33-5 先導者ネコヒトとの旅路(挿絵あり
移民を望む親は予想通りそう多くなりませんでした。
カールの父、ジアの両親、それに加えて3組の両親が加わってくれただけです。
これから長旅になります。彼らを少し休ませて、その間に家財道具を荷台に詰め込みました。
それから一晩が明けて翌日の朝、移民希望者とその護衛一行がギガスラインの門に集まりました。
運搬量が量なので一部は馬車です。そこにはキシリールの愛馬ファゴットもいて、主と離れても元気にやっている姿を見せてくれました。
「話は聞いている。さあ行こう」
「悪いね、助かるよ」
「キシリールはいいやつだ。これからもあいつを頼むよ」
「お任せを。まあ色々と悩んでいるようですがね」
ギガスラインをどう抜けるかで悩みましたが、最終的に騎士団の協力を得ることに決まりました。
つまりはコネ。キシリールと親しい騎士たちにわたしたちは護衛されます。
建前は逆で、民間人の労働者が騎士団に雇われたという設定です。
わたしたちは頼もしい騎士たちに囲まれながら、魔界の森を進んでゆきました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「里まで送らなくて平気か? キシリールに会いたい気もするが……」
「十分です。むしろそうなると、皆さんの帰りをわたしが護送しなくてはならなくなります。後はどうかお任せを」
わたしは騎士というものを見誤っていたのでしょうか。
彼らはわたしたちに敬意を示してくれました。リーダーの男は正騎士で、キシリールの先輩だったようです。
「今さらこんなことを言える立場ではないが……子供たちとその両親を頼む。本来は私たちが守るべき民だった」
「ええ、そうですね、ですが今さら仕方ないでしょう。キシリールに何か伝言は?」
「ならば、守れなくてすまんと」
「わかりました、必ず」
それは何度も見てきた人間社会の縮図でした。
立派な人間がいくらいようとも、社会システムを逆手にとる悪党がのさばる。
9割がまともでも、1割が悪党なら彼らの組織はいとも簡単に腐敗するのです。
わたしたちは騎士団と別れて、西への危険な旅路を始めました。
●◎(ΦωΦ)◎●
わたしたちネコヒトは斥候を得意とします。
今回はその持ちうる力で全力を尽くしました。
安全なルートを模索し、進路に立ちはだかる敵があれば打ち払ってゆきます。
しかし旅の2日目の昼、わたしはスケルトンウォーリアの群れと遭遇してしまいました。
男衆もいますが戦いが専門というわけではありません。
後続が追いつくまでに、わたしだけで障害を排除しなければならない。
わたしを見つけた不死者の軍勢は、一斉に、しかしのろのろをこちらに迫り寄りした。
「あの異形といい、どうもここ最近おかしなものがうろつきますね……ですが、相性が悪かったようですね。ウェポンスティール!」
ずいぶん久々に使うので忘れていないか心配になりました。
敵の得物という得物を盗む反則技、そいつを発動させるとわたしは一斉に彼らを返り討ちにしました。
操った剣、槍、斧、メイスで敵の骨を砕き、付近にあった小さな谷に叩き落としたのです。
不死身ゆえに駆除が面倒な相手です。谷の存在に心からわたしは感謝しましたよ。
「アンタなにやってるんだいっ!?」
「け、剣が浮いてる……」
「お前がやったのか、エレクトラム……?」
これはちょうど良いかもしれません。
わたしはウェポンスティールを解除して、武器を大地に散乱させました。
「はい、少し裏技を。それとせっかくなのでご両親方も武装しましょう、好きな物を使って下さい」
「アンタ……ますます怪物じみてきたね……」
こうして武装したことにより少し安定感が出ました。
うっかり死なせてしまうリスクと共にありましたから、多少行軍が遅くなろうと武装は大切です。
「では斥候に戻ります。気を付けて下さい、わたしたちは目立っています」
「はっ、アンタほどじゃないさ!」
「はははっ違いねぇ! あっちに着いたらまた楽しい夜を頼むぜ!」
「ええもちろん喜んで」
その先もわたしは斥候、合流、斥候、合流の二拍子を繰り返して、やがて夜を迎えました。
●◎(ΦωΦ)◎●
その頃、里では――
発作が再発しました。ご心配なく、シベットのことではありません。パティアです。
ジアとリック、クークルスの家に泊まったその夜、急にリックの胸へとしがみつきました。
「ねこたん……おそい……まだか、おねーたん……」
「パティア、きっともう少しだ。教官は、みんなのためにがんばってる」
「でもな、パティア、そろそろげんかいだ……ねこたんいないと、やっぱり、むなしい……」
「ごめんねパティア、私たちのために」
それを見たクークルスは自分のベッドから抜け出して、道具を机に乗せました。
「クークルス、こんな時間に仕事か? お前は、働きすぎだ」
「ふふふ……そうなんですけどー、実は、やっておきたいお仕事が残ってたんでしたー♪」
「賛成、働きすぎだってクークルスさん……」
「すみません。今からやっちゃいますから気にしないで寝ちゃって下さいね~♪」
これから少しお喋りして寝よう、というときに仕事を始めるクークルスに皆あきれました。
パティアはそれでもリックから離れません。スリスリと身を擦り付けて、リックに甘えていました。
リックはそんなパティアを慰めることにして、ジアは任せて寝ることにしたようでした。
それからしばらくが経ちました。するとパティアとリックの隣に、シスター・クークルスがやってきました。
「寝そうですか……?」
「いや、それが」
「おきてるぞ……なんだ、クー……うしおねーたんいるから、へーきだぞ……」
パティアが寝なくてリックは困っていました。
ところがクークルスが差し出したある物が、寂しがりのパティアを飛び起こしました。
「そ……それはっ、それまさか、ねこたんっ?!」
「はーい正解です♪ どうぞ~」
後で確認しました。それはわたしにそっくりの白いぬいぐるみでした。
パティアは差し出されたそれを胸に抱きしめて、ベッドより立ち上がって回り出しました。
「クークルス……さすがだ。オレにはとても、真似できそうもない」
「クーっ、ありがとう! これ、ねこたんだ! ねこたんのにんぎょーだ!」
するとシスターがそっとその人形に手を伸ばして、少しだけパティアから借ります。
何をしたかと思えば、わたしの声まねでした。
「パティア、必ず帰りますから、良い子で待っているのですよ。もしや、いつものおみやげの約束をお忘れで?」
「クー……そうだった、おみやげ、あったんだった! クーっ、きょうは、クーのところでねるぞ。もうへいき、いっしょにねよー、クー!」
「ウフフ……がんばったかいがありました♪ ごめんなさいね、リックさん」
「いや、助かる……」
機嫌を良くしたパティアはクークルスと一緒になって、ねこたん人形とやらを抱いてベッドに入りました。
たかだかわたしに似せた人形が、ここまでの力を持っていたとは驚きです。勉強不足でした。
●◎(ΦωΦ)◎●
これは余談です。真夜中、クークルスがすぐ隣の寝言に気づいたそうです。
「ねこたん……はやく、かえってきて……ねこたんのもふもふ、こいしい……」
眠れるパティアは涙を浮かべて、ネコヒト人形を抱いていました。
もうじきです。もうじき戻りますよ、おみやげと、ジアとカールの家族を連れてあなたの元に。




