34-7 ジョグとリセリと百合水仙の秘め事
これは嵐の後片付けが終わった頃に起きた、ジョグとアルストロメリア双方から聞いた話です。
これだけ個性豊かな住民が里に集まると、人と人の個性と関係性が触媒となって、それぞれに変化を及ぼすのでした。
遠回しな切り口になりました。本題に入りましょう。
彼らにとってそれはスキンシップ、ただの生活の延長線でした。
ところが人によってはそうはならない。ジョグとリセリにとっては特にです。
二人は既に同居しているはずなのに、いまだ関係の進展がほぼ見られません。
そんな二人にとって、その光景はあまりに過激で、かつ羨ましいものだったのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
「あっ……あんっ、んっんぁっ……はぅぅ……っ♪ アルスさん、そんな、だめぇ……」
「フフフ……ここかい? ここがいいのかい? まったくこんなにして、クーさんは意外とだらしないんだね……」
その日の昼過ぎ、仕立て部屋より甘く艶めかしい嬌声が響いておりました。
大半の人々は畑の方に出払って農作業や伐採、嵐で傷ついたバリケードの補修をしている頃です。子供たちに聞かれなかったのは幸いでしょう。
「だってぇ……。穴がこんなにあると、大変――んっっ、うっ、くぁぁぁ……っっ?! やぁっ、そんなにしちゃ、ダメですアルスさん……っ、ひゅぁぁっ!?」
「グフフ……ではなく、フフフ――元聖職者とはとても思えないな。そんなにこれが気持ちいいのかい、グフ、グフフッ……。それにしても美しい……。クーさんはボクの女神様だよ!」
声こそ妙に色っぽいものの、二人は別にいかがわしいことをしてはいません。
アルストロメリアがシスター・クークルスの頭を膝に乗せて、綺麗な白布で、ただ耳掃除をしていただけでした。
もちろん、ザガの余計なお世話で増えた方の耳をです。
「はぁ、はぁ……うふふっ、くすぐったいですよーアルスさん」
「逃げちゃダメだよ、キミのその美しいサエズリをボクにもっと聞かせておくれ。ほら、ここかい、ここも綺麗にしないとね……」
「ひゃぅっ!? そ、そこはダメですっ、あっあっあぁっ、ふぁぁぁーっっ♪」
「フフ、フフフフ……。ボクはこの里に来て、初めて自由になれた気がするよ、クーさぁぁーんっ!」
二人でいつまでも勝手にやってなさい。と言いたいところでしたが、それを見ている者がいました。
ええそうです。ジョグとリセリが部屋の外から二人をのぞき見していたのです。
何せ現場は仕立て部屋、盲目ながら裁縫技術の高いリセリには、職場の1つでもあります。
過激なものを目撃してしまい、二人はしばらく固まっていたようでした。
「で、出直すべ……。食堂、でよ、ちょいと、お茶でもどうだべ……」
「…………」
ジョグからするといたたまれない空気でした。
そこで小声で移動を持ちかけたものの、リセリはそこから動かない。何やら熱心に耳を澄ませて聞き入っていました。
「リセリ、これぇ、ただの耳かきだべ……。二人とも、変なことしてねぇよぉ……?」
「……嘘。てっきり私、もっと……あ、ううんっ、なんにも勘違いしてないよ私……っ」
鋭い感知能力があったところで、言ってしまえばリセリは色ボケです。
思わぬ現場に大好きなジョグさんと一緒に遭遇してしまって、敏感な乙女心を高ぶらせていました。
「ほら見てごらん……。こんなになっているよ……」
「ぁぁ……アルスさん、そんなの見せないで……。こんなにベッタリこびり付いてるだなんて、恥ずかしいわ……」
もちろん耳垢の話です。
しかし盲目のリセリからすると、なかなかそうは聞こえなかったのかもしれません。
「ね、ねぇジョグさん……本当に、耳掃除、なんですよね……?」
「そ、そうに決まってるべ、どこからどう見ても、ただの耳掃除だべ……」
