35-7 ネコは異端の錬金術師を救い出す - 大脱走 -
「ア、イ、タ、タ、タ……! やはりこの大天才の才能に惚れたか! よし付いて行くぞ! 穏健派だろうと殺戮派だろうと、何だろうと、どこにでも共に行こう! 邪悪な研究を我が輩にさせるのだろうっ、喜んで!!」
「いいえ、そのどちらの所属でもありませんね」
「ならば正統派か!」
「違います。わたしたちの里は――ネコタンランドと申します。とにかく逃げますよ、ゾエ」
少し黙れとゾエの口をネコヒトの手でふさぐ。
これだけの大騒ぎです。見張りか何かに気づかれたのか、足音が近付いてきます。
「敵です。少しそこで休んでいて下さい」
「いや待ちたまえ、その必要はないのである」
拘束で筋肉が硬直していたのでしょう。
ゾエが仰向けになって、暢気にもこの状況で自分の身体をほぐし始めました。
「ひっ?! な、なんだこいつは……!?」
見張りはこちらに来る前に、何かを見つけたようです。
怯え混じりの叫び声を上げて驚いていました。
「ゾエ、あれはあなたの仕業ですか?」
「うむっ。古い死体があったのでな、何体かを動くようにしておいたのだよ。予定が少し変わったが、まあいいだろう。混乱に乗じて逃げようではないかネコくんっ!」
そういえば彼女はネクロマンサーを自称していました。
まさか死体を動かすだなんて、こんな悪趣味な芸当をしてのけるところもまた、正気を疑います。
「わたしの助けなど要らなかったようですね……」
「否! そんなことはないっ、どこに逃げたものやら、実に困り果てていたよ! さあいざゆかんっ、ニャンニャンタウンへ!」
「全然違います」
ゾエに聖堂のローブをかぶせると、その後わたしたちは難なく脱獄を果たしました。
潜伏魔法を得意とするわたしからすれば、この程度の逃亡などパティアに身体を洗わせるよりも簡単です。
うちの娘はお風呂を目にすると、身体を流す前に湯船に突っ込んで、暖まるとそのまま上がろうとするところがありますから……。
●◎(ΦωΦ)◎●
聖堂を抜け出した後は、ゾエを郊外の小屋にかくまって、そこに約束の物資とクレイが到着するのを待ちました。
やがてタルトの代理を名乗る男衆とピッコロさんが現れて、わたしの注文した物資を届けると、クレイのやつがようやく戻ってきました。
「ほぅ! ほぅほぅほぅ、これが例のクレイくんかね! ほぉぉぉ……これは良くできているなっ!」
ゾエとクレイのご対面です。
まるでパティアみたいに、ゾエはクレイの毛並みに張り付いて、質感を確認しておりました。
「にゃ、にゃんだこの人っ!? にゃ、にゃんか、思ってた人と違うにゃ! 触るにゃっ、にゃーは人形じゃないにゃっ、ウザいにゃっ引っかかれたいかにゃっ!?」
「責任持って、わたしの代わりに彼女の話相手になって下さいね、クレイ」
「助けてにゃ大先輩っ! 媚び売っておけば蒸留酒にありつけるかと思ってたのに、この人しつこいにゃぁぁーっ!」
「興味深い! 実に君は興味深いよクレイくん!」
手足を串刺しにされたわりに、ゾエは元気そうです。
クレイに押しのけられても蹴られても、お構いなしに抱き上げたり、尻を撫でたりとやりたい放題です。
ついにクレイも我慢の限界だったようで、反撃にゾエの手を叩いて、わたしを盾にしておりました。
「ああそれで、例の手紙はどちらに?」
「……はて、それは何の話にゃー?」
「しらばっくれないで下さい、キシリールとアルストロメリアへの手紙です。見せて下さいますよね?」
「もし、ダメって言ったらどうするにゃ?」
「奪い取るまでですね。痛い目に遭いたいというなら、好きにすると良いでしょう」
「はいですにゃ」
クレイがわたしに手紙を差し出しました。
内容を要約するとこうです。頼むから帰ってきてくれ姫。キシリールは姫を護衛しろ、サラサールが動いたら、魔軍穏健派と共闘してサラサールの後ろを突くぞ。だいたいこんな感じです。
「なるほど」
「それ返してくれるかにゃ……?」
