33-3 ネコは子供たちのために親を盗む - カールの手紙 -
・ホーリックス
先日、男爵たちが帰った。
彼が持ってきた野バラの花束をパティアはとても喜んで受け取っていた。そこでダメで元々で、空中庭園に植えることにしたらしい。
隠れ里ニャニッシュ、いやネコタンランドの土壌は不思議だ。
本当にそのまま野バラが生えてきてしまいそうな気がした。
教官が里を出るタイミングで隠れ里では何かが動き出す。
教官の頑張りに張り合う形で、バニーのヤツが自分たちも努力しようと主義主張する。
今回は人が一気に増えたので、開拓と建築に力を入れることになった。
今一番積極的にやってるのは森の開拓をかねての木材調達だ。
しかし伐採は危険のともなう仕事だ。だからバニーは子供たちにあまり手伝わせたくないようだった。
「ガキ扱いすんなよなバーニィのおっさんっ、俺はもう子供じゃねぇ!」
「そうそうちょっとは私たち頼ってよ。あ、カールはまだチビガキだけど」
「うっせージアッ、お前から見たらみんなチビだろ! このデカ足!」
「でかくて何が悪いのよ!」
場所は南のバリケードの前、子供たちはバニーに抗議していた。
だけど絶対に譲らなかった。大怪我をさせたくない気持ちはオレにだってわかる。
「うるせーなガキども、もっと育ってから出直してこい!」
「そうだ、ここはオレたちに、任せてくれ。みんなが大人になったら、頼るから……」
そんな事情から、力仕事が苦手だというのにネコヒトの民が伐採を受け持ってくれた。
ジョグとオレがどうにかそれを手伝って、バニーが指揮する建築現場に木材を運ぶ。そういう段取りだ。
「へーへー、わかったよ。けどよー、バーニィのおっさん今回なんでそんなに張り切ってんだ?」
「はぁ? 張り切ってる、俺がかー?」
「カール、そんなの決まってんじゃん。タルトさんがくるからだよ、あの人にカッコ付けたいんでしょ」
どうしてだろう、急に心がざわついた。
曇った気持ちが晴れなくなって、バニーのやつに小さな怒りを覚えたかもしれない。
「そう、なのか……?」
「おいおいおいリックちゃんまで何言ってんだよっ! まあ……タルトのやつはうちの出資者みたいなもんだしな、ちゃんと発展してるところ見せねぇとだろ」
なぜだろう。理屈は通っているのに気に入らない。
手斧を肩に背負いなおして、オレはバニーの隣を素通りした。
「あだぁっっ?!」
偶然、手がブレてその斧がバニーの顔面に当たったかもしれない。だが事故だ。
「すまん、ぶつかったみたいだな。バニー、子供たちの親も、来る。みすぼらしい姿は、確かに見せられない」
「お、おぅ……その通りだな。つか、リックちゃん……?」
その夜家に帰ると、オレはジアに教わることになった。
オレがこのとき抱いた感情は、嫉妬。信じがたいことだが、オレはバニーとタルトに焼き餅を焼いていたそうだった。
●◎(ΦωΦ)◎●
・(ΦωΦ)
「あんなにあっさり信じて下さるとは思いませんでしたよ」
先日はカールの父ハンスの家で手厚い歓迎を受けました。
さすがは元軍人といったところで支度も早く、そこに夜逃げ屋タルトの手腕も加わって、翌日の朝にはもう荷物が整っていました。
畑はあの赤鼻の男に任せ、家や必要のない家財道具はタルトが全て買い取りました。
逆に必要な物はわたしたちが乗ってきた荷馬車に乗せて、今はこうして昼過ぎの街道を進んでいます。
「失う物などもう何もない」
繰り返しますがカールの父は元軍人です。
この身のこなしと小柄さから、彼はわたしがネコヒトであることを最初からおおよそ見抜いていたそうでした。
「それにこの手紙を読んだら、息子がすぐそこにいるような気がした。カールは生きている。早く会いたい……」
「ええ、先に読ませていただきましたが、それはとても良い手紙です、気持ちのよくこもった」
「ハンス、あたいを信じな。ちょいとハードな旅にはなるけど、必ずアンタをあの子に会わせてやるよ」
彼からカールの手紙を借りて、わたしはその文面をさっと読み直しました。
カール。彼は正直じゃないところこそありますけど、とても前向きで歪みのない良い子です。
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とうちゃんへ。
ええと、今日まで手がみもおくらなくてごめん。でも生きてるよ、おれ。
しんじられないかもしんないけど、今はネコタンランドっていうすっげーーーー里でくらしてる。
バーニィっておっさんがいて、こいつすっげーースケベだけど、なんかいいやつでさ、おれのことかわいがってくれてる。しんじられねーんだけど、バーニィは騎士なんだってよ!
あと、リックって人もいる。バーニィのおっさんよりつよいんだぜ。でもやさしくて、おっぱいもでけーからとーちゃんも気にいるとおもう!
それとパティア。おれより年下なのにすげぇまほうがつかえる。
すげぇのんきで、のほほんってしてるやつだけど、このばしょ、パティアがいなきゃ、えっと、とにかくパティアがいるからここがあるんだってさ。
あとそれと、そのお父さんのエレクトラムさんはネコヒトで。ひにくばっかいってるけど、なんかにくめない。バーニィとリックみたいに、おれたちをまもってくれてる。
あと、まあついでだけど、フリージアってやつもいる。
同い年なのに、おれよりせがたかい。ムカつく……。おれをチビあつかいしたり、ガキあつかいしたり、すげぇムカつく。
とーちゃんにも見せてやりたいくらいだぜ、すげームカつくから。
それとあとな、おれがおれだってしょうこを書けっていわれた。だから書いとく。
8さいのときだっけな、とーちゃんといっしょに、レゥムのなつまつりにいった。あんときはかーちゃんもいたし、たのしかった。
とーちゃん。とーちゃんも、とーちゃんのせいかつとかあるだろ。だからわかんないって、エレクトラムさんに言われた。
でもとーちゃん、おれ。とーちゃんにあいたい。とーちゃんにジアをしょうかいしたい。だからとーちゃん、すまなくてもいいから、あいにきてくれ。
――とーちゃんのむす子 カール
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下手に理屈っぽく説明するより、ずっと本人の証明になっていました。
それはカールにしか書けない手紙だったのです。
「生きていて本当に良かった……」
「ええ、わたしもはるばる無理をしてこちら側に来たかいがありましたよ。危うく弓で射殺されるところでしたが」
「はっ、ほら手紙通りの皮肉屋だろう。これがエレクトラム・ベルさ」
タルトが少し荒っぽくハンスの背中を支えて、わたしに冷笑を向けていました。
もうじき次の目的地です。ネコヒトはネコヒトらしくもう少し寝直しましょう。
●◎(ΦωΦ)◎●
レゥム南・郊外に到着するとタルトに揺すり起こされました。
目覚めれば目当ての農村地帯、すぐそこが例の農家でした。
「俺はここで馬車を見張ってる。……ジアという子も、両親と暮らせた方が幸せだろう」
「ええそうですね、では馬車はお任せしました」
カールの父親は不確定要素にもなりかねません。
わたしとタルトで説得して、それでもダメなら彼を頼ることにしましょう。
「行くよ。ちょっと、ちゃんとかぶりなよ」
「フフフ……あなたお母さんの才能もありそうですね」
「はっ、バカ言ってんじゃないよっ」
「おや恐い」
ハンスは元軍人、わたしたちが離れると、どこか楽しそうに馬の世話を始めてくれていました。




