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31-1 総仕上げ ネコたちが作る空中庭園 - 猫の湯 -


前章のあらすじ


 隠れ里ではとある問題が起きていた。

 クレイの妹シベットと従姉妹のダマスカス、ネコヒト10名が移民として定住したことにより、魚の分け前が大幅に減っていたのだ。


 この由々しき事態に対処するため、釣り人の増員と新しい舟をバーニィが作ることにめでたく決まり、その日の魚は全て、病のシベットへと分け与えられるのだった。


 それからある日の夜、ネコヒトは地下のぬるい風呂にてザガと会う。

 そのザガより湯温を上げる方法があることを教わる。またザガが興味本位でナコトの書に触れると、複製術コピー・マテリアライズがページに現れていた。


 しかしナコトの書のコピーを注文するには、プリズンベリル200個と、エレクトラム・ベルの魔力全て、それからなぜか彼の毛玉・小が10が必要だった。


 パティアとシベットがお見舞いとプレゼントを通じて親しくなっていったその後日、ネコヒトたちは迷宮を下った。

 パティアの援護を受けながらでかふくこと、ノーブル・オウルの元にたどり着く。すると隠された領域に案内され、その奥にあるという古城グラングラムの炉を彼単独で目指す。


 迷宮は彼に試練を課した。1つ目の試練は義父と義姉、2つ目の試練は聖王こと黒鬼のクーガ、そして最後の試練では魔王イェレミアの幻影が現れる。


 ネコヒトは試練を通じて遠い過去を受け止めて、主君イェレミアがもうこの世界にはいないことを認めた。


 彼は忠義よりもパティアや里の仲間たちを選び、無事に試練を乗り越え、グラングラムの心臓部である炉へとたどり着く。そこには女神が眠っていた。


 ザガと女神はネコヒトをグラングラムの後継者に選び、これにより炉そのものである女神が活性化する。それが地下大浴場の湯温を上げることにもなった。


 パティアはこっそりとその日も迷宮にオモチャを願っていた。

 それはお風呂で遊べるしろぴよの人形、それを湯船にばらまいて、パティアはご機嫌で湯船を泳ぐのだった。



 ・


―――――――――――――――――――

 初夏を夢見る春の日々

  猫の民は花園を夢見て湯に浸る

―――――――――――――――――――


31-1 総仕上げ ネコたちが作る空中庭園 - 猫の湯 -


 わたしは人々にすこぶる感謝されることになりました。

 それだけ熱い湯というものは、人々を魅了して止まない普遍的な娯楽の一つだったのです。


「ありがとう教官……。これからは、あの熱い風呂に毎日、好きなときに、いくらでも入れるのだな……。感動だ、今を生きる喜びが増えた、本当に感謝している教官っ!」

「おやリック、それはまた、あなたらしくもない大げさな表現になったものですね」


 特にリックが大喜びしてこんなことを言っていました。

 彼女は身体を動かしたり戦うのが大好きな子でしたから、流した汗の量だけ湯が一日のがんばりを労ってくれるようです。


「温かいお風呂って、あんなに気持ちいいものなんですね……。ジョグさんと、一緒に、入りたいな……。あっ、な、なんでもないです……っ」

「フフフ……よろしければわたしがお手伝いをしましょうか? ジョグが独りで入ってるのを見かけたら、あなたに教えて差し上げますよ」


 リセリも感動しておりました。

 彼女は目が見えませんから、湯が与えてくれるシンプルな快楽がとてもお気に召したようです。


「ぅ……あ、あの……でしたら、その、お願いします……ジョグさんの、お背中流したいから……」

「かしこまりました。まあ気長に待っていて下さい」


 いつも通りワイルドオークのジョグのことばかり考えて、蒼い肌を興奮に染めておりました。

 この通り熱い湯は誰も彼にも大好評です。たかだか毎日、お湯で体を流せるというだけで、里の皆さんの笑顔が目に見えて増えていました。


「うふふ~、ずっと浸かっていたくなっちゃいます♪ お仕事の疲れが溶けてゆくみたいで、私~、あそこでずう~~っと寝起きしたいくらいです……♪」

「はい、それは思うだけにしておきましょう。でないといつかは溺死しますよ」


 わからないでもないのです。

 清潔な生活はただそれだけで人に快適感を与えてくれます。


 畑仕事でドロドロになっても、一風呂浴びればベタベタしないさらさらの肌で、楽しい晩餐のひとときを楽しめる。

 様々な贅沢がこの世にはありますが、グラングラム地下の熱き24時間風呂は飛び切りも飛び切りでした。


「最高の贅沢ですよ。湯も驚くほど綺麗で、こんな湯はあのサラサール王のクズでさえ味わえないでしょう。ははは、何だかあちらに帰りたくなくなってきてしまいそうですよ……」

