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5-1 古きネコヒトが魔界を追われた本当の理由

前章のあらすじ


 農具、木工具、種などをレゥムの街より持ち帰ったことにより畑作りが始まる。

 まずは3種類の土壌を用意して、試験的にそこへと種を撒いていった。

 翌朝、パティアが教えてもいないスコールの魔法を用いてそれに水を与えていた。


 それから釣りをしたりと日々を平和に過ごしていたが、バーニィの誘いで城の井戸を掘り返すことになる。

 ところがベレトが井戸底を掘ってゆくと、それが白亜の迷宮に繋がる。

 群がる敵を蹴散らし、宝石プリズンベリルを手に入れ、最後に細剣レイピアを手に入れて地上に戻った。

 富と悪党を呼び込む厄介物、井戸の底の迷宮はただちに封鎖された。


 しかし大地の傷痕に転機が訪れた。

 ミゴーの取り巻き、鳥魔族のムクドが襲来しパティアを人質に取ったのだ。

 ただの子供と侮ったこともあり、ムクドはメギドフレイムの炎に焼かれ死ぬことになったが問題が残った。


 ムクドの失踪をきっかけに魔軍が大地の傷痕に現れる。

 ベレトらはイカサマを使ってでも、この状況を切り抜けなければならなかった。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



――――――――――――――――――――――

 世界を消す方法、魔界を追われた不器用な牛

――――――――――――――――――――――


5-1 古きネコヒトが魔界を追われた本当の理由


 オレの名はホーリックス、魔軍の派閥・正統派で斬り込み隊長をしている。孤児だったため姓は持っていない。必要に迫られたときは、ハートホル(・・・・・)という姓を名乗ることもある。

 任地は魔界中央部の茨の森(ローゼンライン)、人間の軍勢をここで阻むのがオレの仕事だ。


 人間の国々は殺戮派の魔軍に手を焼いている。だからその後ろを突いてやろうと、正統派の支配するこの場所にあの手この手と群がってくる。

 北部の殺戮派の戦争に、援軍としてオレが派遣されることもそう少なくない。そのためオレの顔はそこそこ人間に売れていた。

 魔軍の斬り込み隊長、黒い重槍使いのホーリックスと。


 オレは魔界の正統なる後継者に仕える将の1人として、己の職務に誇りを持っていた。――つい先日までは。

 しかしオレの恩師ベレトートルート・ハートホル・ペルバストが罪を犯し、処刑された。


 その報にオレが疑問を抱かないはずがない。オレはあの老人の性質を知っている。

 あれは果てしない年月を生きて、現役を退いた隠居ジジィの中の隠居ジジィだ。反乱を起こすようなヒトじゃない。

 香り立つ陰謀の腐臭に、オレが独自の調査を始めるのも当然の宿命だった。


 そのベレト教官の罪状は売国罪だそうだ。

 人間に便宜を図って機密情報を流出させた。魔軍の今後の作戦と、迷宮の位置情報、魔界のその他多くの秘密を漏らした。

 結果捕縛され、拷問の果てに焼かれ、死体は腐海に捨てられたと記録が残っている。


 ベレト教官は300年を生きる古株中の古株だ、機密などいくらでも握っているだろう。それを快く思っていない権力者もそれ相応に……。

 大半の魔族は好戦的で、普通はそれが命取りとなって自然淘汰される。


 温厚で臆病な者もまた、戦いを避けて生き続けることなど出来ない。

 老衰で死ねるものなどいない、戦いが魔族の棺桶にして天国だ。

 よって魔王のいた時代から生きつなぐ者は、数えるほどしかいない。その中でも教官は特殊だと思う。


 教官は魔族の英雄と呼べるほど強くない。それもあってか権力欲がまるでない。

 魔界の派閥のどれかに深く介入することもない。……いや昔は違ったらしい、だが今は穏健派寄りの中立主義だ。


 こういうヒトだから、あの歴戦の士は生きてこれた。

 特別強くもないが、弱くもない。驚くべき生存能力で、どんな戦場に派遣しても必ず生きて帰ってくる、1日16時間睡眠の極めて使いにくい兵。それがベレト教官だ。


 わざわざそれを殺す価値があるとは思えない。教官が魔軍を裏切るはずもない。どう考えてもこれはおかしい。

 オレは教官の潔白を信じて、事件の前後関係を調べていった。

 その結果を先に述べよう、教官が魔族を裏切ったという証拠はどこにもない。


 いやむしろ、驚くほどに、教官は、何もしていなかった……。

 食い扶持を稼ぐために、まれに魔軍から仕事を請け負うだけで、それ以外をどうも寝て過ごしていたらしかった。


 いくら器用な教官であっても、寝ながら裏切りを働くなんて不可能だ……。

 疑念は深まるばかり、いや教官はやはり、陰謀に巻き込まれたのだとオレの中で結論付ける他になかった。


 オレは、もう死んでしまった教官の名誉を、守ってあげたかった。

 それも正統派の斬り込み隊長である自分の立場からは、とても難しいことだ……。

 

