30-4 温かい湯船を求めて ネコは炉を目覚めさせに行くそうです - 猫の手のひらの上 -
古城の亡霊ザガの手のひらの上で踊らされている感こそ否めません。
しかしあのぬるい風呂を浴びるたびに、そのままならぬ湯温にわたしは忌々しさすらいだくようになっていました。
ザガ王の誘いに乗って炉の調整をすれば、温かな湯にありつけるという希望が、心地よいぬるま湯浴を不満に変えてしまっていたのです。ならば仕方ありません。
「いくぞぉー、ひっさーーつ、めぎどぉぉ……ふれーむぅぅぅー!」
パティアのメギドフレイムは大きく成長していました。
大きな白炎が迷宮ボスらしき大型のガーゴイルを焼き払い、やがてすぐに灰へと変えました。
そこに発生した真っ白な灰の中に大粒の魔石が転がっています。
混じりっけのない高純度のもので、大きめのカボチャくらいの大きさがありました。
「お見事です。あなたがいなければ、さぞや面倒な戦いになっていたでしょう」
「ああ、少し物足りないが……大切な槍を、ガーゴイル相手に、使わずに済んだ」
ガーゴイルは魔法生物、平坦に言えば動く悪魔像です。
石の塊と刃物で戦いたい戦士なんてこの世にいませんよ。
「へーへーへー♪ うしおねーたん、パティアつよいかー?」
「ああ、強い。去年よりずっと、たくましくなった」
「やったー、パティア、しゅぎょうしたからなー。ベットンのためにー、とろろいし、あつめないと、だからなー。へへへ、いそがしいぜー」
「パティア、勝手に結界の外に出たら許しませんよ。調子に乗ると、とても怖い目に遭いますからね?」
リックが魔石を回収して下さいました。
男爵に渡せば沢山の物資に変わる物です。里が大きくなるにつれて、必要物資も際限なく増えていってしまいました。よってこれでも足りないくらいです。
「ねこたんは、しんぱいしょーだな。あっ、でかふくさん!」
こういったときパティアは、相変わらず絶対に『うん』とは答えてくれません。
そこに間が悪いのが良いのか、あの巨大なフクロウ、でかふくさんが現れました。
「しっしっ、羽に触ったら指先食いちぎりますわよっ!」
「そんな……でかふくさんに、あうのが、パティアの、たのしみなのに……」
「その手にはもう乗りませんわっ! おほんっ……それよりそちらのお父さん、覚悟の方はよろしいですの?」
「ええどうぞ、むしろ急いで欲しいくらいです」
するとでかふくさんは何もない空間から止まり木と扉を生み出しました。
止まり木は自分が翼を休めるためのもので、幻のように浮かぶ扉はわたしを迷宮の深部、炉のある場所へと導くためのものです。
「ねこたんひとりで、へいきかー?」
「平気です。それにそうですね、その書をお貸しいただければ、百人力なのですが」
「おおー、そうだったなー、ねこたんどーぞ。なこたんがー、パティアのかわりに、まもってくれるからなー」
「ええ、これは本当にすごい書です。では行ってまいります」
ナコトの書をパティアから受け取り、わたしはでかふくさんが生み出した扉をくぐることにしました。
「待ってくれ教官」
「はい、なんでしょう?」
ところがリックが呼び止めるものですから、でかふくさんが早くしろと不機嫌になったようです。
「教官、今地上ではバニーとダンが浴室に手を入れている」
「こんよく? こんよくがいいって、バニーたんいってたぞー。だってそうすれば、ねこたんとパティアが、いっしょにね、はいれるんだって」
「そうですか、それはあきれた男ですね」
それは主に男湯と女湯を隔てる仕切りを作るための工事でした。
なかなかこれが大仕事で遅々として進んでおりません。バーニィからすれば、男女を分離するなど歓迎したい流れではないのでしょう。
「その……教官、危険を承知で言う。熱い湯を、オレたちにくれ……。いや、ダメそうなら引き返してくれて、かまわない。だがどうか頼む、オレは、熱い風呂に入りたい!」
リックのものとしては珍しい自己主張でした。
それほどまでにあなたも熱いお風呂に恋い焦がれておりましたか。その気持ちよくわかります。
「それにあのなー、ねこたん、まどりんがねー……パティアといっしょに、おふろ、はいってくれないの……。はぁぁ……でも、ねこたんが、おふろあったかくしてくれたら? いっしょに、はいってくれるかも! わくわく……たのんだぞー、ねこたんっ!」
「それは無理でしょう、マドリもアルスも恥ずかしがりなので、そっとしておいてやって下さい」
「ほわぁー!? な……なんで、あるたんも、おふろはいってくれないの、ねこたんしってるのかー!?」
「それはですねパティア、わたしは何でもお見通しなのですよ。悪いことをしたら、すぐにわかりますからね」
どちらも正体を明かすことのできない立場です。
残念ながらパティアの願いはどうあがいても実現しようがありません。
「えっ……じゃあ、あのこと、も……?」
「はい、あのことも、そのことも、全部わかってますからね。勝手にわたしの言い付けを破って――」
パティアにしつけをするチャンスだと思ったのですがね、雌フクロウ特有の野太く荒々しい鳴き声がでかふくさんの喉よりとどろきました。
「あーーーもうっ、いつまでわたくしを待たせるんですのっ、いいから早くなさいその猫毛むしりますわよッッ!!」
「フフフ……では行ってまいります。パティア、悪いことをしてもすぐにバレますからね?」
早く扉の中に入れと、大きなフクロウが翼を羽ばたかせてわたしの背中を押すのです。
「そうだぞパティア、お前はまだ若い。もっと大きくなれば、教官も、色々と許してくれるようになる……」
「うー……いまが、いいのになー……。ねこたんっ、いってらっしゃいっ!」
門をくぐり抜けると、別の空間に入ってしまったのかパティアの声が聞こえなくなっていました。
はてさて、パティアが成長したらしたで余計な心配が増えるだけのような気もしてきましたよ。




