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33-3 ネコは子供たちのために親を盗む - カールの父親 -

 扉をノックしても返事はありませんでした。

 しばらく待ち、裏に回って中の様子をうかがいましたが人影はありません。


「どうやら不在のようですね」

「だけど畑にはちゃんと水をやった形跡があるよ。なら今日中に戻ってくるだろうさ」


 タルトが言うと少しだけ借金取りを連想します。口にはとても出せませんがね。

 しかし困りました。ここで待ちぼうけというのも何か落ち着きません。


「それにしても小さな畑ですね。カールのご両親はなんの仕事を?」

「そりゃ違うね、両親じゃないのさ。母親の方がもう死んでる」


「そうでしたか」

「子供を失った心労と流行病が重なっちまったそうさ……救われない話さね」


 カールの実家はレゥム南の森、その入り口付近にありました。

 柵に囲まれた畑は一人暮らし相応にささやかで、その代わりに罠があちこちに仕掛けられているようです。


「狩人ですか?」

「まあ見りゃわかるさね。カールの父親は退役軍人なのさ」


 なるほど、カールが騎士に憧れていたのは父親の影響ですか。

 タルトの口振りからするとその父はここで一人暮らし、この条件なら説得はそう難しくないでしょう。


 それはそれとして、どうやらわたしたちは目立つようです。

 小柄なフードローブ野郎と、赤毛の美人がそろって軒先につっ立っているのですから。


「おや、お前さん方ハンスになんか用かい?」


 家主の知り合いなのか、赤鼻の木こりに声をかけられました。

 本格的な両手斧を持った体躯のたくましい男となれば、大雑把に木こりと見なしていいのです。


「借金取りではないのでご安心を」

「余計なこと言うんじゃないよっ。あたいらはハンスさんの知り合いでね、早く伝えたいことがあってここで待ってるのさ」


「ハンスはバクチも酒もやらん男だ、あんま借金こさえてるイメージはねぇな。ああだが、あいつなら今頃森の奥で狩りだ。山小屋も持ってるしなぁ、いつ戻ってくるかわかんねぇぞ」


 カールの父の名はハンス、本格的な狩猟生活をしているようです。しかも元軍人。

 いいですね、なかなか辺境の村人候補として魅力的な経歴ではないですか。


「そうですか、ではわたしの方から会いに行きましょう。山小屋の位置はどの辺りですか?」

「あっちだ。ハンスはいつもあそこの林道を歩いてくよ」

「ならあたいはここで待たせてもらうよ」


 返事の代わりにわたしはゆっくりと二人へとお辞儀をします。


「は、速っ!? おお、もう消えちまった!」

「まったくせっかちな爺さんさんだよ……」


 一度会ってみたくなりました、カールの父親ハンスに。

 わたしは林道の先を目指して、身軽な身体を勢いよく駆けさせたのでした。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 レゥム南の森は魔界側に性質が近い。