「いっそ本気で定住を考えては? キシリール、あなたならわたしたちは大歓迎です」


「エレクトラム殿、誘惑は止めてくれ、本気で心が揺らぐよ……」

「そうでしょうか、自分に正直になることの、何が悪いのです?」


 それにしても熱い湯船1つが、ここまで人を幸せにできるとは予想もしていませんでした。


 ですが湯上がりにみずみずしく上気した肌で、笑顔を浮かべている彼らを眺めていると、なんともうしましょうか。

 人の幸せというものは、もっともっとシンプルにできているのかもしれないと、そう思えてなりません。


「みゃー」

「みゅー」

「みょー」

「ふみゃぁー……♪」


 移民して下さった12名のネコヒトたちも例外ではありません。

 一緒に入浴しますと、湯船に浸かって獣に成り下がった甘い声を上げるのです。


「みんなこういってるにゃ。お魚に釣られていざ来てみたら、こ~んな気持ちいいお風呂が付いてきたなんて! みゃーももう一生ここを離れたくないにゃ!」

「別にあなたは帰ってくれてもかまいませんよ、クレイ?」


「酷いにゃ! 傷ついたにゃ今の!」

「ええ冗談です。わたしの許可なく里の外に出たら、その時点で裏切りと見なしますからね」


「みゃっ、それはそれで困るにゃぁっ!」

「よく言いますよ、わたしにはあなたが口約束を守るたまとは思えません」


 今もどこかであのザガ王と、眠れる女神はわたしたちを見守っているのでしょうか。


 わたしがグラングラムの試練に打ち勝ったことで、どういうわけか動力そのものである女神が力を取り戻しました。

 その細かい理屈はわかりません。しかしあれは必要な儀式だったのでしょう。


 仲間たちの笑顔を見るたびに、わたしはザガのあの言葉を思い出します。

 ただ民の幸せな笑顔を見たいという、王らしいと言えば王らしい願いは、今こうして叶えられていたのでした。


 ザガ、こんな平凡な光景があなたの望みだと言うならば、わたしもそれなりの善処をいたしましょう。

 なぜならわたしもまた、300年間の全てを見届けてきた亡霊だからです。


 今を生きる彼らの笑顔を見ていたい、手助けをしたい。あなたと慈悲深き眠れる女神の願いは、奇妙なことに共感できてしまうようなのです。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 長い前置きはさておき、これはわたしたちが熱い湯を手に入れたその翌々日のことです。

 城のバルコニーではその日、アルストロメリアの指揮の下で空中庭園の一斉工事が始まっていました。


 今回はシベットとその従姉妹ダマスカス、女の子たちほぼ全員とわたし、残るネコヒト10名全てを借り集めたようです。

 クレイですか? またどこかで仕事をサボっているのではないかと。


「手伝ってもらって悪いねネコくん。ああそうだ、今度良かったらパティアくんにはナイショで、背中を流してやろう」

「いえ結構です」


「フフフ……遠慮するな、見るからに洗いがいのある身体をしているからな」

「いいえそうではなくてですね、毛皮の油が抜け過ぎると、かえってガサガサになってしまうのですよ」


 ですので毛皮を持つ種族は毎日入らなくても別に良いのです。

 入浴するだけで気持ちいいので、入らないという選択肢は最初からこの里にありませんが。


「でしたら~、ここは、クーちゃんと一緒にはいりませんか、アルスさん♪」

「く、クーさんと一緒にお風呂……ッ?! いや、いやとても魅力的な申し出だが、残念ながらボクたちは男と女、明らかに問題があるだろう……」


「あらそうなんですか~?」

「ええまあ、そうかもしれませんね」


 アルストロメリアこと姫君ハルシオンは、これからも男装を続けて正体を隠さなければなりません。

 この誓約はわたしが課したものですから、アルスが恨みがましい目線を向けてきてもこちらは甘んじて笑い返すだけです。


「この獣欲に身を任せることができたら、ボクはどんなに幸せなのだろうか……。ではなくてだな、とにかく仕事だ、庭園を広げるぞみんな!」

「はい~♪」


 庭園工事はこれまで断続的に続いていたそうですが、作業員の大半を他の現場に奪われていました。

 庭園がいずれ人に安らぎを与えてくれるとはいえ、それは生きる上で必要なインフラではありません。


「指揮は任せましたよ、麗しの騎士様」

「ああっ任せてくれ! ボクは最高の花園を作って、ここで女の子たちがキャッキャウフフとはしゃぐ姿を見たいんだ!」


 空中庭園の完成度は現在66%ほどです。

 今回の工事はバルコニーの全体、舗装路以外を肥沃な土で埋め尽くして、その周辺に男爵が用意してくれた魔界の花々の種をまきます。


「あら素敵♪」

「悪くはありませんね」


 言葉では簡単です、しかしこれがかなりの重労働なのですよ。

 種植えはともかく城のバルコニーまで大量の土を運ぶわけです、これこそが空中庭園最大の課題でした。


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