36-1 ヤバい錬金術師のために材料を集めよう - パティアたちの錬金釜 -
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錬金術師ゾエを働かせる鍵、その最後の3つ目は錬金釜です。
そこで里のあちこちの粘土層から土をかき集めて、それを石工のダンの口下手な指導を受けながら混ぜ合わせることになりました。
ダンによると里付近の粘土は、単体で陶器となる良質の土だが、混ぜた方がさらに強度が上がるそうです。
「にゃーっにゃっ! にゃーっにゃっ! にゃーっにゃっ! どっこいしょにゃ!」
場所は城門前広場です。そこにネコヒトたちの手によって荷台が引かれてきて、粘土が下ろされます。
それが綺麗にゴミを取り除いた石畳の上で、年少組の子供たちが粘土遊び――ではなく、混ぜ合わされていきました。
結構な肉体労働です。何せ大釜1つ分をこれから焼き上げようというのです。
それでも粘土遊びは、子供の本能を刺激する魅惑の遊びです。みんな笑っていました。
「みんな上手だよぉ……おら一人でやるとよぉ、大変でよぉ、助かるよぉ」
「ゾエおねえさんの魔法、早くみたいもん!」
「みんなで焼き物作るの、好きー!」
年少組の無邪気な笑顔と返事に、ダンも終始笑顔だったそうです。
さて混ぜられた土は、パティアとリックが大釜の形へと成型してゆきました。
「ふぅーむ、ふむふむ。陶器の錬金釜とはなかなかしゃれているかもしれんな!」
そっちはゾエの監修を受けながらです。
リックもウザそうに目をそらしたと聞き及んでいます。
それでもパティアの方はお構いなしに、夢中で粘土をこねこねと壷の形に整形していったそうでした。
「しかしだねぇ、ロクロもないのかね、この里には?」
「必要がない。それにバニーは、忙しいからな。ゾエ、お前が作ってくれる、というなら歓迎する」
「て、天才の我が輩なら、ロクロくらい作れらぁ! ……ただ、少し、下調べと助手が必要であるからな、い、今すぐは難しいのである!」
「こねこね……。うしおねーたん、そっちたのむぞー」
「ああ。パティアに、壷を作って、もらえるなんて、ゾエは幸せ者だ……」
うちの娘は集中すると口数が減ります。
粘土で顔を汚しながらも、壷に新しい粘土を盛りつけて、少しずつ形にしてゆきました。
「ところでパティアくん、大きさはこのくらいだぞ、このくらい。液体が跳ねることを考慮してだな、上の方は丸く頼むぞ。いや丸く作りすぎてもかき回しにくいからな、ほどほどに、カーブを付けてくれるだけでいい。わかったかね?」
「んーんー。わかんない」
身振り手振りとふんわりした言葉だけでは、なかなか把握できる者などいないでしょう。
パティアはゾエに目もくれず、コネコネと粘土遊びに夢中になっていたそうです。
「おお、我が輩の言葉が高度過ぎて、わからなかったかねパティアくん。すまない、我が輩は賢すぎる余りに、常人とのコミュニケーション! に難があってだねぇ……」
「ふんわりしていて、オレにも、わからん……」
少し考えればわかります。リックとゾエは波長が合いません。
物静かで慎重に言葉を選ぶリックと、思ったことを勢い任せにまくし立てるゾエでは、会話の情報量やペースが噛み合いません。
「こまかいとこはー、パティアに、まかせとけ。そゆことだなー」
「パティアくんっ! 我が輩の話を全く聞いていないだろう君は!? だから我が輩はこのくらいの大きさで、カーブがだね!?」
「パティアにー、どーんと、まかせとけ? ぞえりん♪」
「うむ♪ ゾエリンともう一度呼んでくれたまえ、我が輩を」
「ぞえりん、おちつけ♪」
「ふむぅ……ロリコンどもの気持ちが、我が輩、今になってちょっとだけ理解できるようになったよ。良かろう、ゾエリンは落ち着こう」
練り合わされた粘土で、その後もパティアとリックが壷の形へと整形していきました。
大きな物を作るのです。さらに年少組の手も借りて、やがて苦労の果てに、ゾエの要望に近い形状をした錬金釜が整形されたのでした。
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「うむ! やたらめったらデコボコしているが、なかなか悪くない。手作りの味わい、それほどまでに我が輩の錬金術が、諸君らに期待されていることを実感させる出来だ。って、何をしてるのかねパティア・パティントンくぅぅーんっ!?」
「ちがうよー。パティアはー、パティア・エレ……えれくらむ、だよ?」
なんでまだ覚えられないんですか……。
パティア・エレクトラム。今度復習が必要ですね、パティア……。
「そーっちではないよキミぃー!? そのかわいらしいお手手で、何をしてくれちゃっているんだね!? と聞いている!」
「あのなー、はね、つけてる」
「羽だったのか……」
言われてみれば確かに羽根だったそうです。
ゾエのオーダーにない勝手な仕事を、リックはただ静かに見つめました。
「よしー、もうかたっぽだー! まってろー、ぞえりん?」
