32-1 猫と馬の隠れ旅
前章のあらすじ
エレクトラムの尽力により、ぬるい大浴場が本物の湯になった。
里の人々の誰もが喜び、彼に感謝の言葉を投げかけた。
そんなある日、空中庭園造りが再始動する。主に女性陣と、クレイを除くネコヒト総員で尽力してついに庭園を完成させた。
庭園には謎のバラ、シロピアンローズも移植され、誰もが初夏の訪れを夢見るのだった。
それからまたある日の晩の食堂、マドリのチェロと、アルスのバイオリン演奏が盛況を納める。
そんな中、ネコヒトは影から人々を見守り盗み聞きをした。
ジョグとリセリが一緒にお風呂に入る約束を交わしたそうだ。
カールの願いを受け入れ、パティアは迷宮に今度は男の子のオモチャが欲しいと祈ることにした。
キシリールがエレクトラムに本心を語った。
彼はハルシオン姫を悪王サラサールを倒すための旗印にしたい思いがあったが、里で幸せに暮らすハルシオン姫を見ていると気持ちが鈍る。
対するエレクトラムは彼女が里を去り、戦いに身を投じるのに反対だった。
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その日の晩餐がたけなわになると、バーニィが急に場をしきりだす。
彼は混浴は反対だと工事を止めていたことを暴露して、多数決で男女分離か、混浴かを決める流れを作った。
結果は混浴肯定が過半数。怒れるホーリックスによるバーニィのピンチに、ネコヒトが助け船を出す。
これにより風呂には折りたたみ式の仕切りが設けられ、夕方から晩餐までの時間以外を混浴とすることに決まった。
ところがバーニィのスケベ心は止まらない。
風呂の仕切りが完成したその後、スケベなおっさんは混浴の時間の浴室にて、木箱の中に身を潜める。
その箱の中から待ち伏せしていたマドリの裸体をのぞき、男とは知らず興奮と密閉空間の熱気にクラクラとする。
しかし結局はバレてマドリには逃げられ、翌日相談を受けたネコヒトによってくだんの木箱は即撤去されたのだった。
もういい加減にして下さい、バーニィ……。
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第二次ネコタンランド騒動
マタタビは魔界猫の夢を見るか?
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32-1 猫と馬の隠れ旅
牝馬ピッコロの馬上から見る森は、何もかもが変わって見えます。
ネコヒトの背丈からは見えない森の奥や、その先の起伏がたやすくうかがえて、それに空までもが近づいたように感じられる。
かく言う今はピッコロのひづめが森の土を踏み締め、軽快なギャロップでわたしをカスケード・ヒルに運んで下さっていました。
こんなに賢い馬はそうそういません。
わたしがあれこれと手綱を操作するのは、森のモンスターとの接触を避けるときくらいに限られました。
「お互い無口で困りますね……。おっと、すみませんがそちらは迂回しましょう」
ピッコロが小さないななきを上げて、おとなしい横顔でわたしをちらりと見ました。
やはり好かれているようです。わたしが軽く彼女の首や頭の後ろを撫でてさしあげると、身軽なギャロップが加速する。
さてそろそろお察しかと思われますが、現在の状況をご説明しましょう。
今、隠れ里の外では様々な勢力、様々な目論見がうごめいています。
ですから今回はわたしとピッコロでの隠密行動を選ばせていただきました。
騎士アルストロメリアとイヌヒト・ラブレーは同行を望んで下さいましたが、今回ばかりは断るしかなかったのです。
北部ギガスラインでの殺戮派とベルン王国の衝突が、どんな予想外のトラブルを引き起こすかわからない。ここに至っては慎重になるべきでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
カスケード・ヒルまであと半分はあるでしょうか。
