34-1 桜咲く、酒封開かれ、犬猫駆け回る - 隠れ里のお花見 -
・(ΦωΦ)
里に9人の移民が訪れてより、かれこれ4日と少しが経ちました。
彼らが来訪したその日に歓迎会が開かれることになりましたが、さらなる親睦をかねて、花見でもしようとバーニィが騒ぎ出したのが今回の発端です。
実はわたしが里に戻ってきた頃には既に、南部の桜の木が開花していたのです。
花見をするために、わざわざ切らずに残しておいたものでした。
それがついに一昨日綺麗な満開になったので、今日を休みにして昼前から盛り上がることになりました。
お花見です。魔界ではあまり活発な文化ではありませんでしたが、酒飲みたちからすればそれは、都合の良いきっかけだったのでしょうね。
「飲んでますかにゃーっ、大先輩♪ 猫踏んじゃったっ、猫踏んじゃった、にゃんにゃーにゃんにゃーにゃーにゃららら~♪」
「お、お兄ちゃん変な歌止めてよぉ、恥ずかしいよぉ……」
「ネコヒトのプライドなさすぎミャ……」
桜の下にみんなで集まって、ごちそうを囲んでわいわいやれば、もうそこら中酔っぱらいだらけです。
クレイの歌うおかしな歌に、子供たちやそのご両親まで一緒になってはしゃいでいました。
「マードリちゃぁーんっ! 何で逃げるのかなぁ、へっへへへ……」
「待ちたまえマドリくん、ボクらと一緒に楽しもうじゃないかぁーっ、さあそのお尻をこちらに、こちらにだね……」
「ひっひぇーっ、止めて下さいお二人さんっ! き、キシリールさんっお願い助けて!」
酒の入ったバーニィとアルスは、一緒にマドリの尻を追いかけ回しています。
普段あれだけ仲が悪いというのに、意気投合して尻を、身を屈めてマドリの尻を執拗に追い続けているのです。
「バーニィ先輩、もう止めて下さい! あ、アルスさんもそんな、お願いですから騎士としての誇りを忘れないで下さい!」
「フフフ、もう忘れたよそんなもの……。マドリくんの愛らしさの前には全てが霞む……そうじゃないかバーニィ!?」
「ああそうだっ、その通りだっ! あの尻が俺たちを狂わせる! 悪いのは俺たちじゃない、あの尻がいけない!」
仲悪かったんじゃなかったんですか、あなたたち……。
バーニィと、ハルシオン姫だった者は肩を組んでキシリールに反論していました。
「こんなの俺の憧れのバーニィさんじゃないですよっ! というより、くっ……アルスさんに妙な影響を与えないで下さい!」
「違うよキシリール。ボクはボクの本当の気持ちに気づいたんだ……ボクは女の子が大好きだ! 特にっ、マドリくんのような、ひかえめで、それでいて知的で、心根のやさしい女の子に、どうしても惹かれざるを得ないんだ、わかってくれ!」
わかりたくもありませんね……。
ちなみにマドリはキシリールの背中に隠れて、恥ずかしそうに過激な言葉に動揺していたようです。
男リード・アルマドとしてさぞや複雑だったでしょうね。
「わかるっ! わかるぜぇアルス! マドリちゃんの何が良いって、あのやさしさと女らしさだ……あの気品が俺たちを狂わせるんだよキシリールよぉっ!」
「怒りますよバーニィ先輩ッ! それではただのスケベ親父じゃないですかッ!!」
魔界のお酒はとても濃いですからそのせいでしょうか。対するキシリールは結構な本気で怒っておりました。
良いですね、そうやってバーニィから精神的に独り立ちするのですよ。
「でもそれがバーニィのおっさんだしなー」
「そうそう、ただのスケベ親父で間違ってないよ」
「おいカール失礼だぞ」
ジアとカールが適切な指摘をしてくれました。
父親のハンスも否定はしないのか、バーニィを見て楽しそうに笑っています。
「別に、間違っては、いないな」
ボソリと皆には聞こえない声でリックも同意していました。
