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30-4 温かい湯船を求めて ネコは炉を目覚めさせに行くそうです - 紫の試練 -

「では行きますわよ。まったく……ああいうことは地上でなさい!」

「すみません、あなたには目の毒だったようですね」


「ひ、人を行き遅れみたいに言わないで下さいませんことっ!?」

「はて、そこまでは言っておりませんが、なるほど。そうだったのですね」


 扉の向こう側は少し不思議な空間になっていました。

 新たな迷宮に導かれるとばかり思っていましたが、目の前には細く果てしなく長い通路が続いていたのです。


「はぁ……っ、陰険なお爺さまですこと……」

「そういうあなたこそ、あのザガと知り合いということは、わたしを超えるお婆ちゃんなのでは?」


「ッッ……よくもズケズケとっ、本気でむしりますわよッ! その問いはノーコメントですの!」

「フフッ、それではイエスと同じに聞こえますよ」


 でかふくさんの足には鎖が繋がっているのですが、その鎖の先は別の空間に繋がっているのか光を歪ませています。


 これは勝手なわたしの推測ですが、この鎖はこの迷宮に彼女を縛り付けるものなのかもしれません。

 わたしたちの前に広がる通路はいくら進んでも進んでも先が見えないほどに、長く長く緩やかな下りを描いておりました。


「では質問を変えましょう。あなたといい、あの黒いネコヒトといい、あなたたちは何なのですか? あなたもザガ同様に何か隠しているでしょう」

「んまぁっ失礼なっ、ザガ王様と呼びなさい! あともう少しよ、つべこべ言ってないでついてらっしゃいな!」


「そうですか、ではそうしましょう」


 上下関係があって、ザガがでかふくさんの上だということはわかりました。

 それと自称ではなく、本当にあのネコヒトの亡霊が王だったということもです。


「着いたわ。ここから3つの部屋を抜けた先が炉よ。まず迷うことはないわ、道には」


 ようやく通路を抜けると白亜の小部屋にたどり着き、その正面に紫の扉がありました。

 それと何だか思わせぶりな言い方です。


「なるほど。わたしはこれまで通り、敵を倒して前に進めばいいのですね?」

「そうよ、せいぜいがんばりなさい」


「がんばりますとも。パティアに、蒼化病の子供たちに、わたしは熱いお風呂を教えてあげたいのです」

「どうかしら……もうしょうがないわね、老婆心で忠告してあげるわ。逃げたくなったら、いつだって逃げてもいいのよ。はぁ……ザガ王様も無茶というか、人が悪いわ……」


 どんなに思わせぶりなことを言われても、手ぶらで帰るなんてあり得ません。

 わたしは銀色のレイピアを抜いて刃の状態を確認すると、まだ大判化していないナコトの書を抱えて紫の扉を抜けました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●


 軽いめまいと共に、先ほどの言葉の意味をわたしは理解させられました。

 ザガ王様も無茶というか、人が悪いわ。その言葉の意味はこれだったのです。


 紫色の扉を抜けるとそこは、もう無くなってしまったはずの、わたしの生家でした……。

 いつでも逃げ出して良いと言わんばかりに、紫の扉だけが異物としてそこに存在している。


「ザガ……何のつもりでこんなものを……ッ……?!」


 外より軽い足音が2つ近付いてきて、玄関を開きました。

 ここは迷宮、敵を想定してレイピアをいつでも抜刀できるように身構えて、わたしは、彼らと再会させられました……。


 現れたのは、義父と義姉。予想もしない展開にわたしは狼狽する他にありません。その心の隙間に偽りの世界が侵食してきました。


「なぜ帰ってきたの……?」

「なぜおめおめ戻ってきた?」


 それは幻覚、それは夢、夢見る者はそれが夢だと気づくまで醒めることはできない。

 幻の2人はわたしを歓迎してはくれませんでした。


「わかりません……気づいたらここに、わたしは、なぜ……義姉さん、お義父さん……会いたかっ――」


 それでもわたしは嬉しかった。

 わたしは300年の長い時を生きて、多くの者に取り残されてきた。

 また義父と義姉に会えるなんて、夢にも思っていませんでした……。


「ペルバスト、お前など生まれて来なければ良かったのだ」

「ペル……あなたが出て行ってくれて良かった。おかげで本当の家族を持てたから」


「イェレミア様を守り抜けなかったネコヒトの恥め」

「いくら人間が憎いからって、殺戮派に属するなんて……あなたは、もう私たちの家族じゃない」


 それはわたしが恐れていた言葉の数々でした……。

 イェレミア様が消えた後、わたしはこの里に戻ってきて穏やかに生きるべきだった。だというのに憎悪に身を染めました。


「違います……仇を討つつもりで、わたしは……わたしは弱いなりに、戦って、勝ち取ろうと……」

「ネコヒトは下等種、何を勘違いしている。我々に戦いの才能は無いのだ」

「あなたはイェレミア様に飼われてただけじゃない。真実の意味で、愛されていたわけではないわ」


 心をえぐる言葉の数々にわたしは正気を失いかけました。

 ですが意識がひとりでに心ない言葉を反すうすると、ようやく矛盾に気づくことにもなりました。


 違います。本当の義父はわたしに外の世界を見せようとしてくれたのです。

 義姉もいつだってわたしの帰郷を心待ちにして、かわいい甥と姪たちをわたしに自慢してくれました。


 これは試練。わたしを試すために、迷宮がわたしの弱い部分をえぐっている。ただそれだけのことです。


「偽者がバカを言わないで下さい。わたしは確かにお義父さんと義姉さんに愛されていました。血縁が無いからと言って、それが何だって言うんですか」


 パティアとわたしの間に血の繋がりがなくとも、わたしはあの子を実の娘だと思っている。

 血にこだわるだなんて、何て下らない! 2人がこんなことを言うはずがないのです。


「ええ、わたしは確かに魔王様を守れなかった。他の誰にも、当時の魔王様を救うことなど、出来はしなかった! 自分を苦しめるだけの後悔なんて、何の教訓にもなりませんよ!」


 するとわたしの義父の義姉はやさしそうに笑う。

 義父さんも義姉さんも、ようやくそのことに気づいたかと笑って、幻と消えました。


 わたしもこれがたちの悪い幻覚、悪趣味な試練であることに完全に気づく。

 すると思い出の中だけに生きる世界は消えて、鏡が張り巡らされた小部屋と、黒の扉、帰り道の紫だけが残りました。


「ザガ……聞いていませんよこんなの……。義姉さん、義父さん……もう一度、せめてもう一度会いたいです……」


 心のどこかで、わたしはまだ疑っていたのでしょう。

 2人が本当に心から、わたしを家族だと思っていてくれたかどうかを。


 ですが今ならわかります。パティアがありのままの姿で、そのことをわたしに教えて下さったのですから。

 わたしたちは真実偽りなく家族でした。

本作と、スコップ地下帝国がHJネット小説大賞1次を通過しました。

皆様の応援のたまものです。


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