そろそろ少し休憩しようかと思っていたところに、ちょうど良い物を見つけました。
「ピッコロさんすみませんがこちらに。……ありがとうございます、少し飛びますのでご了承を」
わたしに振り返る彼女といななきを確認すると、白いネコヒトは馬上より近くの樹木に飛びました。
目当てはその木ではありません。三角跳びの足場にして、身軽なわたしは通常では絶対に届かない場所にあるサルナシのつるをレイピアで斬り落としました。
するとピッコロが馬から猟犬に変わりました。
着地したわたしが立ち上がると、目の前にサルナシのつるをくわたピッコロさんがいらしたのです。
それを受け取ると、つるにたくさん実ったサルナシの実を、彼女はそれはもう物欲しそうに見つめだします。
「ブルル……」
「ちょうど良い物を手に入れたことです、少し休みましょう」
その小さな実を3つもぎ取って、ピッコロさんに差し出すとたった一口で消えていました。
わたしも1つ口に運んで味を確認すると、なるほどまだ酸っぱいです。
「ちょっと酸っぱいですが、あなたは全然平気そうですね……」
ピッコロさんが甘えるようにいななきを上げて、もっとくれと言いだしました。
ここまでわたしを運んで下さったお礼もかねて、残りは全てピッコロさんに差し上げることにしましょう。
「男爵のところまで行けば、もっと食べがいのある穀物や野菜をもらえるはずです。あと一息がんばって下さいね」
返事の代わりにピッコロさんはネコヒトの毛並みに顔を擦り付けます。
……ここからはわたしの勝手な推測ですが、彼女は男爵に会いたそうな顔をしていたかもしれません。
ああちなみにですが、今日はアンチグラビティを使っておりません。
カスケード・ヒルにもう少し近づいたら、慎重を期して潜伏魔法ハイドを常時発動したままにしておくための、温存策といったところです。
「おや、ちょっとピッコロさん、急にどちらに……?」
「ブルッ、ブルルッ……」
ところがです。少し休もうと言ったのに、男爵の名前を出したのがいけなかったのでしょうか。
ピッコロさんがわたしを置いて森の横道にそれてゆきます。
どうやらわたしを森の奥に導きたいようで、進んでは足を止めてこちらが追い付くのを見つめておりました。
「おや……。これは珍しいですね、野バラですか」
ピッコロが栗毛の尻尾を得意げに揺らしました。そこに野バラが群生して、ピンク色の花を咲き誇らせていたのです。
見ればその根本には小さな魔石が生えており、その魔力を養分として吸って狂い咲いたのではと推測が立ちました。
すると眺めているだけのわたしに焦れたのでしょうか。ピッコロさんが高くいななきました。
「アルスへのプレゼントですか?」
しかしどうやら違ったようです、彼女が首を横に振って否定しました。
「違うと。はて、まさかわたしにだなんて言いませんよね?」
わかっていましたがそれも不正解だったようです。
牝馬はいななきと共に、前足を上げて抗議してきました。
「フフ……冗談ですよ。あなたが花を贈りたがる相手なんて、アルス以外となるとパティアの他にいません」
「ブルルッ……!」
また綺麗な栗毛の尻尾を振って、ピッコロさんは機嫌を良くされたようです。
あまつさえわたしに寄ってきて、嬉しそうに肩を甘噛みしてくるほどですから。
「ヘンリー男爵に頼んで花束にしてもらいましょう。そしてあなたと男爵からパティアに、ということにするのはどうでしょう?」
「ブルッ、ブルル……ッ♪」
ピッコロは本当に良い馬です。
さらに機嫌を良くして、それからかわいい彼女は飽きもせずその横顔をわたしにすり付けるのでした。
まあそういったわけでした。
女性が喜びそうな、ピンクの小さくてかわいい野バラを摘んで、わたしとピッコロはその後カスケード・ヒルへと再出立したのでした。
これだけ賢くて大人しい馬は世にそうそういません。ピッコロはアルス――いえ、ハルシオン姫が惚れ込むのも当然の名馬でした。




