0-03 猫と娘の出会い 寝てるときにモフるのは個人的に賛否両論なのですが?
「パティア、それには触れるな……。それはおそらく、まだ生きている……」
「う、うん……だって、ふかふか、だからさわりたくなって。おとーたん、だいじょうぶ?」
「大丈夫だ……お父さんはこんなところで、ああ、何でもない」
「おとーたん、ほんとうに、だいじょうぶ……? パティア、おとうたんが……いたいのいや」
寝苦しい……。
なんだ、何か暖かいものが腹の辺りに……。
「パティア、だからそれには触れるな……それは、猫ではない。ネコヒトだ……」
「ネコヒト……? ねこ、にんげん? ふわふわ」
誰かがわたしの身体をベタベタと触れている。
色あせたとはいえ自慢の、ふわふわでさらさらの毛並みを誰かが……。これはまずい、休眠状態を急ぎ解かなければ……。
「ネコヒトは魔族、人間と敵対しているんだパティア。だから、それを、っ……刺激すると、危、ない……」
「おとーたんっ、だいじょうぶか?!」
「だ、大丈夫……お父さんはお前を守りきるまで、う、ううっ……」
「おとーちゃんっ、いたいのかっ、ふ、ふぇ、ふぇぇぇ……おとうたん……」
2人いる……誰です、わたしの生存を脅かす者は……。
この臭い、まさか、人間……?
「泣くなパティア、お父さんは平気だ。それに今泣いたら、そこのネコヒトが……っ。うぉっ!?」
「ふぇ、ふぇぇ……。ふへ……? あ、ねこたん……?」
休眠して間もない状態で人間と接触することになるなんて、わたしはついていない。
そうだよ、わたしがネコヒトさ。違うよ、ねこたんではない、ネコヒト、それがわたし。
おおかた魔界討伐に来た人間のパーティだろう。ここは身ぐるみはいで……。
わたしはそっと静かにまぶたを開いた。
「おとーたん、ねこたんおきたー」
「パティア! こっちに来なさいっ、そいつは危険だ!!」
はて、これはいったい……。
わたしの目の前に8歳前後とおぼしき人間の子供がいた。
人の子供の持つ美しい髪、それもブロンドです。
昔、人間の子供の髪が好きで好きでたまらない、悪趣味な同僚がいましたっけ……。そいつもずいぶん昔に死にましたけど。
「おはおー、ねこたん、パティアはねー、パティアだよ。ねこたん、ふかふかでー、あったかくてー、きれい」
「こっちに来るんだっ、パティア! ネコヒトッ、言っておくが、娘に手を出したら殺してやるからな!」
きっと寝ぼけているのでしょう、こんなところに子供がいるはずがありません。
わたしはもう一度書斎机に横たわって目を閉じた。
父親の髪は娘とは逆に、藁のように艶のないものだった。
フフ……老いたといえどわたしの毛並みには人の子供だってかなわないさ。
「ね、寝直した、のか……?」
「おーい、おーいねこたん、おきろー、パティアだぞー」
「パティアッ、だからそれは起こしてはならんのだっ、うっうぐっ……」
「ふぇぇ……おとうたん、やっぱ、いたいのか……?」
うるさいです……触るのは許しますけど喋らないで下さい、寝れません……。
こっちはミゴーに気づかれるわけにはいかないのですよ。
あ、ああ、でも人間の指、それも子供の手に触られるのは少しだけ……ああ、気分がとろけていってしまう……。
はて、だけれどこの子の父親、もしかして怪我をしているのでしょうか。血の匂いがプンプンとわたしの眠気を阻害する……。
「うっうわっ?!」
「あ、おきたー、ねこたん、またおはよー。パティアだよ」
夢じゃない。なんでこんなところに人間がいるのでしょう。
いやそれよりこの子の父親、やっぱり怪我をしているじゃないですか。
「ミャー」
「おおっないたー!?」
「なんてネコヒトが言うとでも思いましたか、お嬢さん? ま、今言いましたけど。ミャー」
「パティア、頼むからこっちに……。そいつは……」
父親は右の二の腕から血を流していた。
他にも擦り傷が無数でボロボロですけど、その右手のやつがまずいみたいです、顔に血の気がない。
だから娘を止められなかったんです。
「こうなったら……っ」
「待ちなよ、おとうたんさん。おや、それってもしかして魔導書?」
父親が手のひらに収まるほどの手帳に持つと、それが魔力を放ちだして、なんと特大大判の本になった。
カチリとちょうつがいがひとりでに外れて、ちょっとまずいかもしれない展開になりつつあった。
「だから待って下さいっておとうたん。わたしは見てのとおりの丸腰、利き腕の左とあばらの骨折がまだ完治していません。怪我人同士がわざわざ争うのも、非効率で暑苦しい話だと思いませんか?」
おとうたんはわたしを警戒していましたが、やがてどうやったのか本を小さくしてくれました。
通常の魔導書とはだいぶ異なるみたいです。そもそも魔導書そのものが、人間の世界では焚書の対象になっていたりする。
つまりこの親子、どうも訳ありってことですよ。
「それに、わざわざわたしと同じ部屋で休んでいることに、何かしらの意図を感じなくもないですね。……何かわたしにご用でも? おとうたんさん」
わざわざわたしのいるこの司令部を選ぶ時点で、おかしいと思います。
わたしの眠りがあまりにやすらかなので、気づかなかったという可能性もありえますがね。
「ネコヒトは、魔族の中では温厚と聞く……」
「おおー、いいねこたん、ってことかー?」
「お嬢さん、わたしはいい子ではありませんよ。ミゴーのような悪趣味な魔族とは、一線を画しているというだけで」
早くも何となく見えてきた気がする。
彼の状況、わたしという存在。それ自体は彼からすればとてもよくない。
「子供を食う趣味は……?」
「あるわけないじゃないですか。これでもわたし、魔界の派閥では穏健派寄りだったんですよ。……追放されてしまいましたけど」
魔界には様々な種類の魔族がいます。
それぞれの性質、立場が今の三魔将、3つの派閥を生み出しました。
「追放、何をしでかした」
「見てわかりませんか。何もしてないのに殺されかかったから困ってるんですよ。わたしの1日16時間睡眠の優雅なる生活が、よっぽどお気に召さなかったらしいのか、惰眠罪、とやらだそうで」
「おおー、しゅ、しゅごい! パティア、そんなにねれないぞー、ねこたんしゅごいな! てんさいか!?」
ほら、こう言ってくれる子もいるんですよ。
1日16時間眠って何が悪いんですかね。戦力としてこの上なく使いにくい? わたしの知ったことではありません。
「なら……ネコヒトよ、取引をしないか……?」
「かまいませんが、その前に1つ断っておきましょう。わたしの名前は、ベレトートルート・ハートホル・ペルバストです」
「自分はエドワード・パディントン、こっちが娘の……いや、言うまでもないか」
「パティアだぞ。えーと、うーん、あーと……ベ、ベレ……ベルたん?」
パティアお嬢さんにとって、わたしはただ大きいだけの喋る猫でしかないようです。
まだ小さな子供です、大目に見ますか。
「それでかまいません、よろしくパティア。それで? 取引というのをうかがいましょうか、おとうたん」
「ああ、実は……」




