国から2000万ガルドを盗んだせいで、人間の世界にいられなくなったそうですよ」


 パティアもバニーも人間、それがリックの様子を硬化させた。

 彼女は人間と戦っている。正統なる魔王の後継者を盛り立てる武人です。


「まさか、教官は、人間と暮らしているのか……」

「うん、だってなー、ねこたんとなー、パティアはなー、親子なんだぞ……」


 リックは戸惑っていました。しかしそれは下らない悩みです。


「リック、どうもここはそういう場所らしいのですよ。この子もまた追放者です、ここは世界から追放された者が集う土地なのです。それは、あなたもまた含まれます」


 ホーリックスもベレトートルートも魔界には戻れない。もちろんパティアもバーニィも。

 わたしたちはこの地で手を取り合って生きていくしかない。他に選択肢など無いのです。


「しかし、そんなことをすれば教官……あなたの身の潔白は……。これが魔族に知れたら、あなたは、本当の裏切り者に……なってしまう……」


 その言葉がパティアに罪悪感を与えるのは明白です。すぐに反論しておきました。


「何も問題ありません。50年ほど我慢すれば、今の魔族の大半が生き絶えます。死と時が全てを風化させてくれるのですよ」

「教官……あなたは、50年もここに隠れ住む気なのか……。気が長いにも、ほどがある……」


 するとどういう心境の変化か、ホーリックスが涼しげに湖を眺めだした。

 無実を訴えて魔軍に復帰するよりも、ここで静かに暮らした方がずっと帳尻が合う。そのことに今さら気づいたのだろうか。


「ああそれと、今のわたしの名はベレトートルートでありません。パティア・エレクトラムの父親、エレクトラム・ベルです」

「へへへー、パティアはー、パティア・えれくらむだぞ! せかいいち、ふかふかでー、あったかい、ねこたんのむすめだ!」


 リックがパティアの目の前に腰を落とし、静かにわたしの娘を見つめる。

 その表情に乏しい不器用な口元が、やさしくほころんだようにも見えました。


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