「ウフフッ、ゾエリンッ♪ ではなく我が輩の壷に羽かね? まあ、まあかまわんが――心に羽根が生えるほどに、期待していると受け取ろう、フハハハハーッ! って、今度は何をしているのかねキミィ!?」
パティアの奇行はそれだけでは収まりません。
さしものゾエも、パティアの自由気ままさには受け身になる他ありませんでした。
「しあげだぞー。かお。かおをなー、つぼに、かく」
「何やら、愉快なデザインになりそうであるな……?」
「てん、てん。あと、さんかくおくち。(・△・) よしー、できたぁー!」
錬金釜に2枚の羽根が付きました。
さらに壷の正面に(・△・)でシンプルな顔が描かれると、もはや何を模したかは明らかです。
「おお……これぇ、しろぴよかぁ? な、ならぁ……おらぁ、白くなる、薬、作ってあるだ。お城にあった、割れた白い壷から、取ったやつだぁよぉ」
「おぉぉーっ、しろくできるのー!?」
「ちょ、ちょっと待ちたまえっ!? し、白くするのかね? もしここで、そんなのは嫌だ! と言ったら、どうするかね……?」
「ぇ……。いわれたら、パティア、たぶん……。なく……」
「ならば仕方あるまい、もう好きにしてくれちゃいたまえ! 仕事ができればこの際なんだってかまわん!」
こうして大釜に釉薬が塗りたくられました。
後は少し乾燥を待って、最後の仕上げをすれば完成です。
「ところでだがね、この釜を焼く窯がないようだが……一体どうするのかね?」
「あのねー、パティアがやくんだぞー、ぞえりん」
パティアがアレをやるようだ。事情を把握している皆は釜から離れてゆきました。
しかしゾエは知りません。恐ろしくも有益な術をパティアが撃てることを。
「ゾエ、危ないから、離れろ……」
「アレ食らったら、誰だって、し、死ぬだよぉゾエさん」
「ああこらっ、何をするのだねこのおっぱいお化け! ひぃっ怖い、そんなに睨まなくてもいいじゃないかねっ!?」
リックが大きな胸を揺らして、後半からはかなり荒っぽく釜から引きはがしました。
リックの種族が巨乳なのは当たり前です。そういう種族なのです。
「いくぞぉぉぉー……」
「行くって何がだね!? ほうっ、その本はなんだね興味深いっ! だわぁっ!?」
「危ないから、引っ込めと言っている……!」
パティアの手の中で大判化した書に、ゾエは興味を覚えました。
「がぉぉぉぉ……めぎどぉぉぉ……。ふれーむぅぅーっっ!!」
それが巨大な白焔となり、大きな錬金釜を包み込むとさらに並々ならぬ大きさに変わりました。
わたしの知らぬところでパティアは成長していました。
あんな小さな炎しか出せなかった少女が、今は釜全体を炎で飲み込んだのです。
ただその反動もまた軽いものではありません。
「へ、ふぅぅ……。ぜぇぜぇ……はれぇ、ちから、はい、らな……ぜぇぜぇ……」
世界最高の攻撃力を持つ少女は、その場にへたり込んでしまいました。
ゾエの熱狂的な視線はいまだ愛らしい少女にではなく、世界を破滅させることも可能なメギドフレイムに目を奪われています。
それはゾエにとって、エドワード・パティントンの研究成果そのものにも見えたでしょう。
「フ……フフフ、フハハハハハハ……ッッ!! メギドフレイム、かつて世界を滅ぼしかけたクズ、邪神だけが扱えたとされる不滅の炎かねっ、ハハハ、これは驚いた、ハハハハハ……。パティアくん。何者かねぇチミはぁぁぁぁっっ?!!」
「ふぅふぅ、へふぅぅ……ちかれたぁ……。んー? ぞえりん、パティアは、パティアだぞー?」
「ち、近寄らない方が、いいよぉ……。触ったら消せないって、エレクトラムさんが言ってたからよぉ……」
しかし臆病なダンの警告は、ゾエをさらに興奮させるだけです。
怪しいネクロマンサーでもあるこの奇人変人は、目を爛々と輝かせて、ダンに詰め寄りました。
「そ、それはつまり、これは300年前にベルン側を焼き払ったやつではないかねっ!? 正気かねっ、そんなものを日用使いするなど――ああっなんと恐ろしい……!! だがそこがまたクールだ!! 気に入ったぞパティアくん、同じ天才として、これからも末永く永久に仲良くしてゆこうではないかね!!」
後でリックに何度も何度も繰り返し聞かれました。
教官、本当に、あの錬金術師は、大丈夫なのか? そう聞かれてしまいました。
すみませんが答えかねます。
わたしが知る限り悪党ではないはずなのですが、確証はしかねました。
「でへへー、いまさらだぞー? ぞえりん♪」
「ゾエリン♪ 我が輩、そう呼ばれるのは嫌いじゃないよ、パティアくんっ♪ 今度、その身体を、お父上にはナイショで、調べさせてくれないかね、ヒッヒヒヒッ……♪」
「いいよー、ぞえりん。いっしょにねー、おふろはいろ?」
「はい、喜んで!」
こうして昼食を終えた頃には、メギドフレイムが錬金釜を完成させていました。
それが冷えるとただちにゾエの作業部屋へと運ばれて、夕方過ぎには全ての道具と素材が集まり、彼女の仕事を見届けることになったのでした。




