36-3 奇人とおっさん - 硝子 -
「はぁぁ……わかった。だが人前で吸うな……こういうのはよ、本当の幸せじゃねぇ。ガキどももいるんだ、絶対に誰にも見せるな!」
「これはお笑いだ! アルコールジャンキーの君が言うかね!?」
「てめぇはその両方だろがっ! ったくよぉ、お前さんは確かに天才だよ。それは認める。だから里に貢献してくれるなら、このくらいは目をつぶってやる」
「ほほぅ、我が輩に対して上から目線かね? 気に入ったぞウサギくん。ほら、あそこにある瓶がニカワだ。使い終わったら洗って返したまえ」
瓶、ゾエの野郎が妙なことを言いやがった。
指先を追ってみれば、テーブルの上に大きなガラス瓶が3つも置かれている。
「ガラス瓶……? おい、こんなもん城のどこにあったよ?」
「くくくっ……自作したに決まっておろう! 我が輩の、奇跡の、錬金術を用いてっ!」
俺はゾエの言葉にぶったまげた。
ガラスっていうのはよ、それそのものが結構な値打ち物だ。
ゾエはそいつを自分で作れるとか言いやがった。
「マジかよ、もっと作ってくれ!! ガラスのグラスに、窓ガラス、反射が弱いかもしれんが、上手くやれば鏡にもなるじゃねぇか!!」
「無理だ。材料がもうない」
「なんだよ、やっぱつかえねーな……」
パティアたちガキどもが作った、いびつな陶器の酒杯も悪かねぇけどよ。
魔界の光る酒なんかはガラスのグラスで飲んでみてぇ。ああ期待したのによ……。
「錬金術とはそういうものだ。多種多様な材料を用いて、多種多様な物を生み出す。木材と釘だけあればいい大工とは違うのだよ、ウサギくん」
「わかった、材料があればいいんだな? ガラスには何が必要だ? ていうかよ、お前さんは他に何が作れるんだよ?」
ゾエは俺の激しい要求に上機嫌で不気味な笑い声を上げた。
それから危ない葉っぱを胸一杯に吸って、グニャグニャと揺れながら口を開く。
「砂漠地帯の砂、あるいは珪石だな。純度が低ければそれだけ大量に要るぞ」
「おいおい、このへんはどこもかしこも森だぞ。砂漠なんてねぇよ」
魔界の地形には俺は詳しくねぇ。
ここは後でネコヒトに相談してみるしかねぇか。
「なら城内からかき集めてこい。割れたガラス瓶でも何でも、我が輩がリサイクルしてやろう」
「わかった。そいつを窓ガラスにできるか?」
「グラスじゃなくていいのかね? オリジナルグラスで飲むだけで、酒が美味くなるぞぉ、んん~?」
「バカ言え、窓ガラスの方がよ、ガキどもが喜ぶに決まってるだろ!」
窓ガラスのある家を作りたい。
贅沢かもしれねぇが、建築家として、ガキどもの保護者としてガラス窓をくれてやりたい。
「前から思っていたのだがね、君はロリコンかね?」
「ちげーよ……」
「では男の方か。なおたちが悪いな、エンガチョ、エンガチョである」
「断じて俺はホモじゃねーよっ! それより他に何が作れる? 俺としては、建材になりそうなやつがいい」
問題児だがこのゾエって女は使える。
詰め寄って手を握ろうとも思ったくらいだ。やたら臭いからやらなかったけどよ。
「ならば針金はどうだ? 城には錆び付いた鉄材がいくつもある。酸化したそれを還元して、鉄の針金に変えてやらんでもないぞ?」
「できるのかよ! やってくれ、ソイツがあれば便利だな! バリケードに巻き付ければ、モンスターの進入も防ぎやすくなる! 頼む作ってくれ!」
針金は他の用途も無限大だ。
仕立て職人のクークルスちゃんも、彫金師の人妻アンも新しい材料に喜ぶだろう。石工のダンもだ。
「パイプが先だ。いやこれだとパイプだけでは足りん、ここに休憩用のベッドを作りたまえ。それと棚だな、我が輩は片付けが苦手でな、棚がなければ、そのうちここはグチャグチャのゴミ屋敷になると保証しようではないか」
「おやすいご用だ! ちょっと待ってな、新しいニカワを向こうに届けたら、今日中に作ってやるからよ!」
3つのガラス瓶を抱えて、俺は錬金術師ゾエに背中を向けた。
こうなるともっと鉄が欲しい。廃材でも何でもいいからどこからかかき集めねぇとな。
