33-3 ネコは子供たちのために親を盗む - ジアの両親 -
「ジアの両親は契約農夫だよ。要するに借り物の土地を耕す小作人さ」
「つまり生活は厳しいと?」
「そりゃそうさ。契約農夫で楽な生活できるなら、みんなこぞってなりたがるに決まってるじゃないか」
「では好都合ですね」
誰にも搾取されない土地が持てる。とでも言えば強い興味を引けるでしょう。
とはいえ今の里の実状は、生き延びるための運命共同体。誰かの土地なんて概念そのものがないのですが。
「あれだよ。今回はあたいから話す、それでいいね」
「ぜひお任せしましょう」
そうこうしてると見つけました。
広い畑にクワを振り下ろす男女を柵の向こう側に見つけたのです。
ジアを生んだのは相当に若い頃だったのでしょうか。どちらも30代前半くらいの容姿に見えました。
ならば新しい子供がいてもおかしくないのですが、どうも姿がないようです。
「あ……タルトさん! あんたタルトさんだよ!」
「おお……今日はどうしたんですか、まさかわざわざ俺たちに会いに?」
タルトと面識があるのは当然です。
隔離病棟への支援物資の輸送や、手紙の配達をしていたのですから知らぬ訳がない。
そこでわたしはあまり目立たぬように2,3歩下がり、彼女の後ろにひかえました。
「久しぶりだね……。実はね、アンタたちにわびなきゃいけないことがあるのさ」
「な、何でしょうか……」
「私は平気です。これ以上、悪くなりようがありませんから……」
良い切り口です。最初に下げてそれから上げる。
ベタベタな手口ですが確実な効果がありました。事実夫妻はもう話を聞く姿勢になっています。
「コイツを読めばわかる」
「手紙ですか……」
「ぁ……」
母親は便せんに書かれた署名に気づいたようです。
すぐにタルトからそれを受け取って、夫婦はそこに記された『ジア』の名に顔を向け合いました。
すぐに手紙を開封し、驚きと怯え、期待と不安の混じった複雑な感情でそれを読み始める。
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パパとママへ。
私は生きてるよ。エレクトラム・ベルっていうえらい人にすくわれたの。
エレクトラムさんの正体を知ったらおどろいたり、けいかいするかもしれないけど、やさしい人だから信じて。
エレクトラムさんは、やすらぎの里を悪い人から守ってくれた。
それだけじゃなくて、自分たちの生活もあるのにわたしたちを引き取ってくれた。隠れ里ニャニッシュに。
マドリっていう頭の良い先生がべん強を教えてくれて、クークルスってお姉さんが新しい服をくれたよ。かわいいワンピース。エロくしないでって言ったのに、ちょっとエロいやつだったけど……。
あと、騎士のアルストロメリア様はイケメンで、バイオリンがひけるの。毎晩リセリが歌を歌って、音楽がえんそうされて、みんなで里の成長を喜んで、笑い合うの。
パパとママも、きたほうがいいと思う。そっちの生活よりずっといいと思う。私、今は幸せ。
前に言ってたチビのカール。さい近は背がのびてきて、かっこよくなったよ。なまいきだけど、なんかいっしょにいてイヤじゃない。
パパとママにカールを見せたい。だからお願い、私のいる里にきて。
私が私だって証拠に、私たちしか知らないことを書きます。
パパがひろってきたキノコおいしかった。けど、わらいが止まらなくなって、おい者さんのおせわになったよね。
パパママ、エレクトラムさんをどうか信じて。
――ジア
――――――――――――――――
手紙の効果はてきめん、母親は地に崩れ落ち、父も手紙に目を落としたまま固まっていました。
死んだとばかり思っていた我が子が生きていて、拾われて、幸せにやっているというのです。
悔やんでも悔やみきれない不幸が起きた彼らにとって、その手紙は天の救いだったでしょう。
「本当ですか? 本当に、生きてるんですか私のジアは……」
「こんなことが起きるなんて、ああ神よ……」
お父さんは信心深いのでしょうか。両手を組んで天をあおぎました。
「ずっと黙っててごめんよ。そうさ、ジアは生きてる、こちらのエレクトラム・ベルの里でね」
「どうも、エレクトラム・ベルと申します。他にも複数の名がありますが、今はこれが本名です」
問題はわたし。そして魔界の森の中という立地です。
魔族ネコヒトであるわたしと、魔界の森を進んで謎の隠れ里に向かう。これは簡単に納得できることではありません。
「後は手紙にある通りです。わたしはジアの願いに応えてあなた方を呼びにきました。わたしたちの里ニャニッシュに」
「ここよりずっとマシな生活ができるよ。それはあたいが保証する。このエレクトラムがいいやつだってこともね」
最後の部分は否定したいところでした。ですができませんね、この状況では。
ジアのご両親はわたしたちからの誘いに迷いました。それはもう深く、返事を返せないほどにです。
今の生活を捨てる覚悟はなかなか付くものではない。
今より良くなる保証はどこにもない。
