34-9 小さな宝石と彫金師のアン - がーごん -
わたしが森での昼寝から目覚めて、それからボウズで湖から帰ってきた頃、パティアもまた採集から戻ってきました。
いつものことですが、一直線にわたしの前に飛び込んできて、それからどうしたことか、飛びつかずに今日は踏みとどまりました。
「たいへん!!」
「ええ、見ればわかります。森で何かありましたか?」
「あのなあのなー!」
「おや、ピッコロさんもお帰りんさい。パティアの面倒を見て下さり助かりました」
遅れてピッコロも駆けてきました。やはり森で何か見たようです。
「ねこたんっ、パティアもかえってきたぞー!」
「いちいち細かい人ですね。お帰りなさいパティア、それでどうしましたか?」
「えへへ、ただいまーねこたんっ♪ じゃなくてなーっ、もりになー、がーごん! でた!」
「……がーごんとは、どちらのがーごんさんでしょうか?」
森で遭遇したとなると恐らくモンスターでしょう。
何か危険なやつが現れたと、急いで報告にきたようにも見えます。
「ねこたん、がーごんおぼえてないかー?」
「ええ、あいにくですが、がーごんという名のモンスターには覚えがありません」
「めいきゅーでっ、ねこたんと、たたかったやつだぞー! いしのなー、かちかちだからな、ねこたん、にがてって、いってたやつ!」
「……まさかとは思いますが、もしかしてあなたは、ガーゴイルのことを言っていますか?」
「そう! がーごい……がーごんのこと!」
「その、ん、はどこからきたんですか……」
魔界の森にガーゴイル。あまり聞いたことがありません。
嵐の夜にもワイルドオーク型の成れの果てが現れたようですし、何かおかしなことになっている。そんな予感がしてきます。
「あとねあとね!」
「まだあるのですか?」
「でっかい、カラス、でた!」
「まさかとは思いますが、わたしより大きいやつですか?」
「そう! でもねー、ピッコロさんがねー、パティアちゃんに、なにすんだー! がしゃーんっ! ってね、やっつけて、おいはらった!」
ジャイアント・クロウは厄介です。知能が高く、飛翔能力を持つ、大型の肉食鳥獣です。
もし里の子供が狙われたら、そのまま空に連れ去られて、ああ、大変ではないですか……。
「ピッコロさん、パティアがお世話になりました。この通りお子さまですから、あなたがいなければ危ないところでした」
「ねこたんっ、パティアはあんなのに、まけないぞー! いきなり、おそわれなかったら、やっつけたもん……」
鳥はそういう生き物です。視界の外から速度任せに急襲して、獲物を捕らえる。
もし空に持って行かれたら、さすがのパティアでも対処困難だったでしょう。
「奇襲された時点であなたの負けです。それよりパティア、ジャイアント・クロウとは、どこで遭遇しましたか?」
「……ど、どこ? どこって、えと、どこでも、いいでしょ……?」
娘はいつだってわたしを真っ直ぐに見つめます。
その目が後ろめたくそらされたのに、わたしが気づかないはずもありません。
「良くありません。里の子供が襲われたら大変ですよ」
「う……。それは、へいき、かも?」
「ええどうやらそうですね。結界の外側にまた行ったのでしょう?」
「ふぐぅっ!? ね、ねこたん……パティアの、あたまのなか、また、のぞいてる……?」
「そうですよ。全てお見通しですからね」
外側ならば安心です。しかしもし内部でジャイアント・クロウは自然発生したら、事前に駆除できる自信がありません。
ここが危険な魔界の森であることを、今さらながら痛感させられました。
「じゃあ、こっちも、おみとーし……? ねこたん、これなーに?」
パティアがオーバーオールのポケットをごそごそと探る。
するとベリーと一緒に、黄色い宝石が手のひらの中に現れていました。
「どこでこれを?」
「がーごん、やっつけたらな、くれたんだー」
宝石だけをつまみ上げて拝借して、わたしはそれにネコヒトの目を近付けました。
ガラスではありません。それはよく澄んだ蜂蜜色のトパーズでした。
「これはトパーズですね。しかしどれも傷が付いていますか……」
「ねこたんの、め、みたい!」
「そうでしょうか。こんなに綺麗ではないかと思いますが」
「うーうん、パティア、ねこたんのめ、すき。あ、ちがった、だいすき!」
トパーズの価値はボチボチといったところです。
有名な鉱物では、ダイヤモンドやエメラルド、ルビーやサファイアなどのコランダム系鉱物の方が人気が高い。
時代と共に宝石の価値は変わるので、値段で計るのは意味がありませんがね。
「照れてしまいますよ。それより表面の傷が気になりますね。あの彫金師のアンに見せてはどうでしょう」
「アンちゃん? なんでー?」
「磨き直せば傷も消えますし、もっと綺麗な石になりますよ」
そう言ってわたしがパティアにトパーズを返すと、彼女は興奮した様子でしばらく宝石に魅了された。
それからしばらくして、わたしがピッコロを撫でて働きをいたわっていると、突然こちらに振り返りました。
「そんなこと、できるのかー!?」
「ええたぶん。春シメジですか、いいですね。厨房に届けてから、アンの仕事部屋に行きましょう」
パティアに付き添って、わたしも古城にあるアンの彫金部屋に向かいました。
今夜はパティアのおかげで、春シメジのスープなりそうです。
苦手な子供もいるでしょうか、そこは大人が責任をもって食べてさしあげましょう。




