4-6 襲撃を受けた日
生育に問題はないようです。わたしたちはその翌日から畑の拡張に勤しみました。
大変なのは耕作ではなく、もっぱら土の運搬作業となりました。
しかしこうする他にありません。目の届かない場所に畑を作ってもモンスターに荒らされるだけ、むしろ作物が実を付ける前にさらなる対策をしたいくらいです。
「バーニィ、あまり根を詰められると、こちらが休みにくくなります。甘いサルナシの実を見つけましたので一緒に食べましょう」
「あのなー、パティアが見つけたんだぞー。それでねこたんがなー、ぴょーんってなー、たかいところのやつ、とってくれた! ねこたん、すっぱいやつー、わかるんだってー!」
畑の耕作作業はバーニィに押し付けました。
元騎士です、悪いおじさんになってしまいましたが元は真面目なのでしょう。汗を玉のように流してがんばってくれていました。
「意外と楽しいもんでよ、俺としたことが手が止まらくなってたわ。んじゃ、ゆっくりするかね」
「バニーたんえらいなー、はくしゅ、いるかー? ぱちぱちぱちぱち……バニーたんがんばったなー、えらいえらい!」
疲れたら無理をせずに休む。
わたしたちはゆっくりゆっくり畑を広げていきました。
やがてわたしが眠気に負ける形で、バーニィは柵作りで減った材木の補充、釣った魚や肉の薫製作り、パティアの方は森での採集と、魔法の自主練にそれぞれ別れていったそうです。
わたしはネコヒト、しかもお爺ちゃん。すみませんが若い人みたいにがんばるのは無理なのです。
●◎(ΦωΦ)◎●
昼過ぎに寝ると、最悪日が落ちるまで目が覚めない。
ところがその日のわたしは夕方前に起きてしまっていました。何かいつもと感じが違う。
それから寝ぼけたネコヒトさんは、いつものようにテラスに出て畑を見下ろしました。
あちこちに目を向けてみたものの人影はない。
城門から広場の中央にかけて石畳が並び、その左手にわたしたちの畑がこぢんまりと広がっている。
やがて手前から奥へと順番に、植えられた順に作物が背丈を伸ばしていくだろう。
収穫期になればきっと壮観です。古城のたたずむ森の中に、わたしたちの暮らしが広がってゆく姿が見えました。
植物がそうであるように人もまた、その人にあった土地に導かれていくのかもしれない。
まだまだちっぽけなこの光景を生み出すのに、想像以上の苦労がありました。
しかし物作りというものは得てしてそういうものです。始める前はいつだって簡単にできると思い込む。
「おや……」
ところが違和感がありました。寝起きにかすむ目を擦り、畑をよく観察する。
バーニィの拓いた畑に足跡がある。実験で植えた苗の葉が青いまま地に落ちていました。
まだ何も生っていないのに、モンスターが荒らしに来たのだろうか。
いや違和感はそれだけに止まらない、どこかが変です……。
「あれはあの子の……おかしいですねこれは」
そこから少し離れたところにパティアのバックが落ちていた。
エドワードさんの形見そのものです、子供とはいえ彼女が果てしてお気に入りのそれを置きっぱなしにするだろうか。
わたしはテラスから畑目指して飛び降り、かわいらしいそのバックに年寄りらしくもなく駆け寄った。
まさかさらわれた? 犯人はバーニィ……?