何かを得ようとするには、今ある何かを賭けなければなりません。
「このままでは不公平です。わたしの姿も見てからお考え下さい。実はわたし、こういう者でして……」
少し手順が早いのではないかとタルトが睨みました。
しかし正解なんてありません、わたしはフードを下ろして己がネコヒトであることを明かしました。
「魔族……。だが、そうか……隔離病棟から救える者がいるとすれば……」
「あなた、だけどよく見るとかわいいわ。それにやさしそう」
不本意ですが、かわいいも甘んじて受け入れました。
ええそうですよ、魔王様もわたしの外見を愛しました。わたしはかわいいネコヒトですとも。
「証拠代わりと言うのも言い訳がましいですが、わたしの知るジアを話しましょう。手紙にもありますが、ジアにはカールというボーイフレンドがいます。見ているだけで微笑ましい二人です」
普通の親ならボーイフレンドに思うところがあるでしょう。
しかし哀れな境遇にある娘です。むしろカールはジアの幸せの象徴として両親に映り、彼らはとても喜んでいました。
「ジアはわたしの娘パティアと仲良くしてくれています。パティアはカールとジア、それに盲目のリセリと共に毎日笑っています。ですのでどうか、ジアの幸せのために来てくれませんか? 隠れ里ニャニッシュに」
「あたいからも頼むよ。そしたらリセリも喜ぶはずさ。頼むよ……」
わたしたちは判断材料を与えるだけです。
他人の心を変えさせるのはそれだけ難しく、得てして最初から結論が出ているものです。
夫婦は向かい合って、それからついに答えを出したようでした。
言葉を交わさなくとも意思が通じ合う良い夫婦のようです。
「俺たちにはジアの他に子がいない。どんなに望んでも上手く授からなくてね……」
「行きます。引き離されたあの子と会いたい。会って、謝りたいの……」
「エレクトラムさん、どうか連れてってくれ、隠れ里ニャニッシュに」
いえそれが、ネコタンランドに最近名前が変わったのですよ。とは言えませんでした。
やっぱりややっこしいですよこんなの……。
「どうかわたしにお任せを。ジアが笑顔になれば、うちの娘も笑顔になります。だとしたらお安いご用ですよ」
「ああ良かった、これでリセリも喜ぶよ。……あとはジョグ、あの男の煮え切らない態度くらいさ」
こうしてジアの両親が隠れ里にきてくれることになりました。
この後、業突くばりな地主と一悶着ありましたが、そこはタルトの正論と苛烈なまでの勇ましさで押し切り、レゥムへと一端戻るのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
その頃パティアは――
「しろぴよーっ、あそこにベリーある! よーし、いくぞぉー!」
「ぴゅぃ、ぴゅぃぴゅぃ……っ」
しろぴよさんを新しいオーバーオールのポケットに入れて、森の奥深くを散歩していたそうです。
その奥深く、というふんわりした表現に親として不安を抱きましたよ。
「はんぶんこだ、しろぴよー、あーん♪」
「ぴよっぴよよっ!」
くちばしが指先のベリーをがっつく感覚が幸せなんだそうです。
1つ自分が食べては、ポケットの中のしろぴよにベリーを分けて、パティアは熟した実を全て平らげるとクルリと回りました。
「へへへへー♪ くるくる~、くるくるぅ~~♪」
クルリ、クルリ、飽きもせず森の奥深くで少女が回ります。
嬉しくなるとどうしても身体が勝手に回ってしまうんだそうです。
「くるりーーーんっ、ぱっ! あっ、とろろ!」
「ぴっぴゅぃっ!?」
パティアはトロルの巨体に全く怯えません。いえむしろこう考えました。
『とろろ = とろろすとーん = べっとん元気になる』
「よーし、いくぞぉー、しろぴよーっ! くるくるくるくる~~ビリビリドーンッッ!!」
「ぴっ、ぴゅぃぃぃ……っっ」
天より降り注ぐ豪雷がトロルと周囲を焼き、これはいかんとパティアは慌ててスコールを使ったそうです。
一般的に小鳥は臆病だそうですが、しろぴよさんがどうだかはわかりません。
「やったー、とろろすとーん、あった! しろぴよー、これで、べっとんげんきになるんだぞー。……あれぇ??」
「ぴ、ぴゅ、ぃ……ぴゅぃ……」
ポケットの中のもふもふの元気がありません。
そこでパティアは気になって、入り口を大きく広げました。するとそこには……。
「あれ……? しろぴよー、どうしたー? つんつん……ふわぁぁ、ふかふかぁ……♪」
「ぴ、ぴよ……ぴよぉぉ……」
そこに目を回してひっくり返ったしろぴよさんがいたそうです。
「ごめんね、しろぴよ。ちょっとやすもう。よっこいしょ……へへへ、さわりほうだい……」
パティア、襲われたその場で堂々と腰を下ろすその剛胆さに、わたしは不安を覚えております。
というよりもですね……トロルが出るということはこの話、結界の外側での出来事ですよね?
「ぴゅぃぃ……」
「あ、うんちでた」
本当にもう、何度言ったらあなたはわかるんですか……。
結界の外に出ないで下さい。わたしを心配させて殺す気ですか。