 ちなみにだが、教官の死は魔界に少なからぬ影響を与えた。

 いうなれば今の教官は怠け者どもの旗印だった。

 必要最小限しか働かず寝て過ごす、ネコヒトの中でも特別奇妙な存在だった。


「それが、死んだ……死んでしまった……」


 オレのように、ベレトは誰かの都合で殺されたのでは、と怪しむ者は多かった。

 そしてベレトートルートという怠惰の象徴が逝ったことで、魔族たちは思ったのだろう。

 ちゃんと働かなければああやって消される。働かない者は無惨な死を迎えるのだと……。


「誰だ」


 そのせいか、下級の魔族が今までよりやや勤勉に働くようになった。それ相応に戦死者もまた増えた。

 これを狙って起こしたというなら、ソイツは大した愛国者だ。


「俺だよホーリックス。勝手に中入らせてもらうぜ」

「……ッ、お、お前はっ」


 そんなおりだ。魔軍の嫌われ者、殺戮派のミゴーがオレに接触してきたのは……。

 ここはローゼンラインにある監視塔、その一角にあるオレの個室にヤツがいきなり現れた。


「ミゴー……ッ」

「クカカッ、久しぶりだなホーリックス。この前の共同戦線以来か? いつ見ても無駄にでっけぇ乳してんのなぁ。ああ、悪ぃが乳のでけぇ女は、俺の趣味じゃねぇけどな」


 嫌われ者のミゴー、それがコイツの通称だ。

 デーモン種の恵まれた肉体におごり高ぶり、敵味方に悪鬼のごとき非道を行う、人格の破綻者だ。


「お前の、女の趣味など、聞いていない……。何をしに現れた、お前と話したと、誰かに聞かれただけで……オレの立場が悪くなる。消えろ」


 ハッキリ言える、オレは嫌いだ、この暴力の化身が。

 戦いに誇りを持たず、ただ殺戮派の犬となって殺しを楽しむ悪魔だ……。


「へっへっへっ、その気の強さはいいんだけどなぁ……価値観てぇやつが合わねぇか。俺と同じ、修羅になっちまえば、良い右腕になるかもしれねぇのによぉ……」

「うるさい、用件を言え……ここで刺し殺されたく、なければな……」


 だが武勇は殺戮派でも一二を争う実力だ。それにずる賢く、特に同じ悪党を抱き込むのが上手い。

 とんでもないやつを育ててしまった。そう教官が評していた。


「お前よ、ベレトのジジィのことによ、余計な首を突っ込んでるみてぇだな……」

「…………」


 妙なところを突かれた、オレは感情が表に出ないように、先ほどまでと同じ敵意の態度で通す。

 なぜそのことを知っている。なぜわざわざここにミゴーが現れた。

 念のため、オレは愛用の重槍が後ろの壁にかけられているの確認した。


「同じ男に育てられた者として、老婆心で言ってやるよ。あのジジィについて、これ以上調べるのは止めとけ。……三魔将全てを敵に回すことになるぜ」

「教官は、怠惰な生き様を、咎められたのではなく……魔界上層部の総意で、消さなければならない、何かを知っていた……そういうことか」


 三魔将がこの魔界の支配者だ。派閥を束ねる者それぞれがそれぞれの領地を支配している。

 その全ての怒りを買えば、もう生きてはいけない……。


「そうかもなぁ。やつは、長生きし過ぎたんだ。俺様直々の謀殺を、魔将が命じてきたくらいにな……おっと、口が滑った。今のは聞かなかったことにした方がテメェの身のためだぜ」


 今、何と言った……?