彼女は幹の下という一等地に陣取って、静かに頭上の花ばかりを見上げて、きつい蒸留酒をチビチビとすすっています。
「はぁぁぁ……あたいは、もう我慢の限界だよっ! ちょっとこっちきなバーニィッ、それ以上情けない姿さらすんじゃないよっ!」
「げっタルトォッ?! 痛ぇっ、おいこら引っ張るなバカ野郎ッ、俺はババァじゃなくてマドリちゃんと酒を飲むんだ!」
「あたいが付き合ってやるよ! いいから付き合いな!」
宴会の席に己の天敵がいることすら忘れていたようです。
バーニィは耳を引っ張られて、それをはねのけると尻をつねられて、胸ぐら掴まれたひどい有様で連行されていきました。
「うふふ……どうしたんですか、パティアちゃん♪」
「クーか。あのねあのね、いまなー、おもったんだー。べっとんかわいくしたやつ、パティア、のんでみようかなぁ……」
しかし何を言い出すかと思えば……。
わたしは念のためパティアの近くにあった酒瓶を奪って、隣の席に流しておきました。
「ああっねこたんなにをするー!」
「ダメです。若いうちからこんなの飲んでたら、バーニィみたいなバカになってしまいますよ」
「でもねこたん、のんでるぞ?」
「わたしはいいんです、もうお爺ちゃんですから」
「そうですよ~パティアちゃん。それにパティアちゃんは、お酒なんてなくても、かわいくて、明るい良い子なんですよ~?」
納得行かない様子でしたが、ダメという強い意思を感じたようでパティアは引き下がりました。
しかしその代わりに、後ろからわたしの背中に抱き付いて甘えてきました。
「ねこたん、おはな、きれいだなー」
「はい、風情がありますね」
「ふぜ……? おお、ふぜ!」
かと思えば何がしたいのやら、地にはいつくばっていました。
その様子が何か気になったようです、そこにイヌヒトのラブレーがやってきました。
「何やってるのお前……」
「ふぜ! ねこたんが、ふぜあるって!」
「伏せ……?」
「そうそれ! らぶちゃんもふせー!」
ああそういうことでしたか……。
パティア、誰も伏せなんて言ってません。
「やだよ、俺はイヌヒトだ、犬なんかじゃない」
と、ラブレーは言っておりましたが、尻尾が左右に揺れているのをパティアが見逃すはずもありませんでした。
ところがです。そこに連行されたはずのバーニィが乱入してきました。
大方タルトから逃げる口実に使おうとしたのでしょう。
「よーしっ伏せだっラブ公!」
「わうっ♪ あ……」
バーニィの命令なら一発だったようで、ラブレーは地にはいつくばりました。
すると気に入らないのはパティアです。
「ずるい……バニーたんずるい! どうしてそんなに、ラブちゃんめろめろに、できるの……ぅぅー……ずるい……」
「おいおい本気で落ち込むなよパティ公よ。おいラブ公、パティアを慰めてやれ」
「え、ええっ!?」
「でへへ、らーぶーちゃーんっ♪ ばにーたんが、いいってー、がばぁーっ!」
「ひっひぇぇーっ、ひゃ、ひゃんっ、ひゃぁぁんっっ!?」
平和です。里の外のことは知りませんが、とにかく平和です。
わたしはリックの木椀に魔界の赤い酒を注ぐと、軽く乾杯してそれを飲み干しました。
ふと見ればクレイは酒瓶を抱いてもう酔い潰れて、妹の膝の上で介抱を受けています。
間もなくこの桜も散るのでしょう。その前にもう一度だけ、こうして集まって騒ぐのも悪くないかもしれません。
「いっでぇぇぇーっっ?!! 何すんだよこのアバズレ女ッ!」
「これ以上恥さらすんじゃないよっ、こっちきな! あたいと男衆が、毛穴から酒が染み出るまでかわいがってやんよ!」
平和でした。
タルト、いっそこのまま帰らずに、ここに定住されてはいかがですか。
もし帰れば次はいつ会えるかもわかりませんよ。あなたの憧れの騎士様バーニィ・ゴライアスに。