いいやアレは痕跡を残すほどバカなやつじゃない。ならここで何が……
「――あぶないねこたんっ!!」
おかげで助かりました、わたしはネコヒトのもたらす条件反射で何も考えず飛び退いた。
弓矢だ、それがわたしのいた場所を貫く。それは黒い羽根の付いた鋭い鉄の矢だった。
「バカーッ、ねこたんに、なにすんだーっ!!」
「黙れ雌ガキッ、あとちょっとだったのによーっ、ぶん殴られてぇかよああっ?!」
全て納得です。頭上を見上げるとあのミゴーの取り巻き、鳥魔族のムクドがいた。
それがパティアを脇に抱き込み、翼を羽ばたかせて舌打ちを立てるとうちの娘に怒りを向けた。
「そういえばいましたね、あなたみたいな小者も。お久しぶりですムクド」
「うるせぇいちいち気取んなっ、それと俺の矢かわすなよっ! こっちは人質を取ってるんだヨォッ、わかってんのかヨォそこォ!」
「なら奇襲する前に言って欲しかったですね、この子を人質にしていると」
「ねこたん、それなー、いみないとおもうぞー。……はれー、もしかしてパティア、ひとじち、だったのかー?」
お察しの通りムクドは頭の悪いクズです。
そこはいいのですが、その自由に天を駆ける翼がとても厄介でした。
姿を見られた以上は確実に消さないと取り返しがつかない。
「ギヒャヒャヒャ、バカなガキだなぁっ! 見てたぜベレトッ、コイツがテメェの弱点だろオラァッ、見破っちまったわぁ俺ェェ!」
「はい。ですがわざわざそれを口にする必要が、あなたにあると思いませんが」
「ハァッ、難しいこと言うんじゃネェよ!? ギャーハハハッッ、このガキはなかなかだぞぉ、こういうのはヨォ、うちの魔将様に献上してやんよっ、洗脳して操り人形にすりゃ、いい手駒になるじゃねぇのカカカッ!」
ミゴーの取り巻きをするくらいです、ムクドがクズ野郎なのはわたしも知っています。よってわざわざ逆上する必要もない。
大切なのは娘の奪還とコイツの抹殺なのだから。
「パティア、バーニィはどこに?」
「うん、あのなー、おいしく、くんせいやけたーって、いっててなー。それからー、えーっと、かりにいったぞー。くんせい、たのしいって!」
「なるほど、それはとても美味しそうな話ですね、ついよだれが出てきてしまうほどに。……で、なぜおめおめ捕まっているのです、私の娘ともあろうものが情けない」
バーニィが離れたその隙を突かれたようです。
陰湿なムクドらしいやり口ですよ。わたしたちに勝てると思っているのだからかわいいものですがね。
「あぅ……だって、このとりさん、はやくてなー……それに、パティア、わるいひとだって、おもわなかった……」
パティアと相性が悪かったということです。
パティアの今の難は8歳の子供であることと命中精度、率は約60%まで上がってきてはいるものの、鳥系魔族の俊敏さにはまだかなわない。
「俺を無視すんなってめぇらヨォッッ!!」
「ならそちらのうるさい鳥さんに聞きましょう、なぜミゴーに報告しに戻らなかったのですか? そもそも、なぜこの地に今さら戻ってきたのです」
「はっ魔将様にヨォッ、てめぇの死体を回収してこいって言われてんだヨォ! だから自由に空飛べる俺に、厄介ごとが舞い込んだ! だけどヨォー、ためしに、てめぇの墓場に下りてみたらヨォー! 地上につながる道が、見つかっちまってヨォー……?」
ムクドはバカです、注目に気を良くしてベラベラと喋ってくれました。
わたしみたいな雑魚を、そこまで入念にぶち殺さなければならない理由が見当も付かない。
冤罪からの和解を淡く期待したわたしが愚かでした。
「探してみたらこんなところでっ、人間どもとなれ合ってるじゃねぇーのヨォッ! よしテメェ今から殺すッ、コイツの命がほしけりゃそこ動くなヨォ!!」
「ね、ねこたんっ、ねこたんだめだ、にげろー!」
ムクドがわたしの胸を狙って弓を構えた。
それがパティアを狼狽させた。相手は雑魚の下を行く雑魚だというのに。
「ムクド、あなたは本当に鳥頭ですね。格の違いというものをなぜいつまで経ってもご理解されないのでしょうか。ミゴーにはわたし、こう教えたはずですよ、格上相手に、1対1で挑むなと」
「うるせぇっ! いつまで偉そうに教官づらしてんだオメェはヨォーッ!!」
激高に矢先がぶれる。少しおっかないがぶれている間に撃たれることはない。
「わたしはあなたにとって格上の存在です、だからあなたは人質を取った、そこまでは良いとしましょう。点数を付ければ60点ほどですよ」
繰り返しましょう、ムクドはバカです。自由な翼を持つ反面、知恵が足りない。
翼におごり、己が何者を捕食しようとしたのか理解出来ていない。
「しかしなぜ、その子を人質に選んだのでしょう。あなたより、ずっとずっと格上の存在だというのに」
「ボケたのかよジジィ! ゲヒャヒャヒャヒャ、しょせんガキだ、大したことなかったぜェー!」
