34-10 ねこたんきえた……
「たいへんだ! ねこたん、たいへん!」
その翌日、パティアの叫び声にわたしは心地良い昼寝から引き戻されました。
いつもの書斎式ベッドから身を起こすと、わたしの娘は部屋のあちこちへとしきりに目を向けています。
何かを探しているようです。
ここには無いようだと諦めると、わたしの枕元にかじり付いてきました。
「たいへん、とだけ言われましても。どうされましたかパティア?」
「ぅ……たいへんなの……。あのな、あのなー……ねこたんがきえた……」
「ああ、あっちの方のねこたんさんですか」
「そう! ねこたんの、おにんぎょうが、きえた……! ぅぅぅぅー……だれかが、ぬすんだ……」
それは一大事です。少なくともパティアにとっては耐え難いことでしょう。
悲しみと悔しさのあまりわたしの娘は、幼い顔に怒りにも近い形相を浮かべています。
ところがそこにバーニィがやってきました。
大騒ぎしていたようですし、パティアの面倒を見てくれていたのでしょうか。
「だれかが、パティアの――あいたーっ!? なにするバニーたんっ!」
そのバーニィがパティアの頭を軽く小突きました。
助かります。ついついかわいくて、わたしは甘やかしてしまうようですから。
「んなわけねーだろ。お前さんの大事なもの盗むやつなんて、この里にはいねーよ。みんな感謝してんだ、お前さんが嫌がることなんて、誰もするわけねーだろ」
「だけど! にんぎょう、きえた! もうない……」
ところがこれは重傷ですね。
いつものパティアなら元気を取り戻すでしょうに、さらに深く落ち込んでしまいました。
茫然自失です。下を向いたまま、バーニィが何を言っても彼女は耳に入らないようです。
「参ったな……。おうネコヒト、起こしてすまんな」
「娘の一大事です。むしろ見ていて下さってすみませんね」
こんな悲しそうな顔をされては、眠気も飛んでしまうというものです。
ベッドから下りてわたしがパティアの背中を抱くと、人形を失った少女は大きなふかふかにしがみ付きました。
「ねこたん……。クーに、なんていえばいい……。せっかく、まんまる、ぴかぴか、つけて、かわいくなったのに……」
「まんまるぴか? なんの話だそりゃ?」
「昨日パティアがトパーズを手に入れましてね、それで――」
そこで意識が思考へと引き戻されて、わたしは結果的に黙り込んでしまいました。
トパーズ? トパーズを付けた途端、人形が盗まれた……?
「おいおい、まさか人形に宝石を付けたのか?」
「うん……ねこたん、ぴかぴかの、きれいに、なったの……」
バーニィもパティアの返答で同じ結論、同じ犯人に至ったようです。
それは仮説に過ぎませんが、はっきりとした因果関係を持っていました。
「あり得るな……。十分にあり得るなと思うぜ」
「ええ、探ってみる価値はあるかと。パティア、ねこたん人形は、盗まれたのではないのかもしれません。ただ、持って行かれたのです」
「おなじ……。ねこたん、それ、おなじだ……」
普段あれだけ明るいパティアが落ち込むと、わたしまで心がふさぎ込みそうです。
いえわたしだけではありません。バーニィだって、他の里の皆だってそうでしょう。どうも調子が狂うのです。
パティアが落ち込んでいると、まるで里全体が暗くなったかのようでした。
「あなた昨日、ジャイアント・クロウと戦いましたよね」
「でっかい、カラスか……うん……。パティアのキラキラ、とろうとした……」
「取り逃がしたのは失敗でしたね」
「なんで、でっかい、カラスのはなし、するの……?」
「そりゃカラスはキラキラが大好きだからだぜ、パティ公」
どうやって結界の内側に入ってきたのか、そこがまだわかりません。
場合によっては、今回狙われたのが人形で済んで良かった、とすら言えてしまいます。
「恐らく犯人はジャイアント・クロウです。里の仲間は盗んでいません。きっとトパーズが欲しくてたまらなくて、あなたを空から尾行していたのですよ」
「そういうこった。俺もネコヒトと同じ意見だぜ。絶対そうとは言えんがな」
バーニィも事態の重要性を理解していました。
こりゃまずいぜネコヒトよ。とでも言い足そうに苦笑いしていました。
「あいつかっ! あいつが、あいつがやったのかーっ!!」
「その可能性が高いかと」
宝石を狙われた。その意味を理解するとパティアが怒りと共に顔を上げました。
激しい感情にとらわれておりますが、元気を取り戻したようで何よりです。わたしもバーニィも正直に申しますと、その姿に深く安堵することになりました。
「キラキラなんて、もう、いらないっ! ねこたんかえせー!」
「フフフ、ここにおりますよ」
わたしは身を少し屈めて、鼻息鳴らして怒り狂う娘を正面から抱きしめました。
さてこうなってしまっては、落とし前を付けさせないといけません。
「バーニィ、すみませんが今日の狩りですが……」
「わかってる。まあ行ってこい、肉とパティ公は俺たちに任せとけ」
どんな手を使ってでも探し出して必ず駆除します。
わたしはパティアの人形を取り戻し、再び笑顔を取り戻さなければなりません。でないと今晩の夕飯が不味くなりますからね。
「ぇ……ねこたん、どこ、いくの……? ねこたんまで、どっかいったら、パティアは……ぅぅ……さびしい。ねこたん、いかないで……」
人形は女の子にとって家族も同然です。
実の親を失ったパティアからすれば、なおさらでしょう。取り返せませんでした、では済みません。既にエドワードさんを失っているのですから。
「ちょっと森まで人形を取り戻しに行ってきます」
「え……! ほ、ほんとうか!?」
「わははっ、やる気じゃねぇか。こりゃ取り返せたも同然だな!」
いくら励ましたいからといって、簡単に言わないで下さいよバーニィ。
あの広い魔界の森から、パティアを襲ったジャイアント・クロウを見つけようというのです。最悪これは何日もかかるかもしれません。
「ええ、待っていて下さいねパティア、わたしが必ず取り返します。ちなみにですが、ジャイアント・クロウと遭遇したのはどのポイントでしょうか?」
「ねこたん……。パティアは……ねこたんの、むすめで、よかった……。おねがい、さがして、ねこたんさがして、ねこたんっっ!!」
ネコヒトはパティアが落ち着くまで抱きしめました。
それからアンの仕事場に向かい、トパーズを借りてバルコニーから西の森に飛び下りて、まっすぐ一直線に結界の外側へと向かいました。




