35-3 人生なるようにしかならない 帰郷への旅立ち
タルトと男衆をレゥムに護送することになりました。
魔界側の酒や絹、プリズンベリルを含む宝石、わたしが以前に湖から釣り上げた香木の残りなど、交易品をたんまりと荷台に載せて出発の準備を進めました。
時刻はまだ日も出ぬ未明です。城門前広場に荷台が並び、男衆やグスタフ商会のラブレーが忙しなく荷物を運んでいます。
「ミャーの持ち場は見張りかにゃ。出発したらあの荷物の上から、励ましたりもしとくにゃ」
「本当に来る気ですか……。帰りの面倒を見るわたしの身にもなって下さい」
自分もレゥムに用件があると、昨晩急にクレイが言い出して、こうして牝馬ピッコロと一緒に旅に同行することになっていました。
もちろんクレイの願いを却下することはできました。
ですがそれは逆です。わたしの監視下に置いた方がまだマシな結果になるでしょう。
「二人っきりの旅になりますにゃー♪ 帰りが楽しみにゃぁ♪」
「レゥムに置き去りにしてやりたいですよ」
ちなみに牡馬ファゴットは里にいる主人、キシリールの元に残ることになりました。
実は森で牧草のあてが見つかりました。これも人間が入植したときの名残でしょう。
「そんなことしたらピッコロさんがかわいそうにゃ」
「置いていくのはあなただけです」
「酷いにゃぁ~。でも、それも大先輩なりの愛情表現で、厳しいこと言ってるのわかってるにゃ」
「そうですか。では同情の片鱗も残さずそうさせていただきましょう」
さらにピッコロとファゴットのための放牧地を用意する事に決まったため、これからレゥムで牧草の種を大量に買い込む予定です。
「本気で実行するのは勘弁して欲しいニャ!」
「クレイ、最初からわたしは本気です」
「冗談きついにゃ、大先輩♪」
やはり連れて行くのを止めるべきでしょうか。
しかしパティアにこの前言われてしまいました。もっとこげにゃんにやさしくしてあげて、と。
「それはそうと大先輩、あっちがちょっと面白そうにゃ」
クレイの指先を追ってある木陰に目を向けると、バーニィとリックがタルトを見送っていました。
わたしはクレイほど悪趣味ではありませんが、確かにこれは少しだけ面白そうでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
「おいタルト、どうしても帰るのかよ……」
「なんだい今さら。帰るに決まってるじゃないか」
「だがよ、帰ってどうするよ。今外側では大変なことになってるんだぞ。なぜわざわざ、んなところに戻るんだよ……っ!」
「バーニィの意見は、一理ある。残ってくれたら、リセリも喜ぶ。安心もする。オレもお前を、頼もしく思っているからな……」
外側では人間と殺戮派の戦争が起こっています。
いつパナギウム王国にも争いが飛び火するかもわかりません。そうなれば、ギガスラインに面するレゥムの町の者はただではすみません。
300年前に魔王様の肉体を奪った者が、ベルン側の街を灰燼に変えたことを、思い出して止みませんでした。
「はっ、長居し過ぎたのさ。それにそこの無責任なバカと違ってね、あたいはガンコなのさ。今さら生き方を変えられるはずがないね!」
「リセリのためだって言ってんだろっ、この年増女!」
「うるさいね! あっちはあたいらに任せときな。また来るからさ、それまでに、ここをもっと賑やかな里にしておきな!」
「当たり前だろこの野郎! 放牧地を見せてやるよっ、家も山ほど建てて、てめぇの家も用意して待っててやるからな!」
ケンカしているのかジャレているのか、はたまた信頼しているのやら、よくわからない二人です。
バーニィとタルトが顔を近付けてにらみ合い、それからタルトの方がバーニィを捨ててリックの方に踏み込む。
「なんだ……?」
「このバカを任せたよ。あたいがまた来るまで、手綱とっといてくんなっ」
「難しい依頼だが――わかった。バニーはオレが責任を持って、しつけよう」
「俺は馬か犬かっての!」
「はっ、もっとたちが悪いから頼んでるんじゃないかい! ジアから聞いたよっ、素っ裸で、湖を走り回ってたそうじゃないかい!」
「しょうがねぇだろ、キシリールまで裸でガキどもと遊び回ってたんだ! あそこで脱がなくていつ脱ぐよ!?」
しかしリックはそれに口をはさみませんでした。
ああそういえば昔、彼女とわたしがこの里で再会したそのときは、リックの方が湖で裸になっていましたね。
「ちょっとこっち来なっバーニィッ!」
「な、何すんだよこのアバズレ野郎っ!?」
そこで何を思ったのか、タルトが遠くの木陰にバーニィを引っ張っていきました。
ええ、わたしとクレイももちろん悟られないように回り込みましたよ。
するとこれは驚きです。バーニィを広場からの死角に誘い込むと、タルトはすぐに彼の胸にしがみついてしまうのでした。
当然、さすがのバーニィだって、らしくもない行動に目を見開いておりましたよ。
「おいタルト、こりゃ、なんのドッキリだって……おい?」
「ふん、驚くことないだろ。昔のあたいはさ、アンタが……大好きだったんだよ……。アンタがあたいに、別の人生をくれるって、思ってた……」
遠い昔を懐かしむように、タルトがバーニィの胸に頬を寄せます。
下手をすればもう会えないのです。激しさゆえに別の感情が高ぶったのでしょう。
「だけど結果はお互い、この通りさ。人生はなるようにしかならないもんさね!」
しかし今やそれは旧市街の支配者です。
すぐに己の感情を打ち破って、木陰の外にバーニィを引っ張り出しました。
「さあ行くよ。リセリを頼んだからねバーニィ!」
「忙しいヤツだな……。おう、任せとけ」
タルトは己の感情を叩きつけると、男衆との運搬作業に戻ってゆくのでした。
さあ、じきに出発です。つまらない強情をはらずに残ればいいヘソ曲がりを、レゥムの町までエスコートしましょう。