片方の耳が終わると、アルスは布を引っ込めてクークルスを起こしました。
「ほら、反対側もやるよクーさん」
「ありがとうございます♪ 毎度すみません、自分でやるとまだ大変で……」
慣れた様子でクークルスがくるんと反対に寝転がりました。
姫君ハルシオンの膝の上で、腹のほうに顔の正面を向けたのです。
「こっちも汚れているね。じゃあいくよ、入れるからね……」
「は、はぃ……よろしくお願いします、アルスさん……。は、はぅっ!?」
そこから先は先ほどと変わりません。
敏感な器官を傷つけないようやさしく、アルスが猫耳を掃除してゆきました。
「ジョグさんっ、反対側、反対側って、なに……っっ」
「だ、だから耳の話だべよぉっ」
「じゃ、じゃぁ……ジョグさんも、ああいう声、出るの……? 私、ジョグさんに、してあげたい……」
「お、おらぁ、あんなエッチな声出ねぇべよ……っ」
ジョグは戸惑いと共に一度断りました。
ですがリセリは鋭い。それが本当の拒絶ではないことくらい、わかっていたようです。
「でも、してあげたい……。ダメ、ですか……?」
「お、おらぁ……でもよぉ、なんか、アレ見ちまうとよぉ……」
「目が見えない人に、耳を任せるのは、怖いですか……?」
「そんなことはねぇべっ。た、ただ少し、抵抗があるだけだべ……おら、たぶん、重いしよぉ」
ジョグ、耳くらい別にいいではないですか。
リセリの細い脚に、あなたの大きな頭と太い首は、確かに釣り合わないかもしれませんが。
「ふぁぁ~、きもちいいー♪」
「フフフ……クーさんのために秘密兵器を用意しておいたのさ」
ところがまた甘い声が部屋から響いて、二人の視線がのぞき見に戻ります。
見れば今度は、クークルスの猫耳が小さなブラシで擦られていました。
「かゆいところに引っかかって、んっんぁっ……もっと、もっとお願いします♪」
「その言葉を聞けて良かったよ。あのスケベ男に、下げたくもない頭を下げたかいがあったというものだ……!」
「あら、バーニィさんに……? んっんんっ、くぅぅん♪ これぇ、癖になっちゃいます……♪」
それはバーニィに作らせた木製のブラシでした。
もう春ですから、ブラシが往復するとクークルスの猫耳から毛が抜けてゆきます。わかります、それがまた気持ちいいのですよ。
「おお、あれはちょっと、いやかなり気持ちよさそうだべ……」
「私、してあげたいですっ。ずっと、してあげたかったけど、勇気が出なくて……」
私もバーニィに注文してみましょうか。
あるいは彫金師のアンに、銀のクシを作ってもらうのも悪くありません。
「じゃあ今夜お願いするべ」
「今夜……。わかった、お風呂入ってから、がんばるね……」
「そこで何でお風呂が出てくるんべさ!? あ……」
ついジョグが大声を上げてしまったせいで、ついに気づかれてしまいました。
アルスの方は、調子に乗って好き放題していた自覚があったのでしょう。固まっていたそうです。自然体だったのはクークルスだけでした。
「あらおかえりリセリちゃん。はぁぁっ、抜け毛って大変ですねジョグさん……。これがかゆくて、かゆくて……」
「おいらはワイルドオークだからよぉ、そういうのあんまりねぇべ」
ゴワゴワした毛並みをかいて、ジョグはばつが悪そうに目をそむけました。
甘い声を上げる二人を、こっそりのぞいていた事実は変わりません。
「リセリくん、良かったら後でこれ使うかい?」
「い、いいんですかっ!? 貸して下さいっ、それでジョグさんをっ、ジョグさんを……!」
「お、おら、あんなかわいい声っ絶対出さねぇべよ!?」
リセリは言っていました。
自然体で大胆なスキンシップをする二人の姿が、羨ましくも参考になったと。
わたしだって羨ましいです。
わたしもあのブラシを借りて、パティアに冬毛をといてもらいたい。
あの子のことですから、抜けた冬毛を後生大事に抱え込みそうで、迷うところではありますがね……。




