35-1 白い幽霊と黒い亡霊 - 白 -
このままではらちが明きません。わたしはリードの手を取って、握られていた孔雀石の女神像を城主ザガの鼻先に突き付けました。
すると効果はてきめん、気位の高いネコヒトが寄り目になって、女神様とやらと見つめ合いました。
「質問に答えて下さったら、これをそこの祭壇に置きましょう。リード公爵が」
「それって、ボクである必要があるのでしょうか……」
「いえ特には。ただエスコートするならわたしより、あなたの方が女神様もきっと喜ぶかと思いまして」
「質問か……。答えられるとは限らんが。まあいい、聞くだけ聞いてみるがよい」
このネコヒトと城、それに古城に眠る女神は秘密が多すぎます。
わたしたちが彼と城の恩恵を受けている以上、もう少しだけザガを知る必要がありました。
「イスパ様とはどういうお知り合いでしょうか」
「お、お爺様ですか……!?」
「お前が人を様付けとは珍しいこともあったものだな。いや、ただ若い頃のイスパを知っているだけだ。信じてもらえないかもしれんが、我が輩は昔な、彼の世話をしてやったのだ」
アルマド公爵家は古い家です。遠い昔から彼ら一族は公爵として、歴代の魔王と手を携えてきました。
その中でも有数の名君イスパ・アルマドと、彼は対等以上の関係だったそうですよ。
「信じましょう」
「え、そんな簡単に信じちゃうんですか!?」
「因果関係に覚えがあります。イスパ様はよく観察すると、ネコヒトに対する態度が他の種族とは異なっていました。いやに親切で、慣れ慣れしかったのですよ」
それに使用人の仕事を教えてくれたエイブも、当時イスパ様と同じことを言っていました。
ネコヒトはかつて偉大なる英雄を輩出した一族だと。
「我が輩への恩返しのつもりだったのかもしれんな。……すまん、このことはあまり深く話したくない。それよりリード公爵、女神像をくれ」
「いえあの……ど、どうしましょうか……っ?」
「たったこれっぽっちですか。そうですね、判断はあなたにお任せします」
「な、なんでボクの判断なんですかーっ!?」
「ただのなんとなくです」
ザガがイスパ様に貸しがあるというならば、リードがザガに貸しを作ればいいのです。
わたしの気まぐれにリードはかなり悩んだ後、結局祭壇に孔雀石の女神像を置きました。
「感謝するぞ。何かあったらいつでも来い、我が輩からすれば、そなたは孫のようなものだ」
「ゆ、幽霊さんの孫ですかボク……。ボクはただ――ひっひぇっっ?!」
そのとき古城の地下に激しい雷鳴がとどろきました。
当然気の小さいリードは身をすくませて、己が祭壇に女神像を置いてしまったばかりに、大変なことが起きたのではと思ったようです。
「な、なんですか今のっ!?」
「見た方が早い。さあこちらへこい、リード公爵よ」
「様を付けて下さい。ではなく、ここを出るならマドリと呼んでやってはどうでしょう、ザガ」
亡霊のザガがリードあらため、マドリお嬢様を祭壇部屋の外へとエスコートしました。
その背中を追ってみれば、この前と同じ現象です。進路に戻ってみると、浴室からすぐ向かいの封印が解かれて、内部が丸見えになっています。
ところが問題はその内部にありました。
部屋の中央に見たこともない変な物が置かれていたのです。
「あ、あの……これ、なんなんですか……?」
「監視塔だ」
「地下ですよここ!」
「うむ、厳密に言えばその制御室だ。どうだ、凄かろう」
ザガに導かれてわたしとリードは警戒しながらも中に入りました。
見れば部屋中央の大きな楕円のオーブに、どこかで身覚えのある風景が浮かんでいる。
だがこんな物あり得ません。
それはこの古城を遙か天空から見下ろしたかのような、絶対にあり得ない情景だったのです。
「凄い……。これがあればいつ侵入者が現れても安心ですね! だけどこんな技術、見たことないです……っ」
「湯船がもう1つ増えてくれた方が、わたしとしては嬉しかったのですが」
これを本格運用する日が来るとしたら、それはこの隠れ里の破滅が近づいた日です。
現状においては、風呂と違って具体的な用途が浮かびませんでした。
「保険は大事だ。いつか必要になることもある。これは意外と便利なのだぞ」
「そうですか。ではリード、これはあなたにお任せします」
「ええっっ!? ボクだってよくわかりませんよっ!?」
「年寄りにはなおわかりません。では、任せましたよ」
「仕方あるまい。我が輩が使い方を教えよう」
言わばこれは隠れ里を見下ろす神の目です。
そこに映し出されている映像は、開拓が生きがいのバーニィを興奮させること間違いありません。
映像をよく見れば大きく広がった畑と、里を囲うバリケードが確認できました。
