5-2 娘を育てて世界を消そう
術の範囲拡大、強化魔法オールワイド。そしてわたしの得意な潜伏魔法ハイド、この2つを組み合わせて上手いことやれないものでしょうか。
しかしパティアは1度もこのオールワイドという特殊な術を使ったことがない。
よってわたしとの合体魔法も、理屈通りに簡単にいくものではない。物事には順序があるからです。
そこで朝の水やり以外の畑仕事を丸ごとバーニィに押し付けて、取り急ぎの娘育成に力を入れることになりました。
●◎(ΦωΦ)◎●
まずは簡単な補助魔法を覚えさせることにしましょう。
自分で自分の術にオールワイドⅤを使えなければ、他人の術もまた範囲化させることなど出来ないからです。
「なんかー、わくわくするなー。ねこたんせんせー、どんなまほう、パティアにおしえて、くれるんだー?」
「はい、それは虫除け魔法です。悪い虫が寄ってこなくなる便利な術です。まずはこれを覚えていただきます」
これがでっかい悪い虫バーニィ・ゴライアスに効かないのが残念です。
反面教師になってるうちはいいのですが、そのうち悪い遊びを教えそうで、どうにも……過保護ですかね、わたし。
「おおっ、それ、はたけにいいなー! じみだけど、んー、じみだな……かっこいい、やつが、よかったかもしれない……」
「地味で結構、わたしたちは目立たなくていいんです。ではいきますよ、あそこの木に撃ちますので、見ていて下さいね」
「はい、せんせー! いろいろできたらー、かっこいい。パティア、バニーたんとー、ねこたんのきたいに、えーと、なんだっけ……いっぱい、がんばるぞー!」
ここは北の森の奥深く、普段はこの子を連れては入らないエリアです。
生い茂った木々がデコボコの地形を生み、木漏れ日が陰った森に降り注いでいる。
わたしはパティアの目前ですぐ手前の木に、初歩の虫除け魔法を放って見せました。
微風と共にスーッするハーブに近い匂いが立ちこめるだけ。効果も見た目も地味なので、使ったという実感はほとんどありません。
「今使いましたけど、わかりましたか?」
「はい、ねこたんせんせー、パティア、ばっちり!」
別に手を上げろとは教えてないのですけど、ブロンドの小さなレディは日射しに髪を輝かせて、元気に主張しました。
「わかんない!! ぜんぜん、わかんないぞねこたんっ、あのなー、それー……じみーー!」
「でしょうね。あなたはどうやら攻撃で使うような過激な術に秀でているようですし。スコールもあれ、精霊ウンディーネやマーメイドなどが使うレアな攻撃魔法なのですよ。それをなぜ使えるのか、こっちがあなたに聞きたいくらいで……」
虫除け魔法は補助魔法、やはりそういうのはこの子に向いていないのでしょうか。
いえ、だからこそ覚えさせるべきです。こういった地味な術から、魔法の正しい在り方をパティアに体験させるのです。
「それはなー、なんかなー、おみずあげたいっ! っておもったらなー、できた! パティア、もしかしてー、ゆうしゅうかー?」
「それは虫除け魔法をちゃんと覚えたら評価しましょう。今度はあなたの身体を通して発動させますよ」
この子はかわいいのでついつい甘やかしてしまう。
しかしお勉強と魔法だけは厳しくしないといけない。
それにパティアはわかりやすいくらい調子に乗るタイプですから……。
「むふふ……くすぐったいぞー、ねこたん」
「我慢して下さい。はい、いきますよ」
かわいい我が娘を後ろから抱きました。
腕を手前のクリの若木に向けさせて、彼女の身体を通してハーブ臭い術を発動させました。
「……どうですか、ちゃんとできそうですか?」
少女は髪を散らせて大きく左右に首を振った。
「すまん、ねこたん……パティアなー、うかつにも、ねこたんのふかふかに、むちゅうだった……。ふわふわぁぁぁ……おもったらー、なんか、おわってた……」
「毎日あれだけモフりまくってるでしょうに、なにを今さら」
やはり補助系は苦手なようです。
これはコツコツ反復させていくしかなさそうでした。
実際のところ1秒でも早くこの計画を実現させたいところでした。でなければみんな殺されるかもしれませんから。