「パティア、抱き止めてあげますので、やっておしまいなさい。そいつは、わたしたちの生活を脅かす、悪いヤツです!」
わたしはパティアのバックからナコトの書を取り出した。
こっそりとアンチグラビティを発動させ、続いてパティアにそれを投げ渡す。
「妙なことをすんなヨォッ、そこを動くなヨォォ!」
ムクドは天より矢を放った。
それをわたしは神速のレイピアで、約束通り動かずに斬り払う。
往生際悪くさらにもう6発撃ってきたので、全て払い斬ってやった。やはりわたしの得物といったらエペよりレイピアですね。
「てめぇっ防ぐなヨォォッ! この娘を殺すって、いってんだろがヨォォッ!!」
「よく見て下さい、ほら言われた通りこの場所から動いてはいませんよ。そこを動くなとあなたはわたしに命じたではないですか」
「そういう意味じゃねぇ! このクソネコがっ、もう1発撃つからっ、今度は防ぐんじゃねぇっゾォォッ!」
時間稼ぎは済んだ。ムクドの命運もここまでだ、ヤツは矢をつがい、再びわたしに向ける。
格下と思い込んでいた相手にやられるとも知らずに。
パティアの手にナコトの書が張り付き、禁断の術の発動を待っていた。
「ねこたんいじめるの、だめだぞーっ! いって、わかないなら、わるいやつは、パティアがたおすっ! がぉぉぉーっ、いくぞー、めぎど、ふれいむぅぅー!!」
無力な人質だと思い込んでいた相手から、怒りの業火がムクドに放たれた。
「あっ熱っ、なんっ、ギャッ、ギャォォォーッッ?! な、なんだよこれはヨォォッッ?!!」
「う、うわああーーーっ?!」
ムクドは炎に焼かれて墜ちていった。
このときのためにアンチグラビティをわたしは発動させておいたのです。
ネコヒトは高々と飛び、パティアを奪い返すついでにムクドを蹴り飛ばす。
「ねこたんっ!!」
「はい、お疲れさまです」
消えぬ炎に巻かれてムクドは地を転げ回った。
暴れれば暴れるほど消えない炎が全身に燃え広がる。
やがてムクドの身体はローストチキンどころか白い灰となって崩れ消えていった。パティアの怒りがそうさせたのでしょう。
「やったーっ、ねこたん、パティアやったぞー! わるいとりさん、パティアのまほーで、ちんだ!!」
発展途上でこの殺傷力です、もし腕に燃え移れば腕ごとを切り落とすしかない。
それが不滅の業火メギドフレイムの恐ろしさです、パティアが敵を許さない限り消えない力、相手の殺害を望めば簡単に出来てしまう。それがこの子の成長を狂わせる。
「お見事ですパティア、がんばってあなたを育ててきたかいがありました、あなたは強くなりましたね」
「え、えへへー、だろー! おとなになったら、パティアが、ねこたんまもってやるぞー! それが、おんがえしだ!」
「しかしね、彼はわたしの遠い仲間、とも言えなくもない間柄でした」
「ぇ…………やっつけちゃ、だめだった……? でも、わるいやつだって、ねこたんが……」
わざとわたしはパティアを傷つけました。
その力がもたらすものが彼女を毒する、それだけは避けたい。一時の罪悪感を堪えた。
「因果応報、自業自得、パティアは悪くありません。ですけど、今抱いたその気持ちを、大きくなっても忘れないで下さい。わたしはその力に溺れてほしくないのです」
力があれば、その力で何かを果たさなければならないと勘違いを起こす。
しかしそれは違う、大事なのは本人の意思です、最強の力を使わない選択もまた正しい。
……するとようやくですよ、騒ぎを聞きつけてバーニィがわたしたちの前に飛び込んできました。
「おいっさっきの叫び声はなんだっ、何があったよっ?! 無事かパティ公っ、痛いところがあったら言えっ、薬を塗ってやるからな!」
「バニーたん、すこしおそかったなー。へへへー、だいじょうぶだ、パティアがなー、ねこたんをまもった!」
「はぁ~、なんだそりゃ?」
「平たく言えばわたしの追っ手が来ました。報告をされる前に倒せましたが、ここで手兵が失そうしたことが、向こうに知れてしまったという意味でもありますね」
これはちょっとまずいです、下手すればこれは、わたしたちの隠遁生活の崩壊の危機となります。
どうにか手を打たないと、今の生活を維持することすら困難になるかもしれない。
「つまり魔軍か、やべぇじゃねぇかよそれ!?」
「すみません、よっぽどわたしを殺したいやつがいるようで、ご迷惑をおかけします」
イカサマ使ってでも切り抜ける他にありません。
大丈夫です、できるかどうかは未知数ですけどそのイカサマの種は用意してあるのです。
「あんしんしろ、パティアが、やっつけてやるぞー。ねこたんのもふもふ、まもるためー、パティアはゆくー!」
「ではそのときはぜひ、協力していただきましょうか、パティアさん」
「おう、まかせろーっ、パティアはもっともっと、もっとつよくなって、ねこたんと、あとバニーたんも、まもるからなー!」
何とも頼もしいことでしょう。
それは人類最強の、実に頼りがいのあるお子様でした。




