31-2 弦楽二重奏の夜 - 盗み聞き -
これは庭園工事が完了した翌日の夜のことでした。
それぞれがその日の持ち場より戻り、あの湯船で一日の汚れを落とすと、いつものように食堂へと集まって団らんのひとときを過ごしました。
毎日着実に進んでゆく里の開拓風景は、誰から見てもやりがいと達成感に満ち満ちて、仕事から帰ってきた彼らはいつだって誇らしげでした。
これは笛を吹くネコから見た、そのときの彼らを傍観した際の出来事です。
その日の食堂も石鹸の香りと、少し脂っぽい肉料理の香りが漂っておりました。
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その日の晩餐はタマネギとニンジンとカブの暖かいスープと、いつものワイルドボアの焼き肉、それと久々のハチミツ入りのパンでした。
その食事を皆さんより一足先に平らげて、わたしはいつもの場所で笛を吹きます。
今日もがんばってくれた皆さんのために、フルートのやわらかい音色でねぎらいたかったのです。
事実、中には食事を止めて聞き惚れてくれるくらい、この余興を楽しんで下さる方々もいました。
その中にクレイが混じっているのがおかしなものでしたがね。
さてさてこれで6曲目くらいだったでしょうか、次の曲を頭の中で選んで再び笛を構えると、わたしの前にアルスとマドリが立ちました。
「待った、そろそろ交代しよう。というより場所を変わって欲しい、次はボクらの番だ」
「すみません、昼間約束してしまいまして……。アルスさんと、バイオリンとチェロで二重奏をしようって……」
わたしは即座に立ち上がり、お辞儀と一緒に腰掛けていたイスを譲りました。
これを楽しみにしていたのですから。
「どうぞどうぞ、もちろん構いませんよ。お二人の奏でる旋律は、わたしの生きがいでもありますからね」
本当に、新しい楽器が欲しいと言い出した、パティアの気まぐれに感謝したいくらいです。
音楽を奏でる楽しみと聴く楽しみは別々のもので、どちらか片方だけでは満足は成り立ちません。
「きょ、恐縮です……」
「そうそう、そこまで言われると照れくさいよネコくん。しかし期待された以上は、応えなくてはならないだろうな、貴公子として」
「自分で自分を貴公子だなんて言う人、生まれて初めて見ましたよわたし」
騎士アルストロメリアになりきる姫君と、控えめな公子様と持ち場を代わってネコヒトは食堂の壁に身を預けました。
このまま席に戻ると、だいたいバーニィやパティアにからまれます。
せっかく2人の二重奏が聴けるのです。それをさかなに、少し静かに人々の生活を眺めたい。この光景を、どこかでザガが喜んで見ているとしたらとても気分が良いですからね。
「では皆様、少しばかりボクらにお付き合い願おう」
「な、なぜ肩を……っ。あ、よろしくお願いします……」
「てめーアルスッ、馴れ馴れしくマドリちゃんにくっつくんじゃねーっ!」
余計な雑音は聞こえなかったことにしました。
いい歳したおっさんが若い連中になに嫉妬してるんですか……。
「がんばってアルス様!」
「まどりんがんばれぇーっ」
ほどなくしてチェロとバイオリンの二重奏が始まりました。
バイオリンの音色は甘く悲しく、チェロは方はずっしりとした暖かい音色で食堂を包み込み、徐々に元通りの騒がしい喧噪が広がってゆく。
いいコンビでした。穏やかなリードらしい緩やかな低音と、気高く情熱的なハルシオン姫の高音が重なり合うと、彼らにしかできない音楽になるのです。
今のわたしは傍観者、たまにこうやって影に潜んで人々の姿を観察するのが小さな楽しみでした。
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リセリとジョグが真っ先に目に付きました。
なにせこの2人、ただ向かい合って席に座っているだけで微笑ましいですから。
「あの……ジョグさん……えっと、あの……」
「ん~? どうしたリセリぃ、遠慮しないでよぉ何でも言いたいこと言うべ」
「じゃ……じゃぁ……耳を貸して、下さい……」
「ああいいべよ、何かして欲しいならよぉ、はっきり伝えるのも大事だべ」
ジョグが向かいのリセリに、巨体を折り曲げて耳を寄せます。
盲目で成長不良ゆえに小柄なリセリはその耳元にしがみついて、それからこう言ったようです。
「後で……お、お風呂、ご一緒、しませんか……ッッ、ッ~~……!」
「フゴッ!?」
わたしに盗み聞きされているとも知らずにです。
ジョグが硬直して、そのまま2人とも動かなくなってしまったので、視線を別に移すことにしました。
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カールとジア、それにうちのパティアが何やらわいわいと話し込んでいます。
そちらにネコヒトの耳を向けて、わたしはまた盗聴することにしました。
パティアのことですから、いつとんでもない思い付きをしでかすか、わかったものじゃありません。
警戒しておいて損はないでしょう。
「べつの、おもちゃかー?」
「そうだよっ、しろぴよの人形なんて、なんか子供っぽいじゃん! もっとこうっ、俺は男らしいやつが欲しいんだよっ!」
何の話かと思えばあのことですか。
それはパティアが迷宮にちゃっかり願った、しろぴよさん型のお風呂人形のことでしょう。
「ちょっとカールっ、あんた欲張ってるんじゃないよっ! ならバーニィさんに作ってもらえばいいじゃん!」
「だって……あのおっさんなんか、最近ムチャクチャ忙しそうだし……。それに、俺の歳でオモチャが欲しいなんて言ったら、全力でからかうよあのおっさんっ、そういう男だもんアレっ!」
バーニィのことですからきっとそうなるでしょう。
今は良いですけど、カールたちがからかわれた恨みを引きずったまま大人になることを、わかっているのでしょうか、あの不良中年は……。
大人になった子供たちに冷たくされてもわたしは知りませんよ。
「めーきゅーに、おとこのこのおもちゃ、おねがいすればいいのかー?」
「そう! 頼むよパティア!」
「カールっ、そういうのズルだよ! みんな欲しいの我慢してるんだから!」
「わかった、パティアにまかせろ? うしおねーたんと、いっしょになー、ねこたんにはないしょで、いってくるぞー」
ちょっと……ちょっとパティア、ついこの前わたし言ったでしょう……。
悪いことをしてもすぐわかりますからね、と。
仕方ありません、リックの方にわたしが先手を打って、パティアにはサプライズで仲間外れにしたねこたんが同行する手はずにしましょうか。
「ほんとさ、パティアはイケメンだよね。カールの方はガキだけど、パティアはホントにやさしいよ」
「はぁっ?! 俺のどこがガキだよっ!」
「うん、身長と性格両方かな」
「ジアてめーっ、いちいち人をガキあつかいすんなよっ、お前こそマジで性格悪いかんな!」
「ぉぉ……なかよし……?」
全く困ったお子様でした……。
ええそうですね、本人たちは気づいてないみたいですけど、この二人はとっても仲良しなんですよ。




