31-1 総仕上げ ネコたちが作る空中庭園 - シロピアンローズ -
庭園の花形はあのシロピアンローズです。
しろぴよさんの糞より生えてきた不思議のバラを、これからこの庭園に植林します。
「まっすぐ、まっすぐ、そのまままっすぐお願いしますリックさん。貴重なものなので、できる限り傷とかは……」
「わかっている、もう10回以上は聞いた、からな……」
こういった難しい力仕事をこなせるのは彼女の他にいません。
まだ苗木の状態のバラを根と土ごと掘り返して布で包みました。それを今力持ちのリックが抱えて、それをリードが誘導しています。
「すみません。あっ、そこ気を付けて下さい、乾いた土で滑るかも……っ」
「なるほど、確かにこれは、レアル殿のご子息だ。……いや、失言だった、すまん」
この七色の葉を持つ幻想的なバラを、リードは里の誰よりも大切にしていました。
珍しいもの、面白いものを大切にしたがるところは、アルマド公爵家の歴代当主とも一致します。
「うっ……そのことはどうか、内密に……バーニィさんに知れたら、どうなってしまうのか想像しただけで、怖いです……」
「むしろ、バニーにはぴったりの、良い劇薬になる、と思う」
彼らのことはさておき、ネコヒトたちの主な仕事は土の運搬です。
力仕事は苦手だというのに、お人好しにも彼らは一番大変な仕事を受け持ってくれたようです。
そうでなければ、この庭園工事を男手不足で先延ばしにしなくてはならない。そういった側面もまたありました。
まあそういったわけでしてね、齢300年のわたしも運搬に加わって、何度も何度もバルコニーに上っては下りましたよ。
「皆さん大丈夫ですか? 大変ならやはりゴネて、もっとたくましい連中と交代させますが」
「とんでもない! お庭造り、楽しいです! こっちに移り住んで良かった、夏が楽しみですね!」
「最長老様こそ、あまりご無理をにゃさらないでほしい。力仕事は我ら、ニャンコ衆にお任せあれ」
男衆ならぬニャンコ衆だそうです。
同胞ながら頼もしい方々でした。といっても力仕事はやはり苦手なのですが。
「その最長老という呼び方はどうにかなりませんかね……。わたしは里にもほとんど帰らない、はぐれ者も同然だったでしょうに……」
土の運搬はバーニィやカールたちが作ったモッコという道具を使います。
2本の木の棒に、つるで布をくくりつけたものです。その布の中に土を入れて、はるばるバルコニーまで運ぶのです。
二人分の体重と土が加わりますから、安全を期してルートは城の崩落部から城内に入る遠回りを選ぶしかありません。
「そんなこと言わないで長老、ここを第二のネコヒトの故郷にしましょうよっ! 噂を聞いたら、もっともっと仲間が集まってくるに決まってますミャ!」
クレイの従姉妹ダマスカスまでおかしなことを言い出します。
「お花楽しみだね長老、パティア様が喜ぶ姿が見えるよ~」
「それでは里がネコヒトだらけになってしまうじゃないですか……。ええ、そうなったらパティアはとても喜ぶでしょうがね」
パティアは彼ら若いネコヒトたちのアイドルです。
シベットへと向ける無垢なやさしさがさらに彼らの心をつかみ、さらにパティアを大好きにさせました。ちなみにそのシベットには種まきをお願いしました。
「ねこたーんっ、こっちこっちー! こっちに、つち、おねがいなー!」
「あ、パティア様!」
2階の通路を進んでいると、バルコニーからのまぶしい光の向こう側にパティアの姿がありました。
すると効果てきめん、その場にいたネコヒトたちの足取りが加速します。
「パティア様のためなーら、えーんやっ、こーらっミャ!」
「ちょっとあなたたち、どれだけパティアのことが大好きなんですかっ、後でバテても知りませんよ……」
「がんばれー、がんばれネコちゃんたちー! みんなで、おはないっぱい、そだてようなー」
こうしてかけ声一つでネコヒトたちのやる気が燃え上がって、城外の土がどんどんとパティア指定の場所に盛られてゆきました。
最長老様は、若い人たちのペースに付いてゆくのが辛くなってきましたよ……。
