34-4 嵐の夜に来た者 - 招かれざる -
わたしたちが楽しく演奏会に興じていた間も、バーニィたちは城に持ち込んだ材木で、内側から破損した木戸を塞いで回っていました。
あっちを直したら別の場所が壊れたり、補修の足りていなかった壁から水が染み出したり、雨漏りまで始まって大変だったそうです。
ところがその晩は、嵐だけでは済みませんでした。
恐らくはこの悪天候の影響で結界が緩んだか、魔界の森そのものを不安定にさせたのでしょう。
「教官、悪いがアルスと代わってくれ!」
そこにバーニィとリック、それと騎士アルスことハルシオン姫が駆け込んできました。
顔付きだけでわかりましたよ、さらに大きな問題が起きたとね。
「かまいませんが、楽士を降板させるからには、それ相応の理由があるのですよね」
「どうもヤバい状況だ、いいからこっちに顔貸してくれ」
「ボクとしては、嵐に怯える女の子たちを、音楽で慰めるという美味しい役割を譲ってもらえて、とてもラッキーだと思っているくらいだ。遠慮しないで行ってくれたまえ」
そこでわたしはバイオリンをアルスに手渡して、食堂では話したくないというバーニィの配慮に乗ることにしました。
「そうか。じゃ、まどりん、これまかせたぞー」
「え……いや、パティアちゃんは行かなくてもいいんじゃ……」
「きっと、いちだいじだ。パティアのでばん、だぞー」
パティアはさも当然のように、わたしの背中を追ってきました。
バーニィたちが止めないということは、荒事になるということでしょうか。
ただちに食堂から離れて、二階への階段を上り出した頃に、リックから口を開きました。
「実はな、城の前に怪物が現れた」
「おっかねぇ童話みてぇだよな。だがマジだ、どっかから迷い込んできたらしい」
「おおー」
普通なら怖がるところで、パティアが嬉しそうに小声を上げました。
戦いたいと、顔色と鼻息に感情が漏れていましたよ。
「間の悪いタイミングで現れてくれますね。具体的な場所は?」
「わかった、パティアがやっつける!」
「そう言うと思ったぜ、だがダメだ、お前全然わかってねーてのっ!」
「ああ、今回ばかりは、絶対にダメだ」
2階に上がると、次はバルコニーを目指しました。
外に出れば暴風と豪雨の世界です。その手前でわたしたちは止まる。
「ええーっ、パティアつよいぞー!? みんなでやっつけよう!」
「ダメと言ったら、ダメだ。パティアがいこうとしても、その前に飛ばされる」
「ほぇ……だれに?」
「嵐にだっつーの! お前さんみたいなちんちくりんのお子様が今外に出たら、風に吹っ飛ばされてあの世行きだっつってんだよ!」
「となるとわたしも無理ですね」
どんなに強かろうと、体重がなければ外に出ることができない。
さらにわたしは体毛を持つため、その分だけ空気抵抗が増すことになる。
「ねこたんも、とばされるのかー……それは、やばーいなー?」
「ここからでは見えないが、敵は、広場のあの辺りだ。この嵐では弓も魔法も当たらない」
あの辺りには畑がある。小動物ならいざ知らず、体躯のある怪物ならば、嵐の中わたしたちの作物を食い荒らすこともできるでしょう。
「つまりあなた方が出撃て、わたしたちがバックアップですね。がんばって下さい」
「そこで相談だ。教官、見よう見まねでいい、グラビティをオレたちに使ってくれないか?」
アンチの付かないグラビティをご所望だそうです。
この激しい嵐です。下手したら彼らですら、突風一つで思いもしない方向に吹き飛ばされかねない。
「パティア、ナコトの書を下さい」
「わかった! ねこたん、やっつけろー!」
「いえそうではなく……話を理解してませんねあなた……」
「とにかく時間が惜しい、やってくれネコヒトよ!」
「はい、ですが期待はしないで下さいね」
いつもとは逆の要領で、わたしは己にしか使うことのできない術のそのまた逆を、バーニィとリックに放ちました。
手応えはありました。ただどうもパッとしません。
「教官、成功だ。これならちょうどいい」
「あと20歳取ったらこんな感じになるのかねぇ……。うしっ、行ってくるぜパティ公!」
「いってらっしゃ! あれ、パティアのでばんは……?」
「はははっ、後でな、後で」
「えーっ、それーっ、ずっとずっと、あとになるやつなのわかるぞー!」
「解除が必要になったら合図を。パティア、たまには役割をゆずってやって下さい」
こうしてバーニィとリックは、バルコニーから城門前広場に降りていきました。
正体もわからない怪物を、わたしたちの代わりに倒すために。
●◎(ΦωΦ)◎●
・びしょ濡れうさぎさん
「リックちゃん、いきなり泣き言ですまねぇが……何も見えねぇぞ……」
「何も、というのは言い過ぎだ。ろくすっぽ、が正しい」
「下手したら同士討ちだな……。戦闘になったら、お互い離れる方針でどうだ?」
「そのつもりだった。誰かと肩を揃えて戦うのも、久々だな……」
パティ公とネコヒトと十分これまで肩を並べてきただろ、と口に出すのは止めたわ。
あの二人はどっちも戦力として桁外れだ。あいつらがいねぇだけで、ヤバさとスリルがまるで違うのさ。
 