「ククク……ここまで我が輩の技術を欲してくれるとはな! この里は良いところではないか、いいぞ、実に気分が良い! 我が輩はこの地が気に入った! ウサギくんっ、君もだよ、今夜一杯付き合いたまえ!」
「おう、そいつは断っとくわ」
「ガビーンッ、なんでだねキミィ!?」
「いつか毎日酒の封が切れるくらい、豊かな土地にしようぜ。それまでは祝い事があるまでお預けだ」
そいつはわかりやすくて良い目標だと思った。
今年は地酒も作りてぇな。リックちゃんとゾエを抱き込んで、コイツもネコヒトに相談だな。
●◎(ΦωΦ)◎●
パイプなんて初めてだったが、ゾエが構造に詳しかったんで言われた通りに作ってみた。
「まさか本当に作ってしまうとはなっ、驚いたよウサギくん。まあ前に使っていたやつの方がいい感じではあったが、これはこれで間に合わせ感という美がある。良いものだ、実に美味い」
しつこく文句を付けながらも、ゾエは俺が作ったパイプを喜んでくれた。
その後はやつの仕事を隣で見ながら、残りの棚とベッドも仕上げた。するとゾエの方も仕事を仕事で返してくれた。
割れたガラスと、錆鉄となった廃材を、奇跡の魔術でよみがえらせてくれた。
俺の前に窓ガラスと針金を一緒に見せて、俺の賞賛を待ちかまえていた。
「黙ってないで早く褒めたまえっ!!」
「あ、すまん。あまりにすげぇ仕事によ、見とれちまったわ」
「ほ、ホントかね? グフッグフフフッ……そうかねそうかね♪」
「こんな純度のガラス、王宮でもそうそうお目にかかれねぇぞ。こっちの針金もだ、しなやかで、頑丈だ。こりゃ使える」
ガキどもが喜ぶ姿が目に浮かぶ。
ガラス窓っていうのはよ、庶民の憧れだ。それもこの透明度だ。こりゃすげぇ贅沢じゃねぇか。
「フハハハッ、わかるかね? 純度の高い鉄というのはな、意外とやわらかいものなのだよウサギくん。こういった鉄は錆びにくいのも特徴――って、どこに行くのかね君ぃっ!?」
「早速使うに決まってんだろ! ありがとよゾエッ、みんな喜ぶ!」
「そ、そうかね……? そうか、それならまあかまわん、行っていいぞ。ああだが待てっ、この錬金術師ゾエの仕事であると、ちゃんと言いたまえよ!? そこは極めて重要であるぞ! あっこら、返事したまえーっ!?」
針金は用途も多かったが、最小限を各職人に振り分けて、残りは全てバリケードの強化に使うことにした。
俺の方はガラス窓を抱えて、もう夕方前だったが思い付きの計画を実行した。
ちょいと設計図を書き換えることになるがよ、建築中の1階にガラス窓を取り付けてやった。
すると感動だ。なかなかでかい窓でよ、外からのぞき込むと内装の済んでいない内部がそのまんま見える。
「バーニィのおっさん、これすげーよっ! そっちから手振ってみてよ、ほら早くさ!」
「そんなのカールが振れば良いでしょ! だけどこれ、本当に綺麗……こんな家に暮らせるなんて、羨ましいな……」
ソイツに興奮したガキどもがよ、さらにガキどもを呼びつけてよ、みんなが中と外から不思議な透ける壁に魅了されていた。
家にいながらして、窓を開けずに外の様子を見ることができる。
それが光を透過させるガラスの当たり前の性質とはいえ、俺たちにとっては、ちょっとした魔法そのものだった。
「おう、ゾエじゃねぇか。んなすみっこでなにやってんだよ?」
「むっ、うむ……。我が輩、賞賛は好きだが、子供は苦手でな……。クックフフッ。だが、ウサギくんの気持ちが少しだけわかったよ。これは快感だ……我が輩としたことが、真っ当な心を君らに植え付けられそうで、少し怖くなってきたところだよ、フッフヒヒッ……」
「もう遅いな、手遅れだぜゾエ」
始まりはパティ公だった。
父親を失ったかわいそうな、だが底知れぬ力を持った子供が、ネコヒトの野郎を変え、不良騎士だった俺まで変えちまった。
あのクレイのやつもそうだ。
この里はスレちまった大人に、まともな人間の心を与えてくれる。だからもう手遅れなんだぜ、ゾエよ。