「ありがとー、ねこちゃんたちー♪ あとでじゅんばんにー、パティアがじきじきに、もふもふ、してあげるからなー」
「みゃー♪」
「みゅーっ♪」
「ふみょーっ♪」
パティアの手さばきはつくづく魔性の技でした。
里のネコヒトたちは漏れなく歓喜に尻尾を揺すらせて、パティアの周囲に集まり毛皮や尻尾をさりげなく押し付けています。
とんだネコヒトたらしもいたものです。
猫っぽく鳴くとパティアが喜ぶことを学習して、クレイのようにプライドをかなぐり捨てる者すらおりました。
「へへへ……えへへへへへ……♪ ねこちゃんたちのふわふわ、いっぱい、ふわふわぁ……きもちいい、えへへへへ……」
「パティア、いきなり気持ち悪い笑い声を上げないで下さい……」
「だって、ふわふわが、すりすりで、たまらない……。パティアはなー、ねこちゃんたちに、かこまれて、ねたいとしごろだ……」
「好きですミャパティア様っ」
「自分も大好きですパティア様ーっ!」
もう何も言いません。にゃんこ衆は今日もパティアにメロメロでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
こうしてその日1日で工事が一気に加速して、土の運搬と種まきが完了しました。
空を見上げれば太陽は魔界の暗雲に飲み込まれかけて、夜の始まりをわたしたちに告げています。
「ふぅ……みんなお疲れさま。後は種が芽吹くまで管理するだけだ、よくやってくれたね」
「そーゆーなー。パティアと、あるたんのなかだ、よべば、いつでもおてつだい、しにくるからなー」
「ああっ、特に君のおかげで仕事がはかどったみたいだ。ほら想像してごらん、夏になったらこの辺り一面に花が咲いて、それはもう美しい花園に仕上がるよ」
「ぉぉ~~……それは、わくわくしてきたなー! はなぞの……でへへ、そーゆーの、パティアは、きらいじゃない」
男の子っぽいところがありますけど、パティアは花が大好きです。
あのときわたしにくれた花輪の王冠は、部屋の壁にかけて今も大切に飾ってあります。
すっかりもうカサカサのドライフラワーになりかけていますがね。
「広いバルコニーだ、城の設計者には、感謝だな……」
「ええきっとあと2ヶ月もすれば育ちの早い花がつぼみを付けると思います。大事なシロピアンローズも移せましたし、私も初夏が楽しみになってきました……!」
リードは実家の庭園を思い出したのでしょうか。
彼の曾祖父のイスパ様は音楽だけではなく庭いじりも大好きで、はたから見た限りアルマド公爵家の血が騒いでいるように見えました。
「しょーかしょーか♪ ……なんちゃって、うふふふ~♪」
「あの、いきなり何を言っているんですかシスター・クークルス……」
それは少し涼しい、けれど日射しの暖かな春の日のことでした。
絶好の快晴に野鳥のさえずりが響き渡り、ぽかぽかとした日光がわたしたちの心までも暖めてくれた日に、女の子たち待望の空中庭園が完成したのでした。
初夏が楽しみです、本当に。
●◎(ΦωΦ)◎●
その後、土の運搬作業に泥だらけになったネコヒト一行は、一足先に入浴するご厚意を得ました。
毛深いがゆえにあまり混浴など気にせずに、温かい湯で汚れた毛皮を流していたところにそれは現れました。
「あ、パティア……」
「おーい、パティアも、きたぞーねこたんっ、ベットンっ、あとねこちゃんたちぃーっ、パティアと、いっしょにな、はいろー!」
すっぽんぽんで洗い場を走る悪い子パティアです。
「みゃっ!」
「みゅーっ!」
「ふにゃぁーっ、ようこそおいで下さいました皆様、歓迎しますにゃ♪」
それから湯気の向こうにもっと悪いやつがもう1人。
「クレイ、これは深い意味などない単なる世間話なのですが、あなた、いつからそこに……?」
「これはこれは大先輩、それは、お昼ご飯が終わってからぼちぼちにゃー」
「お兄ちゃんが、ごめんなさい……」
そのだみ声のふてぶてしいネコヒトは、昼からずっと仕事をサボっていたと正直に申告して、ネコヒトたち総員による大ひんしゅくを買ったのでした。




