36-3 奇人とおっさん - けつ -
・自由なウサギさん
ここ最近は辺境の隠れ里で悠々自適とは、ちと言い難い生活が続いている。
いやその気になれば、あの怠け者のクレイみたいに自堕落に過ごすこともできるんだが――人間ってよ、そうそう変わらないもんだ。
人には[その日まで続けてきた生活習慣]ってものがあってだな。
こうして辺境にドロップアウトしてみたところで、ソイツの性分はおいそれと変わらんのだ。
ああ、まどっろこしい話だな。要するによ、俺は働かずにいられなかった。
実はちょっとな、新居の建築計画に変更が入ったのよ。
里にやってきた親たちがよ、他の子たちも我が子として引き取る。とか言い出したんだよ。
だからよ、大工仕事の方にもそのしわ寄せが来た。
予定より、ずっとでかい家を作る必要に迫られたのさ。
困ったもんだ。おかげで現在建築中の設計図を書き換えてな、今は二階建てに作り替えている。
もちろんコイツだけじゃない。すでに作った新居も新たに増築してゆく予定だ。
あの隔離病棟はただ思い出すだけで、ガキどもに今すぐ俺のパンを分けてやりたくなるくらい、マジで酷い有様だった。
だが1つだけ、ガキどもがあそこで得たものがある。ソイツは家族だ。
蒼化病を煩ったガキどもにとって、同じ肌の色をして、絶望の世界を生き抜いてきた仲間は、既に家族みたいなもんだ。
だから悪くない考えだと思ったんだよ。
やつらは一人一人が絆で結ばれている。その絆を、でっかい家で育んでやりてぇと思った。
なら俺はただ仕事を進めて、大工仲間を指揮して、結果をもって気持ちを示そうと、その日もがんばっていた。
だがよ、そこに――あの話のクソ長い女がやってきた……。
●◎(ΦωΦ)◎●
「珍しいじゃねぇか、お前さんが昼前に動き回るとはよ」
最初はどうも髪に皮脂の臭いがこびり付いててよ、不衛生な女だと思っていた。
だがあの風呂が気に入ったらしいぞ。ゾエはまるで王侯貴族みたいに、昼前から清潔な石鹸の香りを放っていた。
「ほう、このニカワは貴様が作ったのだろう、バーニィ・ゴライアス」
「おう、うちの里は狩り上手が多いからな。獣の骨とか皮を加工して作ったんだ」
「ふむ……。悪くはないが、どう見ても純度が低いな」
「んだとぉ? 寝坊野郎のくせにズケズケ言いやがって……」
俺の本業は大工だ。ニカワ屋じゃねぇ。
こいつはどっちかというとお前さん側の仕事じゃねーかよ。
「特別にレクチャアしてやる。接着剤というのはだな、暑い季節になると粘着力が下がるものだ。つまりだな、バーニィくん。この程度の品質では、大家族が暮らす二階建て家屋の建材としては、不十分である」
だからたっぷり多めに塗って、ニカワに頼らない構造にしてるんだっての。
この前の嵐にも耐えられるようにな。そうしなきゃ俺のメンツがつぶれるぜ。
「んな説教がましく言わなくてもわかってるって。そんなら代わりによ、お前さんが作ってくれよ」
「うむ、誤解するな、我が輩は天才だ。そう言われると思って、既に作っておいたのである」
「マジか! なら最初からそう言えよ……。そうすりゃ、両手を上げてお前さんを絶賛してたぜ。いや今からでも遅くねぇか、マジでありがとよゾエッ!!」
里のニカワの接着力を上げてくれるって話だ。
どんなにコイツが上から目線の、ちょいと残念で変な女だとしてもそんなもん関係ねぇ。
一介の大工として、コイツの才能は使えるし、単純に頼もしいと思った。
「うむ、賞賛はいつでも受け入れる所存だ、フハハッ。しかしな、どうやら我が輩とこの里は相当相性が良いらしい。驚愕の接着力と純度だぞ、扱いには気をつけたまえ。ああ、そこのニカワは我が輩が精製し直してやるから、そいつを持って我が工房まで、驚愕の手並みを取りに来たまえっ!」
そこで俺は仲間に作業を任せて、古城1階にあるゾエの工房に向かうことにした。
「話は聞いたなてめぇら! 良いもん作ってくれたそうだからな、ちょいと取ってくる。俺がいねぇからって、気ぃ抜いて怪我なんてしたら承知しねーぞ!」
「おっさんこそよー、ゾエにスケベなことしてひかれんなよー?」
「バカ言え! アイツを選ぶくらいなら、俺はキシリールの方にセクハラするっての!」
「な、何でそこに俺が引き合いに出てくるんですかぁっ!?」
「くぅん……。僕、ゾエさんはなんだか苦手です……ときどき、変な臭いがするし、僕を追いかけ回すから……」
キシリールは自分のケツを抱えて抗議して、ラブレーは尻尾と耳を下げて俺を見送った。
確かにあの女、時々妙な臭いがするなと思いながらな。ニカワを抱えてゾエの遠い背中を追った。
●◎(ΦωΦ)◎●
ゾエの工房に入ると、しろぴよ型の愉快な錬金釜と怪しい錬金術師が俺を迎えてくれた。
「ん、んん……ふぅ……。やっときたかね」
「こっちは大荷物抱えてんだ、手伝ってくれたって――っておい、何やってんだお前さん……」
ところがよ、その部屋の家主がよ、なんか吸ってたんだよ。
筒状にした何かを、乾燥させた草の束か何かかな。ソイツの先に火を点らせて、口にくわえていた。
「ウサギくんも吸うかね? ああ待ちたまえ、君が次に言う言葉くらい予想が付いている。これはなんだと聞くのだろう?」
そうだ、この臭いだ。ラブ公が嫌がるのも納得のきつい臭いがした。
葉巻ってやつか? 前に金持ち貴族が同じように吸っているのを見たことがあるが、それとは臭いが違う気がするな……。
「葉巻じゃなさそうだな」
「フッハハハッ、これはお笑いだ! 我が輩がそんな高級品に手が届くと、本気で思ったのかね!? 自慢じゃないが我が輩は金などない! よってこの里に来るときも、気分晴れ――」
「結局ソイツはなんだ?」
「うむ、知りたいかね? 君たちが集めてくれた薬草を乾燥させたものだ。これそのものは鎮痛剤の材料でねぇ……。言わばこれは、弱い幻覚と、多幸感を呼ぶ幸せの草なのだよ君ぃ」
「おいこらこのアホ錬金術師! うちの里でんなもん吸うな!! 要するに、葉っぱってことじゃねーかよっっ!!」
昼前だってのによ、ゾエは既にグニャグニャになっていた。
ったくよ、確かに有能であるけどよぉ。とんでもないやつを連れて来ちまったな、ネコヒトよ……。
「我が輩はこれがないとダメなのだ。しかしだねぇ、愛用のパイプまであちらに置いてきてしまった。おお、なんという偶然だ……。我が輩の目の前に、木工職人殿がいるではないかっ!」
「この野郎、最初からそのつもりで俺を呼んだんじゃねーだろな!?」
「ハハハ、大した思い上がり屋だ! それで、作るのかね? 作ってくれないのかね?」
バカにするな、この里に来て、俺は木工仕事を頼まれて、それを断ったことなんてねぇ。
欲しいと言うなら作ってやる。それが俺の知る職人だ。




