36-1 ヤバい錬金術師のために材料を集めよう - 狩人の子 後編 -
「あー暇、モンスター現れないかなぁ」
「スライムくらいにしか勝てないもんねぇー、カールは~」
カールの独り言に対して、ジアの返事はあんまりだった。
しかし俺としたことがつい笑ってしまっていたようだ。
「んなわけねーだろっ! バーニィのおっさんたちによ、今日までずっと剣を教わってきたんだ、ゴブリンくらいやれるっての! あたっ!?」
こういう時期の思い上がりは死を招く。
カールの後頭部を軽く叩くと、息子は俺に向けて唇を突き出す。
「調子に乗るな、森の中ではもう少し静かにしろ。生意気なことばっかり言っていると、いつかジアに捨てられるぞ」
「はぁー? 何わけわかんねーこと言ってんだよ、とーちゃん」
「大丈夫ですお義父さん! カールは私がずっと面倒見ますから! ほらカールッ、ゾエさんのためにもっといっぱい薬草集めるよっ」
わざわざこんな魔界の辺境から、俺を呼びに来てくれたエレクトラムにはいくら感謝しても足りない。
この里のために、カールとジアのために俺はもっとここに貢献したい。
「そうっそのゾエだよっ。あいつさー、なんかさぁ、ヤバくねっっ!? アイツと昨日話したんだけどよーっ、ずーーーっと喋ってんの! ずーーーーっと、わけわかんねーこと言ってんだよ、俺に! 絶対ヤベーよアイツ!」
「人の悪口を言うな。悪口を言うヤツは誰からも嫌われるぞ」
「だけどよーっ! マドリもからまれてメチャクチャ困ってたぞー!? 錬金術師って、そもそもなんなんだよ?」
「錬金術師は薬屋だ。それに設備があれば蒸留酒が作れると聞いた。いいか、ゾエさんの悪口はもう言うな」
地酒を飲みたい。その地酒を蒸留して、ウィスキーを作ったらさぞや美味い。それは男の夢だ。
「とーちゃんはただ酒飲みてーだけじゃねぇかよっ!」
「もう……とにかく採集してから帰ろ。私、ゾエさんの仕事とか見てみたいし」
「ヒヒヒ、とか言いながらドロドロしたの煮込むんだろ。ほらこれやるよ、ジア」
「あ、ラズベリー……。ねぇ、これどこにあったの?」
見ればカールが赤いラズベリーを、4粒もジアの手を引っ張って握らせていた。
カールにはやはり、ジアへの己の好意に自覚が無いようだ。
「そこ。ほとんど熟してなかったからそれだけだぞ」
「じゃ3人で分けよ」
「俺は要らない。仕事柄、いつでも食える」
全てを採集して持ち帰るわけにもいかないのだ。
ずるいと言われようと、腹に収めるのが正しいこともある。
「お前が食えよ。俺も別にいらねぇし……大人だからな」
「そんなちっちゃい大人がいるわけないでしょ……。んんっ、甘いけど、これっ、酸っぱぁ……」
「おめーがでけーだけだ! ああもう、何回言やわかんだよぉ……」
女の子は早熟で、男の子は晩成だ。
カールとジアはそれが顕著だ。いつか背丈が逆転する日が――うちの息子には少し難しいかもしれないな。
「カール、ありがとう。酸っぱかったけど美味しかったよ。それに嬉しかった」
「え、お、おう……。別に食いたくなかったし、また見かけたらお前にくれてやるよ……」
父親として、まだ未熟なこの息子を鍛え上げなければならないな。
せめて弓の使い方と、女の扱い方くらいは仕込みたい。どちらも一筋縄ではいかなそうだが……。――!!
「うわっビックリしたっ!? なんだっ、モンスターかっ!?」
茂みから飛び出してきたモノに、猟師の条件反射がボウガンを放たせた。
続けざまにすぐに二発目の矢を装填し、距離を詰めてもう一度トドメを撃ち込む。
「あ、首狩りウサギ――だっけ?」
「うわっ、とーちゃんやっぱすげー! コイツって毛皮が高いから金になるって、エレクトラムさん言ってたぞー!」
「かわいそうだけど、この子の毛皮って肌触りいいよね。ちょっと、かわいそうだけど……」
「ジア。駆除が必要な危険な生き物だ。その考えは捨てた方がいい」
「う、うん……お義父さんがそう言うなら、わかったよ……!」
なんてかわいい嫁さんだ……。
ある日、どこからともなくネコヒトが現れて、俺たちを幸せの国に導いてくれた。
いまだに俺は、子供の頃に聞いたおとぎ話の世界にまぎれ込んでしまったような気持ちになる。
この子たちのためなら、俺はなんだってしよう。
エレクトラムが終わってしまったものを取り返してくれた。その恩に報いたい。
「少し湖で休もう」
「俺も解体手伝うぜ!」
「要らん。ジアとゆっくりしていろ、これは父親からの命令だ」
「んなこと言ってないで一緒にやろーぜ、とーちゃん!」
「嫌だ。ジアと仲良くしろ、とーちゃんの命令だ」
首狩りウサギの首根っこをつかんで、俺は湖に向けて歩き出した。
カール、俺はジアが欲しい。心配なお前の嫁さんになってもらいたい。
孫の顔をもしこの目で見れたら、妻への土産話にもなるからな……。




