30-4 温かい湯船を求めて ネコは炉を目覚めさせに行くそうです - 黒の試練 -
黒い扉。2つ目の部屋、2つ目の試練。どうも嫌な予感がしていましたが、的中しました。
扉をくぐり抜けるや否や、大柄な何者かがわたしに斬りかかって来たのです。
レイピアを抜くよりも先にわたしは身を低く落とし、派手な跳躍からの上段斬りを正面に駆け抜けてかわしました。
「おうおう、やるようになったじゃねぇかベレトート。久しぶり、とでも言っておくかよ?」
「ええ、あなたが勝手に表舞台から消えた後、色々とありましてね……黒鬼のクーガ」
この試練、どうやら自重というものを知らないようです。
たかだか古の城の炉とやらを動かすために、まさかこんな怪物と再び対峙するはめになるだなんて……。
「さぁて、この先に行きたいならわかってるな……?」
「いえわかりません。さすがにあなたはハードルとして高過ぎなのでは……」
「やってみなきゃわからねぇだろ、さあ、やってみようぜ」
「冗談でしょう……よりにもよって、こんな、あなただなんて……えっちょっとッ!?」
問答無用でクーガがまた斬りかかってきました。
当時のわたしに対する戦い方ではありません、まるでそれは、魔神に憑依された魔王様に向けるような太刀筋です。
牽制にレイピアを突き込むも、戦いに生きる傭兵は奇術師のように切っ先から遠ざかる。
「へぇ、やるようになったもんだな……誇らしい反面、もっと試したくなってくる。あの時の猫がどこまで成長したのかってな……っ」
「クーガ、あまり調子に乗らないで下さい。時間に取り残されたあなたと違って、わたしは今も成長を続けているのです」
当時はまるで相手になりませんでした。
ですが今ならどうでしょう。レイピアで受ければ折れること確実の両手剣をかわし、わたしはヤツと互角に張り合う。
わたしの強みは身軽さと技術。かわして、かわして、相手の嫌がる嫌らしいところを攻め立てました。
驚くべきことに戦いはそのまま拮抗を続け、クーガと対等に渡り合えた事実には驚きと満足を覚えています。
「クーガ、あなたにはすみませんがわたしは先に行かなければなりません。奥の手を使いますが、文句を言わないで下さいよ」
「面白れぇっ、やってみろよベレトートッ、俺にお前の本気を見せてみろ!」
「煽ったこと、後悔しますよ?」
「かまわねぇよっ、やって見せろって言ってんだろ!」
お許しが出たことですし、わたしはナコトの書を取り出して大判化させます。
書を用いてアンチグラビティを自らにかけると、クーガが再びわたしに飛びかかりました。
書のもたらす軽量化、それによる圧倒的な身軽さで斬撃を空振りさせる。
「……うっ?!」
ところが相手はクーガ、わたしは足癖の悪い蹴りを受けて壁際まで吹き飛ばされました。
といってもですね、身体が軽いがゆえに衝突の衝撃などさしたることではありません。
「何だ、お前、風船みたいに……」
「さすがにそこまで軽くなってはいませんよ、あなたが馬鹿力なだけです」
こちらの速度に相手が慣れる前に決着を付けます。
速さに任せた踏み込みと、300年がけのフェイントから、目にも止まらぬ渾身の一突きを繰り出しました。
「まるでザガですね……手応えが無いときますか」
クーガの胸を貫いたはずなのですがね、やつからは肉体を持っていない者の空っぽの手応えしかありませんでした。
わたしがレイピアを引き抜き距離を取ると、彼は両手剣を背中に戻します。
クーガから発されていた狂戦士の気迫が消えていました。
「俺はこの場所が生み出した影、何の励ましにもならねぇかもしれねぇが……へへへ、あのよわっちぃ子猫がよ、でかくなったもんだ……」
「わたしを猫扱いするなと、以前言ったはずですが……?」
「何言ってんだ、猫なのは変わらんだろ。いやとにかくよ、お前はもう、イェレミアを救えなかった弱いネコヒトじゃねぇ。……幻とはいえ黒鬼のクーガと張り合った、至上有数の超戦士だ。合格ってことだな」
わたしもレイピアを腰に戻しました。
懐かしいクーガを見つめ返して、苦しかったあの頃の感情を入り交じらせながら、もう取り戻せない過去をその目におさめました。
「いえ。ホンモノのあなたは、もっともっと強かったのでしょうね……。こんなものだとは、とても思えません」
「当然だろ、俺は邪神と対等に渡り合った男だぜ! あばよベレトート、俺はお前をずっと見守ってるぜ!」
「クーガ、気持ち悪いことを言わないで下さい。あなたに監視されるなんて、聞いただけで尻尾がぞわぞわくるじゃないですか」
「ああ、お前が人間の娘に、あそこまで惚れ込むたぁ、俺も思わなかったぜ……これは忠告だが、お前はお前が思っているより、ずっと行き過ぎた親バカだぞ」
好き放題言い捨ててクーガが世界から消えました。
代わりに奥の壁に、星の模様がちりばめられた黒い扉が現れます。
わたしは呼吸と平常心が戻るのをゆっくりと待ち、その間、星の扉を見つめ続けました。
でかふくさんが言うにはこれが最後です。
星の扉を開く覚悟はなかなか付くものではありませんでした。