 それに少ないですが迷宮や冒険者たちの拠点があり、モンスターたちも現れます。


 しかし思い返せば懐かしいものです。

 サラサールより新婦クークルスを略奪し、フロッガー種の追撃を受けたのもこの辺りの森の奥でした。


 こんな場所で狩人をするだなんてハンスは変わり者です。

 自殺志願者か、あるいはよっぽど自信があるのかのどちらかでしょうか。


 あるいは必要にかられて、この地域のためにモンスターを狩っているのかもしれません。

 その場合は説得が少々面倒になるかもしれないです。


 さてそれからしばらく進むと、林道は上り坂となりました。

 そこで少し贅沢ですがナコトの書を取り出し、わたしはわたしを軽量化して大胆に駆け上りました。


 やがて森の奥に分け入るとなだらかな森丘にたどり着き、生き物の気配が色濃くなるのをネコヒトの五感が捉えます。

 聞き耳を立てて辺りの様子をうかがえば、ほどなくして矢の風切り音をわたしの鋭敏な耳がとらえていました。


 そこでアンチグラビティを解除し、ハイドに術を置き換えてわたしは音の方角へと潜み進む。せっかくの狩りの邪魔をしては恨まれてしまいますからね。


 そうしてネコヒトが静かに忍び寄ると、ようやくわたしはカールの父親ハンスの顔を拝むことができました。


 バーニィと同じ歳くらいでしょうか。

 厳しい顔立ちをした短髪の男が、ボウガンをジャイアントバットに向けて静かにタイミングを計っています。


 余談となりますがボウガンは機械仕掛けの弓です。

 射程は少し短いのですが、一度矢をつがえてしまえばトリガーを引くだけで発射できますので、こういった狩りに向いていました。


 しかしこのボウガンというものは比較的高価で、メンテナンスが難しい点からして、本来辺境の狩人が持つものではありません。

 まあともかく、わたしは彼が獲物をしとめるのをただ静かに潜んで待ちました。


「チッ……」


 残念ながら矢は獲物の翼を貫通していました。

 ハンスはすぐさま力を込めて矢をつがえ、反撃に出るジャイアントバットに向けたようです。


「……ッ?!」


 結果だけ申しましょう。

 矢とレイピアがモンスターの肉体を十字に貫き、わたしたちはこうして出会いました。


「すみません、余計なお世話だったようですね」

「……いや、いやそんなことはない、助かった。俺の矢だけでは致命傷にならなかった。良い腕だな」


「ご謙遜を」


 彼はわたしを警戒していました。

 それも仕方がないでしょう。気配の無い場所からいきなり現れて、獲物を横取りしようとしたのです。


「だが見つけたのは俺だ。そっちの取り分は3分の1でいいな?」

「いいえ結構です。わたしが欲しかったのはそっちではありません」


「ならばどっちだ」


 言葉を間違えたようです。

 彼がボウガンに矢をつがえてこちらに矢尻を向ける。


「あなたが怪我をしたり、死んでしまうとわたしはとても困るのです。わたしの名はエレクトラム・ベル、とある隠れ里の……まあ、長老のようなものです」

「得体が知れないな。ならまずフードを下ろせ、そんな身のこなしが機敏な長老がいるか」


「いるんだからしょうがないでしょう。それと、フードはまだ下ろせません。この中を見せてしまうとわたしは撃たれてしまいます」


 忘れておりました。フードの怪しい乱入者はレイピアを腰に戻して、ジャイアントバットを彼の足下に投げ渡しました。

 すると彼は獲物から自分の矢を引き抜き矢筒に戻すと、照準をわたしから外してくれました。


「援護助かった、エレクトラム・ベル。俺の名は――」

「カールのお父さんですね」


 わたしは元来意地悪です。

 余計なことを言わなければいいのに、ついつい口にしてまたボウガンを向けられました。


 試したかったのもあります。

 彼にとってカールがどれほど大切な存在なのかを。


「なぜ、息子の名を知っている……!」

「あなたの名前も知っていますよハンス。しかしジャイアントバットを狙うとは何とも勇ましい猟師です。ハンス、もしよろしければ、わたしの里に来ませんか?」


 彼はカールが死んだと思い込んでいます。花屋のヘザーがそうだったように。


「生憎、ここでの生活が気に入っている」

「そうですか。ではこちらをどうぞ」


 そんな孤独な父親に手紙を差し出しました。

 いえ手紙で風を切って投げ渡したというのが正確でしょうか。元軍人ならば文字くらい読めるでしょう。


「何だ、これは手紙……? ッッ……?! か、カールッ!」

「本当に断って良いのですか。うちの里に来て下さったら、あなたはカールと共に暮らせるのですよ?」


 頃合いでしょう。ボウガンをやわらかい茂みに投げ捨てて、手紙を乱暴に開く彼の前にわたしはフードの中身をさらしました。


 カールは魔界の森の隔離病棟に押し込められたのです。

 ならばわたしの姿そのものが証拠の1つでもありました。


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