32-5 第二次ネコタンランド騒動 - 再決議 -
その晩もバイオリンとチェロの二重奏が奏でられ、湯上がりを迎えた新しい住民を歓迎しました。
今夜のメインディッシュはボアのトマト煮込みです。それとまあ、仕方ありませんから、作り置きの魚肉の薫製も奮発して食卓の皿に加えましたよ。
さあ歓迎パーティの始まりです。
といってもわたしが指示したわけではなく、半ば里の総意みたいなものです。
わたしたちの仲間になりたい。この生まれたばかりの里を支援したい。その気持ちが里の者からすれば嬉しかったのでしょう。
彼らの気持ちに感謝しないわけがありませんでした。
「お上手お上手!」
「パティアかわいい!」
「思ってたのと違うけど、パティア好き!」
うちの娘は調子に乗りやすい。
食事を大急ぎで平らげると、彼女はアルスとマドリの弦楽二重奏に加わりました。
「へへへ、パティアもー、ねこちゃんたち、だいすきだぞー」
「わふぅぅぅーっ、パティアすわぁぁーんっっ!!」
そうして未熟な竪琴の旋律を奏でながら、ネコヒトの新顔たちに無垢な笑顔を浮かべるのです。
心より楽しそうに、さらにネコヒトだらけになった光景に幸せを噛みしめていました。
これでネコヒトがわたしを含めて28名となりました。
またもや漁師を増やす必要に駆られるとは、今日まで思いもしていませんでしたよ……。
気持ちが嬉しい反面、やはり魚の分け前が減るのだけはどうにも……。
ですがまあ、それでもこれはめでたい席です。わたしもフルートを持って合奏に少し加わった後、リセリも呼んでイヌヒトとネコヒトの来訪者を歌と音楽で歓迎しました。
●◎(ΦωΦ)◎●
ついつい夢中になっていたようで、わたしたちは時間を忘れてしまっていました。
合奏が終わるとあくびを上げる子供たちやネコヒトが増えて、宴は既にたけなわの時刻になっていたようです。
ところがパティアが竪琴を置くと立ち上がりました。
それからあのときのバーニィのように、彼女はとんでもないことを言い出したのです。
「ちゅーもーくっ! あのなーっ、みんなきいてねー! きょうは、パティアからなー、だいじなはなしが、あるのだ……」
「ありゃ、なんかどっかで見た流れだな……」
どうやらバーニィのやり方を模倣したようです。
集まっている注目を利用して、パティアは何かを画策していました。
「おらテメェら黙れ! パティアさんの有り難いお言葉だっ、眠りこけやがったらぶん殴ってクビにするぞ!」
「パティア様!」
「パティア様のありがたいお言葉!」
それにネコヒトとイヌヒトのパティア崇拝者たちが乗っかりました。
それがマズい流れであることに、その時のわたしはまだ気づいておりませんでした。
「へへへ……バニーたんとちがってー、パティアあいされてるなー」
「そりゃどういう意味だ、パティ公」
「そのままの意味だ。バニー、俺はあの時のことを、まだ忘れていない。このスケベが……」
ちなみにラブレーは男爵にからまれていました。
そういった面では彼にとって助け船だったようです。
「おいおいリックちゃん、男がスケベで何が悪いよ?」
「全部だッ! バニーッお前の場合は行き過ぎだ!」
リックとバーニィについては割愛しましょう。
クレイの妹シベットとネコヒトたちは、パティアが何を言い出すのか今か今かと見つめています。
こうした注目の中、パティアは少しもおくびれずにこう言いました。
「あのなー、やっぱりなー……ねこたんいっぱい! やっぱり、ネコタンランドにしよーっ?!」
「ちょっと待って下さい、もう決まった話を蒸し返さないで下さいよっ! それにそんなほいほい名前を変えていたら、外部の者が混乱します!」
パティアはまだ諦めていなかったのです。
ニャニッシュではなく、ネコタンランドがやっぱり良いと声を大にして主張しました。
しかも今のパティアは当時と違って、より多くの支持を得てしまっている……。もし議決に入られたら押し切られる可能性があります。
「それは面白いにゃ、みゃーは賛成だにゃ♪」
「お、お兄ちゃんっ!?」
「ちょっとクレイッ、無責任なことを言わないで下さい! あなたはただ面白がってるだけでしょう!」
食堂の面々の様子をうかがってみる限り、パティアの意見に好意的な態度を示す物が多い。まずいですこれは……。
「かわいいですよね~、ネコタンランド♪ 私もパティアちゃんに賛成です♪」
「シスター・クークルス、あなたまでそんな……」
猫耳の生えた元シスターさんは、明るく朗らかに手のひらを合わせてパティアに賛成しました。