「はぁっ……ねこたん、わかってないなー。ふかふかのもうふ、あきない、それとおなじだ。ちょっとはなれるとなー、ふかふか、こいしくなる、それがさだめ……」
「わたしはあなたの毛布ではありません。ほら、次の木を探しますよ」
パティアの手を引いて森の奥に入る。
せっかく術をかけるのだから、わたしたちの益になる木にしたい。
すると近くにまたクリの木を見つけました。こちらの方がずっと大きい。どうやら雄株のようです、花に沢山の花粉を付けておりました。
「これにしましょう。ちなみにですがパティア、これが何の木か知っていますか?」
「うん、しってる、おはな、くさいき! なんかなー、くせになる、にほい、だけどー……よくかぐとなー、すぅぅぅぅーっ……うぇ……っ、く、くさい……」
若さというのは恐ろしい、花に近付いてパティアは胸一杯に匂いを吸いました。
なぜ臭いものをそんな胸いっぱいに吸う必要があるのか、わたしには理解しかねます。
「これは花が臭いんですよね。でも秋になると、沢山のクリの実が生ります。それを焼くと、とても甘くて、ホクホクで、いくつも食べれるほど美味しいんですよ」
……雌株にですが。
「ねこたん……なぜ、それを、はやくいわない! あまくて、ほくほくかー……あぇ? よだれ、でてきたー、でもなー、あんしんしろー、やるきも、でてきたぞー!」
この子、興奮すると手を上げる癖があるようです。
両手を空に掲げて、細い腕に誤差程度の筋肉を浮かばせていました。
「それは良かった。ちなみに畑の作物にも有効です。パティアが担当してくれると、ご飯のおかずがそれだけ増えますね」
「ジュルリ……そ、それはたいへんだ……。あのなー、おやさい、おにくのあぶらで、やいたらなー、ぜったいおいしいとおもうぞっ、パティアはー!」
食い意地は偉大なり、生物を突き動かす最大の原動力です。
我が娘が両手をクリの木に向けて突き出す。決意のまなざしで、ゆるい口からよだれをすすり、ホクホクの甘いクリを夢見ました。
「1人でやれそうですか?」
「へーきだ! ねこたんみてろー、いくぞー、うぉーうぉーっ! クリさんっ、いっぱい、あまいのいっぱい、なれーっっ!!」
小さな少女の手より術が放たれました。
ところが失敗でしょうか、スーッとした匂いがしません。ただ黄色い光の粒子が樹木に吸い込まれていきました。
「はれぇ……?」
さらに匂いがしない代わりに、花が、その花粉がずっしりと大きく膨らんでいった。
たわわに大量の花粉を吊り下げたがそれが、ドクンドクンと植物のくせに脈打ち始める……。何か、何かがまずい……。
「フミャッ、な、何をしたんですかあなたっ?!」
「それがわかったら、くろうはないぞー、ねこたん。でもクリさん、げんきになったぞー!」
そうこうしているうちに、花と花粉はさらに大きく成長した。胎動もまたより小刻みなものになっている……まさか、これは。
「ひぇっ、に、逃げますよパティア!!」
「え、なん――おわぁっ、ねこたんどうしたーっ、パティアは、じぶんであるけるぞー?!」
早く気づいて良かった……わたしは我が愛娘を胸に抱き込み、全速力で待避した。
するとすぐ後方でボフッとでもいうような響きと共に、クリの花粉が爆発したのです……。
「ねこたんったいへんだー! きいろいけむりっ、おっかけてくるぞー?! にげろーっ、にげろーねこたーんっっ!!」
「わかってますよっ、パティアっ、本を! 早く!」
ちらりと後ろを一瞥すれば、花粉の山津波がわたしたちを追ってきている!
パティアよりナコトの書を受け取ると、ただちにアンチグラビティを発動させた。
これで荷物であるパティアも、わたしの体重も半分になる、軽い。
「と、とんでるっ、ねこたんっ、ねこたんとんでるぞーっ!? おわぁーっ、しゅごぃぃーっ!!」
「黙ってなさい、舌を噛みますよっ!」
跳躍したわたしは木の支脈に飛び上がって足下の花粉の津波を避け、パティアを抱いたまま木から木へと飛び移って逃げて、逃げて、ただ逃げ続けた……。