「ああ、そのことですか。はい、ではどうぞ」
クレイに渡すように見せかけて、ネコヒトは手紙を下級魔法で焼き払いました。
わずかに残った切れ端だけお返ししましょう。
「こんがり真っ黒お手紙にゃ……こんなの黒ヤギさんだって食べないにゃ」
「さて、二通目はどこでしょう?」
「な、なんのことにゃ……?」
「抜け目ないあなたのことです。こうなることを見越して、二通書かせたのでしょう? それも出しなさい」
決めました。キシリールもハルシオンも渡しません。
あの二人は既に隠れ里ニャニッシュの民です。
「渡さないと、サレが不機嫌になるにゃ……。あ、渡すにゃ、大先輩の機嫌を損ねたらもっと大変にゃ」
「賢明な判断ですよクレイ」
二枚目の手紙を内ポケットからクレイが取り出しました。
それをいただくと、同様にヤギも食べない消し炭となりました。
「さ、では帰りましょうか」
ピッコロへと荷物を積載しました。
さらに3人分のリュックに買い出しの品々を分散すると、後は男衆にお願いしてギガスラインを越えるだけです。
「外の世界のいざこざを、今度里に持ち込んだら許しません。サレにもそうお伝え下さい」
「わかったにゃ。サレには上手いこと言い訳しとくにゃ……」
「よくわからんがいざゆかん! とにかくこの国以外ならどこでもいい、連れて行きたまえ!」
わたしはこうして、ゾエとピッコロとクレイという変わった顔ぶれと共に、隠れ里への帰路についたのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
その頃、里では――
「らぶちゃーんっ! ねぇねぇ、はだかんぼうで、みずあび、してた?」
「えっ……い、いや、でもその話は――」
ラブレーはバーニィの大工仕事を朝から手伝い、夕方には付近の木陰で休憩しておりました。
そこに興奮気味のパティアが押しかけてきたのです。
「パティアとも、はだかんぼうで、みずあびしよ?」
「はぁっ!? するわけないよっ、そんなの、エレクトラムさんに殺されちゃうよっ!」
情報源はジアです。
男どもが素っ裸で水遊びしていたと、彼女がパティアにグチを漏らしたのです。
「えー、なんで……? ねこたん、やさしいから、ゆるしてくれるぞー?」
「許さないよっ。あの人はね、パティアのことになると人が変わるんだよっ! 絶対ヤダ!」
わたしはそんなふうに思われていたのですね。
いえ、わたしはもちろんあなたを信じていますよ。そもそもパティアにとってあなたは、ただのでっかい喋るワンコですからね。
「おいおい何つまんねぇこと言ってんだ。いいじゃねぇかよ、二人で行ってこいよっ」
「ば、バーニィさん……!?」
「じゃあ、バニーたんも、いっしょにいこー! パティアとー、はだかんぼー、まつりだ!」
いっそこの子、男の子に生まれた方が良かったのでは。そう思うことが多々あります……。
はだかんぼー祭りって、女の子のセリフじゃありませんよパティア……。
バーニィによると、それはもう元気で楽しそうな笑顔で盛り上がっていたそうでした。
「おう、別にいいぜ。カールとジアのやつも呼ぶか?」
「おお、いいなーっ、そうしよー! カールとジアも、はだかんぼーだ!」
「ば、バーニィさんっ、それはまずいですよっ!? というか、絶対にあの二人……」
ええまあそうでしょうね。
カールとジアはこの後、バーニィに散々からかい倒されたようで、後で聞く限りどちらもずいぶんムカついていました。
「ラブちゃーんっ、バニーたーんっ、ごはんまで、あそぼー!」
「しょうがないな……ご、ご飯までだからなー!」
「尻尾揺れてんぞラブ公。全くしょうがねぇやつらだなぁ、はははっ!」
その後、バーニィとパティアとラブレーは、わたし情報によるとずいぶんと水浴びを満喫したようです。
バニーたん、とやらが湖に向けて自分を投げ飛ばしてくれる遊びが、パティアはすっかり気に入ってしまったそうでした。