城からすぐ西の森をほとんど切り開いていないこともです。
夏が来る前に伐採して、風通しを良くしておくのもいいかもしれませんね。
●◎(ΦωΦ)◎●
便利な監視塔とやらをリードに任せて、わたしは幽霊探しを続けました。
結果はかんばしくありません。
集めた目撃証言をまとめてわかったことと言えば、幽霊は決まって夜にだけ現れる、という部分だけです。
そこでわたしは昼寝をして、幽霊が出没するという夜中に古城のあちこちをはってみました。
ですがどうにも現れてくれません。
おかしいです。こちらの動きを読まれているのでしょうか。
「ねこたーん、ねこたんのふえ、ききたい。かえろー?」
「おや、そう言われると後ろ髪を引かれる気分になりますね」
「ねこたんのふえがなー、きこえたらなー、おばけなんてこわくないぞー。みんなも、そうだとおもう」
「そうですか。でしたら戻りませんとね」
「へへへー、パティアもぽろろーんって、するねー」
わたしは城の皆を慰める演奏家でもあります。
城一階の廊下を巡回しているとパティアが現れて、もう一つの役割に引き戻されました。
演奏のためにパティアは白猫のコートを着込んでいます。
見るからに暑苦しいのですが、こちらの方がウケがいいんだそうです。
「しかしちょっと暗いですね」
「わかった! ここはパティアに、まかせろー? ピカーンッのまほう!」
強い明かりの魔法をパティアは発動させました。
たちまち煌々と、強烈な光が辺りを昼よりも明るく照らし付けました。
「ピヨッピヨヨヨッ!」
さらにそこへとしろぴよが飛んできました。
パティアの周囲を飛びながらまとわり付き、それからわたしの肩に勝手に乗り込んで、早く早くと演奏をせがみました。しろぴよがねだる物といえば、食べ物と音楽の他にありませんからね。
さっきまで真っ暗闇だった道を進み、ネコヒトは食堂を目指して歩いてゆく。
「キャァァッ、な、何アレッ、アレってまさかっ、カールが見たやつ……!?」
ところがです。今さら幽霊が現れたのか、進路の方で悲鳴が上がりました。
わたしたちは現場に急行すると、なんとそこにいたのはカールとジアです。
二人は無自覚にも互いにしがみ付き合って、けして離れようとはしませんでした。
「はて、幽霊はどこですか?」
そう聞くと指先がこちらに向けられていました。
ええそうなのです。幽霊は、わたしのすぐ隣にいたのです。
強い光と素早い動きが像を歪ませて、白猫ローブの娘と丸い小鳥を幽霊に変えていたのでした。
「俺が見たのこれだよ!! くっそっ、パティアお前だったのかよぉーっ!!」
「はれ……? ゆーれー、いないよー? パティア、ゆーれーじゃないよー?」
「どっと疲れちゃった私……。はぁっ、なんだそうだったんだぁ……。パティア、暗いとことか全然平気だもんね……はぁビックリした……」
あれだけ怖がっていた幽霊も、正体がわかってしまえばあっけないものです。
カールとジアはまだ身を寄せ合って、安心した顔色でパティアを見つめていました。
「ねこたん、パティアは、ゆうれいなのかー?」
「いいえ、白猫のコートをバッチリ決めた、わたしのかわいい娘ですよ」
「ピヨピヨッ!」
しろぴよもわたしに同意だそうです。この丸っこい空飛ぶ毛玉が、強い光を浴びて霊魂に見えたようですね。
まったく酷いオチですよ。必死で情報をかき集めたというのに、それがまるで意味がなかったのですから。
「ねこたんねこたん、そんなことよりなー、パティアとねこたんをー、みんながおまちかねだぞー?」
これが高速で飛んだり跳ね回ったら、白い幽霊に見えてもおかしくありません。
まあともかく、これにて事件は解決でした。
「あまりはしゃぐと演奏を間違えますよ。いえ、ですがこれは――」
「ピョヨヨッ?」
ふとある証言を思い出しました。
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・証言3 ある少年の母親
「笑い声が聞こえました。それで気になって姿を探してみたら、白い人魂が……か、壁に向かって、消えたんです……」
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人魂はしろぴよさんでした。
そうなると、これはしろぴよさんが壁に向かって消えた、という証言になってしまうのですが……。
「本当にこの鳥、何者なのでしょうか?」
「ピ、ピヨヨヨ……? ピヨピヨー?」
「しろぴよは、しろぴよだぞー、ねこたん」
もし本当にしろぴよが壁をすり抜けたというならば、これは小鳥に見えるだけで、実は小鳥ではないのでしょうか。
わかりません、誰か教えて下さい。この生き物はいったい、なんなのでしょう……。




