34-5 嵐の後に - 怪我の功名 -
バーニィがナーバスになっていると聞きましたが、誰かの勘違いだったようです。
ねぼすけのわたしはキシリールにゆすり動かされて、バーニィの元に連れてゆかれました。
「あ、エレクトラムさん」
「ようネコヒト、起こしちまって悪いな」
そこにマドリの姿もありました。
彼がわたしに軽く手を振って笑うと、とても少年とは思えないほどに女装が似合っている。そう思ってしまいました。
イスパ様の面影があるので、複雑にもなりますがね。
その彼の末裔がわたしたちが作ったこの地で、こうして幸せに暮らしていることに、わたしは喜びを覚えずにはいられません。
この笑顔を見れるだけで、無理して救ったかいがあったと思うのです。
「かまいません。ですが呼び出したからには、それ相応の理由があるのでしょうね?」
「おう、そりゃコイツのことだ」
近くに廃材を積み重ねて、彼が何かを隠していることはわかっていました。
不覚にもその正体に、わたしは驚かされてしまいましたよ。
バーニィが廃材をどかすと、そこに大岩となった魔石が現れて、どうもニョキリと地中より生えてきていたのですから。
「魔石ですね。だけど里の地面に生えてくるなんて、この辺りの土壌がちょっと気になります……」
マドリは驚いていません。
既にそこにあることを知っていたようで、あらためて興味深そうに美しい岩肌を撫でる。
これは男爵との取引には使えます。
魔軍が活発に動いていますから、以前ほど簡単にはいかないでしょうが、それでも価値有る交易品です。
「はて、どういう意図でわたしはここに呼ばれたのでしょう」
「お前さん以前言ってたよな、魔石は植物の生長を早めるってよ」
「え……まさかこれを肥料にするつもりですか!? でも、ううん……大丈夫でしょうか? ひゃぅっ!?」
マドリが魔石に近付くと、バーニィの手が彼のお尻側に回った気がします。
女装せざるを得なかった少年は悲鳴を上げて、つま先立ちで大事なお尻を抱えて逃げて行ったようですね。
「おっと手が滑っちまった、ごめんなマドリちゃん。いい女を前にするとよ、この手が止まってくれねぇんだわ」
「い、いい女って……ぼ、私そんなんじゃないですよぉーっ!」
マドリの口元がどこか嬉しそうにニヤケていました。
なのでまあ、見るに堪えませんでしたがね、そっとしておくことにします。
「つまりこの魔石を使って、今回の嵐で狂った帳尻を合わせたいと」
「おうそういうこった! だから博識なマドリちゃんと、里の最長老さんを呼んだのさ」
魔界で魔石が肥料として使われないのには、理由があります。
肥料にするよりずっと、売った方が価値があるからです。
デーモン種などの一部の種族にとって、これはご馳走であり、一欠片で数週間にも及ぶエネルギー源にもなる。
つまり価値が高すぎて、肥料として畑に使うには損得が釣り合わなかったのです。
しかしこの里に魔石を糧にする種族はいません。
ならばカスケード・ヒルとの交易という手間をかけるよりも、自産自消した方が、物事のロスが少ないと言えます。
「魔石が植物を成長させるのは事実です。ただどうなるかはちょっと、私にもわかりません……」
「ええ、まずは実験しないと、怖ろしくて使いかねますね」
「そうか、じゃあ悪いが実験を頼む。俺は悪いがただの元不良騎士だからな、お前らに任せて、片付けの方をしきるわ。じゃそういうことで頼んだぜ、二人ともよっ!」
「え……ちょ、ちょっとバーニィさんっ!? きゃぅっっ!?」
一方的に決めてバーニィは立ち去ろうとしました。
しかしそれは罠だったようですね。
マドリが彼の背中を追いかけると、反転してバーニィがハグで返したのです。
「俺も寂しいぜマドリたん。だが後でな、後で好きなだけ、お前を抱き締めてやるよ」
「えっ、えええーっっ?! そんなのっ、そんなの結構ですっっ!」
「バーニィ、さっさと行って下さい。わたしとリ――マドリの機嫌をこれ以上損ねないうちにです」
ポンポンとマドリの背中を叩いて、胸一杯に首筋の匂いを嗅いで名残惜しむと、バーニィは反転して広場の中央に去っていきました。
