35-8 初めましてゾエです、パティアさん
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旅先のゾエは意外にもおとなしいものでした。
クレイと交代でピッコロにまたがっては、ぼんやりと森を眺めていることも多く、こちらを拍子抜けさせてくれました。
「魔界の森は良いねぇ……。ネクロマンサーには理想的な環境だよ君。我が輩だけでは生き残れない、という問題をのぞけばねぇ……」
「まあ確かに。この森はわたしたちよりも、あなた側向きでしょうね」
ゾエは食人鬼をわたしたちの前で使役して見せました。
まさかあれを使役する者がいるだなんて、ゾエは狂人でしたがただ者ではありません。
「ところで大先輩……あの話だけどにゃ? マジでにゃー、人間のピンチにゃ。考え直して手伝ってあげたらどうかにゃ?」
「お断りです。あなたの口からそんな言葉が出るなんて、それこそ不自然ですよ」
「今のグダグダした世界の方がマシかもにゃ。って言ってるだけニャ。そうだにゃ、ニュクスを暗殺すれば丸く収まるかもしれないニャー」
そうですね。サラサールとニュクスという怪物が消えれば、世界はグダグダの停滞の世界に戻れます。
しかしそれができたらニュクスはあの地位に今も君臨してません。
ある意味で、誰もニュクスを倒せないからこそ、殺戮派はまだ組織として存在しているとも言えます。
「無理に決まっているでしょう……。あんなの誰がどう倒せばいいのですか。参考に教えて下さいよ」
「そこはほら、無敵のメギドフレイ――なんでもないにゃー、睨まないで怖いにゃー♪」
そんな最悪のシナリオを、よくもわたしの前で口にしてくれますね。
パティアは世界を救う力を持っている。確かにそれは事実です。
ですがわたしは絶対にパティアを魔王様の二の舞にはさせません。
絶大な力を持つ者は、弱い者に利用される宿命にあるのです。
パティアは頭の残念な愛らしいわたしの娘。世界を救い、あるいは滅ぼし得る力を持っていようとも、戦いに身を置かず幸せに生きる権利があるのです。
●◎(ΦωΦ)◎●
こうして行きと同じく3日の旅路を終えると、わたしたちは隠れ里へと帰還しました。
そこから先はいつものパターンです。
結界の内部に入るなり、しろぴよがわたしたちを見つけ出して、パティアに密告して、東側の門の前で待ちかまえていたのです。
「ねーーこーーたーーんっっ、おかえりぃぃぃーっっ!」
タックル同然の包容と歓喜の笑顔をわたしに叩きつけました。
やがてそれに満足すると、パティアは見慣れない顔に気づくことになります。
怪しい女錬金術師ゾエ、この里では珍しいタイプの陰気な風貌の不審者でした。
「ヒヒヒ……かわいい娘じゃぁないかね、ネコヒトくん」
「おぉぉーっ、あたらしいひとだー! はじめまして、パティアです! ねこたんの、むすめだぞー!」
しかしパティアは人見知りしなさ過ぎて、こっちが不安になるほどのハートを持っています。
ゾエの不気味な笑いに笑顔で返して、元気な自己紹介を飛び跳ねながらしました。
「そうか君がパティアくんか。ならば我が輩の名前を特別に教えてやろう。我が輩の名は、ゾエ! 偉大なる錬金術師にして、ネクロマンスワァーッだ!」
「そうかー。ぞえりんかー、よろしくねーぞえりん」
「ほぅ……それは我が輩のことかね? ぞえりん……これは不思議な感覚だ。そう呼ばれたのは生まれて初めてだよ。ゾエリン、ゾエリンか、なかなか悪くないぞパティア君っ!」
「じゃあ、きまりだなー! パティアは、パティアだぞー」
パティアのネーミングに、こんなに早く納得した人は初めてです。
しかしゾエは段々と、パティアへの興味を偏執的で危ない方向に高ぶらせていきました。
「ところでパティア君、君は何歳かね?」
「9さいです!」
「そうかそうか、9歳か、ふむぅ……計算が合わんな……。これはどういうことかねっ、エレクトラム・ベールッ!」
知るわけありません。わたしが聞きたいくらいですよ。
「おや、ハチがいますよ」
「え、ハチっ!? どこかねっ、ハチ怖い、ハチ――いったぁぁっっ?!」
取り急ぎゾエの二の腕をこっそりつねって黙らせました。
知る必要がないでしょう。まさか自分が生まれる前に、父親に同じ名前の娘がいただなんて、パティアがもし知ったら悲しんだり混乱するだけです。
「ぞえりん、だいじょーぶか?」
「今なにか、なにかがチクッと我が輩の二の腕を――痛ッッ?!」
「それよりパティア、クレイが疲れ切っています。早く城に帰りましょう」
「そうしてほしいにゃ……。ハードだったにゃぁ……」
「こげにゃんたいへん! パティアがおんぶする?」
「ホントかにゃっ、お願いしますにゃ♪」
「9歳の女の子におぶられないで下さい……」
さすがに軽い荷物ではありません。
パティアはクレイを背中におぶったものの、ろくすっぽ歩かないうちに音を上げるのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
ゾエを紹介したらこんな反応が返ってきました。
「おいおい、ずいぶん変なの連れてきてくれたなぁ、ネコヒトよ……。錬金術師? アレがか? アレにはちょっとよぉ、なんか、手を出す気になれねぇな……」
スケベなバーニィの好みではありませんでした。
「助けて下さいベレトさん……。ゾエさんが、ゾエさんの話が、長い……長すぎます……。私、なぜか気に入られてしまったみたいで……ぅぅ……」
博識なマドリはゾエの好みでした。
しかし一方的に喋りまくし立てるあの性質に、堪えられる者などいるわけがありません。
「え、もしかしてゾエさん!? 奇遇ですね、あなたもこちらに来たんですね!」
「む……誰だね君は?」
それとキシリールは顔を忘れられていました。
冬に入る前に、キシリールと一緒にゾエの工房を訪ねたはずなのですが……。
「俺ですよっ、キシリールですっっ! 騎士団の仕事を斡旋してあげたじゃないですか!!」
「おおっ、君かね、そんな気はしていたよ! ヒヒヒッ、聞いたぞ聞いたぞ、サラサール王にケンカを売ったそうじゃないか! さすがの我が輩もドン引きだっ、良くやった誉めてつかわすぞこの大バカ者め!」
「顔を忘れてたくせによく言いますよっ!」
連れてきてしまったものは仕方ありません。
ウザい分、才能の方で帳尻を合わせていただきましょう。