さらにまずい、彼女は特に子供たちの票を多く持っている大物なのです……。
「ダーン?」
「お、おいらぁ、パティアに、従うだ……」
「ちょっとダン、あなたまで……。あなたほどの大人が子供に良いように使われないで下さい……」
完全にもう流れができてしまっています。
予想していませんでした。まさかこんな一手を娘が打ってくるとは夢にさえ。
「じゃ! た、たー……た……なんだっけ……。えーと、うーんと、あっ、たすけつ! たすけつとるぞー! ネコタンランドにー、さんせーのひとー!!」
これぞ数の暴力、衆愚政治の権化です。
わたしをのぞくネコヒトの総員、その場にいた男爵にイヌヒトたちも漏れずに元気な挙手をされていました。
さらに蒼化病の子供たちの大半まで手を上げていたのですから、もう勝負になりません……。
提案に手を上げなかったのはわたしとリック、バーニィ、パウル夫妻にアルスとマドリくらいでした。
「へへへー、きまりー! きょうからー、ここはー、ネコタンランドになった!」
まさかこんな簡単にくつがえされてしまうなんて……。
しかしネコタンランドがついに多数決による過半数を得てしまった以上、対処を間違えればそれは対立を招くでしょう……。
「バンザーイバンザーイ」
「パティア様最高です!!」
「へっ……パティアさんのカリスマを知っていりゃ、当然の結末だろうぜ……」
「ねぇシベット、ネコタンってベレトートルート様のことだよね。ならいいよね」
「うん……。それにやさしいパティアのお父さんの名前なら、良いと思う……」
どうしましょうこの事態……。
ここでわたしが強引に介入すれば、やはり要らぬ反感や混乱を招くかもしれません。
しかしだからといって、ネコタンランドという名は……。
「しょうがねぇ、里の名前はニャニッシュ、国の名前はネコタンランド。もうこれでいいじゃねぇかよネコヒトよ」
「よくありませんよ……」
とはいえ多くのネコヒトが移民した今となっては、当時あえてネコタンランドを避けた意味合いも薄れます。
それはまあわかっていますが、ですが、それにしても里の名前にネコタンランドはないでしょう……。
「教官、外の情勢は、男爵に聞いた。もういいんじゃないか……?」
「ふむ、なかなかかわいいじゃないか。挙手はしなかったけど、どっちかというとボクも賛成かな」
「えと、でもエレクトラムさんは困ってるみたいですけど……」
リード、あなたは本当に良い子ですね……。
ええ困っていますよ、ねこたんねこたんと呼ばれるわたしがランドなんですから、それじゃまるで王様です……。
「諦めろ猫野郎、テメェはパティアさんを支える脇役なんだよ。わかったならさっさと、わきまえろ」
わたしが困惑していると、パティアがウサギ型のあのリュックから何かを取り出しました。
それはカサカサに乾燥してしまったアレです。あのときパティアがわたしにくれた花輪でした。
「ねこたん、おねがい」
「お願いときましたか……」
それをイスに腰掛けるわたしの頭に乗せて甘えるのですよ。
すると張り合うのがバカらしくなってきました。たかが名前です、和を乱すほどのことではない。そう思うことにしましょう。
「わかりました……」
「ほんとかー!?」
「ええ。バーニィの案でいきましょう……国名はネコタンランド、地名はニャニッシュ、それでいいですね」
「へへへ……みんな、きいたかー!? ねこたん、ねこたんらんどで、いいってー! やったぁー!」
すると拍手喝采、はしゃぐパティアを中心に食堂は盛り上がりました。
はてしかしなんでしょうか、パティアがネコヒトたちに囲まれたようです。
「みんなパティアを胴上げにゃ!」
「ニャーニャー!」
「ミャーッ、盛り上がってきたミャ!」
「ぉ、おわっ、ちょっとまてねこちゃんたちーっ、おっ、おわぁぁぁーっっ?!」
なんだそんなことでしたか。
パティアが大好きなネコヒトたちに胴上げされるのを見届けて、あきれ果てた老人は現実逃避のために地下大浴場に逃げることにしたのでした。
「いよーしっ、ガキども! 次は俺たちの番だっ、ネコどもに負けねぇくらい高く上げるぞ、ワハハッ!」
「みんなウサギさんにパスだにゃ」
「や、やめろぉーこげにゃーん!? おちるぅーおちたらあぶないっ、ひぇーっ、わっ、おわぁぁぁーっっ!?」
たかだか名前が変わっただけだというのに、それはもうとんでもない大騒ぎです。
しかしそうなるとついつい娘が誇らしくなりました。
わたしの娘はこの里で誰よりも愛されている。この大騒ぎと胴上げはその愛の証明のようなものでした。