目も口も鼻も手も足も、全てがセクハラでできたような男もいたものでした……。
●◎(ΦωΦ)◎●
バーニィが去るのを見送って、わたしとマドリ、いえリードは魔石の塊を二人して見下ろしました。
わたしだって農業利用は考えていましたがね、なかなか無理を言ってくれますよ。
「彼には困ったものですね、リード」
「はい……。いっそ、真実を伝えてしまえばいいのでしょうか……」
「ならばいっそ、もてあそんでやったらどうですか。セクハラ男に遠慮など要りませんよ」
「できるわけないじゃないですか、そんなの……。バーニィさんには、感謝もしてるんですから……」
「そこを利用して好き放題してるんですよ、あの男は」
「そ、そうかもしれないですけど……。でも、邪険にはなれません……」
ところが視界のすぐ隣を何かが横切りました。何かと思えば彼です。
「ねーこーーたーんっ! みつけたぞぉーっ、なにしてるーっ、あっ、それは、ませき!」
「ピヨピヨッ、ピヨヨッピヨッ!」
しろぴよさんはわたしを発見するや、付近にいたパティアに密告してくれました。
それからパティアのいつものやつ、いつものタックル攻撃の開始です。
わたしは押し倒されないよう踏ん張って、というより魔石の塊を衝撃の支えに使いました。
「パティア、そう毎度毎度飛びつかれると、わたしの身体がもちません」
「うん! パティアもなー、きをつけてるんだけどなー、ねこたんみるとー、わすれる……」
「そうでしょうね。では実験に付き合って下さい。マドリさん、考案はあなたにお任せします」
「それって、丸投ってことじゃないですか……。ううーん……」
いい子です。それにこういうことを考えるのが好きなのでしょう。
リード・アルマドだった者は不平を言うわりに、素直に熟慮に入ってくれました。
賢い子なのでそう待つことはないでしょうね。
わたしはパティアと一緒に、意味もなく結晶化した魔石のツルツルした表面に触って決断を待ちました。
「ペタペタ」
「天然物だというのに不思議ですね。ツルツルしています」
「むつかしいことは、パティアは、わかんない。けどなー、きれー。あめちゃんみたい」
「こんなの食べたら、またお腹壊しますからね」
「ねこたん、パティアだって、そんなこと、しないぞー? あ、でもむかしねー? おなかすいたとき、きれいないし。あめちゃん、だとおもってなー、なめたもんだ……」
「えっええっ……?」
とんでもない不幸話に、リードの頭の中が撹乱されたようですね。
そりゃそうですよ、気の毒になります。
「ならリックにお願いして作ってみるのもいいですね」
「つくる、なにを?」
「飴です」
「つくれるのかっ!?」
パティアがわたしの胸に張り付きました。
わたしお爺ちゃんですので、腰だけでもやさしくしてくれませんかね、パティア。
「製法は知りませんが、リードがきっと知っています」
「りーど……?」
「ちょっ……」
ああ。わたしとしたことがやってしまいました。
この子相手だと、どうしても油断してしまうようで……。
「わたしのお友達です。今度聞いておきますね」
「そうか、わかった! りーど、さんに、よろしく、おったえください、ねこたん」
すみませんリード。だそうですので、よろしくお願いしますね。
やはり飴の製法を知っていたのか、リードは軽くパティアに向けて微笑んでいました。
「ではマドリさん。あなたのプランを」
「はい。この魔石を砕いて、3種類の畑にまきます。1つは種から、もう1つは苗、最後の1つは花が咲いた作物に。後は経過を見守って、ちゃんと育つかどうか、食べれるかどうかを見ようかと」
「ほへぇ……?」
「ピュィ……??」
あなたはわからなくてもいいのですよ。
パティアの肩のしろぴよさんまで、一緒に首を傾げておりました。
「いいですね。ならばニンジン、ホウレンソウ、ピーマン辺りで試しましょうか」
「あ。あのな、ねこたん、ピーマンは、つくらなくていいとおもう……」
「ああ、苦いからですか?」
「うん……にがい……」
「そうかな。美味しいのに」
方針が決まったからには作業です。
わたしとリードはダメになった畑を利用して、魔石を使った栽培実験を始めました。