 遅れて、オレの中に怒りが芽生える。押し殺していたものが、ミゴーの自供を通じて燃え上がった。


「貴様が、教官を……殺したのか……よくも、それを、オレの前で言えたものだな……」


 オレは後ろに下がり、黒き重槍をヤツに向けた。

 喧嘩を売られたも同然だ。それもベレト教官の仇に。


「待てよ、俺は殺戮派、お前は正統派、殺り合うとまずいことくらいわかるよなぁ?」

「穏健派寄りの教官を……殺しておいて、よくもぬけぬけと……ミゴー、この恩知らずめ……」


「三魔将の総意に逆らうのかよ? はっ、それこそ下らねぇ! ベレトのジジィなら見て見ぬ振りして、二度寝を決め込むぜ」


 それもそうだ、オレは槍を下げた。

 実際ヤツとオレが争うのはまずい、二つの派閥の関係を悪化させる。それにもしかしたら教官は……。


「消えろ……」


 だが覚えていろミゴー、いつかどさくさにまぎれて殺してやる……。


「ま、そう言うなよ妹弟子。そんなにあのジジィが気になるか? 俺が殺したって言ってんのにか?」

「笑わせる……教官の悪運は、300年物だ……。貴様は本当に、生き絶えたところを、見たのか……?」 


 この質問にはオレの狙いも含まれていた。

 教官が生きている可能性があった。理由はあの飛び抜けた悪運だ。


「ヒハハッ、それなんだよな。絶てぇ死んでるはずなんだけどよぉ、おかしいんだよなぁ……ぶち殺したって実感がわきやがらねぇ……」 

「化けて、出てくるかもな……、恩知らずの貴様を、殺しに……」


「元から化けネコみてぇなもんだろ、殺しても蘇る怪物と言われたら信じるかもなぁ、クカカッ」

「うるさい……貴様と、思い出話をする気はない、オレの気が変わらない前に、消えろ……」


 ところがミゴーの態度が急変した。

 全てを笑い飛ばし、小馬鹿にするクズ野郎が、急に冷めたのか背中を向けたのだ。


「うちのムクドを大地の傷痕に行かせた。うちの大将が、ヤツの死体を持ってこいとか、急なわがままを言い出したからだ。……けどよ、ムクドはそれっきり帰ってきてねぇ……、誰かにやられたか、事故ったか、しらねぇけどな……」


 嫌われ者のミゴーの取り巻きは、死を同情できるような連中ではない。

 それに記憶が正しければムクドというのは、翼を持った鳥タイプだったはずだ。


「しょうがねぇ……」

「クズの配下のクズが、勝手に死んだ、ただそれだけのことだ」


 このタイプをしとめるのは難しい。不利になれば逃げてしまうからだ。


「ちげぇよ、テメェにでっけぇサービスをしてやる。派閥は違うが、テメェはオレの妹弟子、そのよしみで教えてやる。……今から少し後、てめぇは仲間に捕縛される、解任される、斬り込み隊長から重罪人に真っ逆様だ」


 重罪人? この悪党は何を言っているのだろうか。

 不穏極まりない離反工作に、オレが槍をヤツに突きつけるのも当然だ。


「それは、どういうことだ……」

「ジジィが持っていた機密がそれだけヤベェものだった、ってとこかねぇ……良いツラだ、ホーリックス」


「黙れ……」


 ミゴーが両手剣クレイモアを持った。

 意図は読めないが、これから斬り合うことになる。


「今から10合ほどやり合おう、そしたらテメェはここから逃げな。そこから先は知らねぇ、どうにかはいずり回って生き延びろ。何なら、俺の代わりに、ジジィの足跡を追ってくれてもいいぜ……」


 ミゴーと本気で戦ったことはない。

 会うのは必ずといって北部の戦場、最悪のクズだったが、そこでは頼もしい仲間でもあった。


「うちのムクドは小物とはいえ雑魚じゃねぇ。あの翼があれば、大抵の格上が相手でも逃げ戻れる。クククッ、だがよぉ……」

「相手が、教官だったら、絶対逃がさない……」


 なら教官は生きている……?

 もしそうなら、確かめに行きたい……。

 大地の傷痕、確かにあの奈落の底に落とせば、必ず生きて帰ってくる奇跡のネコすら消せるかもしれない。


「情報を有効活用しろよ。じゃ、お手並み拝見といこうじゃねぇか、妹弟子よぉ……」

「ならば、10合以内で片付けてやる……、恩師を裏切った、クズ野郎をな……」


 オレはミゴーの挑発に乗り、黒の重槍でヤツの心臓を貫いた。

 いやクレイモアによりそれは軌道をそらされ、ベレトートルートの弟子同士の打ち合いが始まる。


「恩知らずめ!」

「ヒハハハハッ、それの何が悪ぃよ! 生きてるやつが正義だ! それが、ベレトのジジィの姿から、俺が教わったことだ!」


 ミゴーとの真剣勝負にして茶番劇は、結局17合目まで続いた。

 やはりヤツは強かった、悔しいがミゴーは倒せない。


「何をしている、ホーリックス! お前たち、ホーリックスが寝返ったぞ、捕縛しろ!!」

「な、何を言って……っ、邪魔をするなッ!!」


 そこに同僚たちと上官が割って入ってきた。

 ヤツの言葉は真実だった。なぜならオレの仲間は、ミゴーではなくオレを取り押さえようとした。


 寝返った? ただのケンカに見えないというならば、そういうことだ。

 教官と同じく、オレは裏切り者として処分されるところだったのかもしれない。


「あばよ、ホーリックス」

「くっ……覚えていろ、ミゴーッッ、恩知らずの裏切り者め!!」


 ミゴーがクレイモアを戻し、高見の見物を演じて道を開いた。

 チャンスだった、オレは罠の可能性を理解した上で、その一瞬の退路を利用する他にない。仲間を斬らずに逃げるためにも。


 何が起きているのかわからない。

 これが三魔将の総意だというならば、魔界に逃げ場はない。

 行く当てがないオレは、部下と同僚を斬り倒して茨の森(ローゼンライン)の底を抜け、ミゴーの狙い通り、大地の傷痕を目指していた……。


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