30-2 ネコヒトはぬるい風呂をどうにかしたい - 王冠のネコ -
「フフ……でしたら最初からそう言えばいいでしょう。なるほど、他の理由よりもずっとわかりやすいです」
ある程度の納得がいきました。
わたしはぬるま湯から上がり、出ると少し肌寒い感覚を味わいます。ザガは霊体、ネコヒトは全身を激しく振るわせて水気を飛ばし、タオルで簡単に毛皮を拭いました。
あとはそのまま服を着込むだけです。たれ布をくぐって浴室の外へと出ます。
ところが脱衣カゴの中から、亡霊であるはずのザガがナコトの書を拾い上げていました。
「ちょっとっ、それに触れないで下さいっ!」
「少しだけだ。実はずっと、これが気になっていてな……」
ナコトの書は持ち主を選ぶ。
そのナコトの書が暖かい光を放って、黒い亡霊のためにひとりでにページを開いてゆきました。
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【コピー・マテリアライズ】
物質を複製する力。
王ザガと魔導書に代償となるアイテムを捧げることで、意図するアイテムを複製する。
依頼されたザガ王が、書に依頼を代筆することで交渉が始まる。
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挿し絵には王冠をかぶった黒猫の王と、それにひれ伏す人間とネコヒト、いえあらゆる種族の姿がありました。
まるでその姿は……本物の王のようです。
「面妖な書よ……」
「あなた自身もですがね、ザガ王」
ただの城主ではなく、書の供述が正しければザガは王者だそうです。
書を見る限り、生前はかなり慕われていたようにも見えました。
ザガはわたしの追求を逃れるためか、笑い飛ばしてくれましたがね。
「我が輩もまだ、誰かの力になれるらしい……嬉しい限りだ。で、何か複製したいものはあるか?」
「急に言われましても……ああ、ではその書のコピーを」
奇跡の書が1冊しかない。そのことに常々不便を感じていました。
なにせわたしの遠征中、メギドフレイムの追加発動もできません。
「そうきたか、ためしてみよう。ナコトの書、と……」
わたしたちの使い方と用法が少し異なるようです。
彼は書の3ページ目に、指で【ナコトの書】と文字を刻みました。
するとそのページの下部に、書からの要求が現れます。
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・プリズンベリル200、依頼者エレクトラム・ベルの魔力全て、同氏の毛玉・小x10
完璧な複製不能、成果物はイミテーションとなる
――――
「他はともかくですよ、代償の欄に、余計な物が混じっている気がするのですが……」
「ふむ、200か。そなたらならば、集められない量ではないな。がぜんリック殿のやる気が燃え上がるというものだ」
そんなことどうでもいいですよ、なんでわたしの毛玉なんかが要るんですか!
悪ふざけで要求してませんかこの書!?
「ええまあ……外との貿易にリスクがつきまとう今、プリズンベリルの利用価値は下がっていますからね。ですが、なぜ毛玉……」
「細かいことは気にするな」
ザガがようやく満足して書を閉じると、ナコトの書はちょうつがいを自ら閉じてわたしの手元に戻ってきました。
とにかく服を着ましょうか……。
「代償が集まったらいつでも頼れ、そなたの不在の間、そなたの娘は不便していたぞ」
「そうしますよ、覗き見好きの王様」
もう一度水分を毛皮から飛び散らせて、わたしは上着を身に付けました。
ところが……困ったものです、ここには脱衣所がないんですから……。
「あらー、もう上がっちゃうんですか? 私お背中流そうかとー、あら、あらら? 貴方見かけない猫さんですね~?」
シスター・クークルスが現れました。
わたしは少しばかしうろたえて、急ぎ下を着込むはめになりましたよ……。
「まさか彼が見えるのですか……?」
「はい? ええ、黒い猫さんが見えますよ~、白いネコさんと並べて見ると、白黒でかわいい取り合わせです♪」
シスター・クークルスは聖職者、見えてもおかしくないのでしょうか。
それともザガが彼女に仕立て屋の才能を与えたことで、繋がりが発生したのか……。
「心やさしいシスターよ、我が輩からのプレゼントは、気に入ってくれただろうか?」
「あっ、あああーーっ、その声! もしかしてあなたは……神様っ?!」
「神ではない、俺は黒猫のザガだ」
「はいー、もちろん気に入りました♪ これでわたしも、ネコヒトさんたちの家族になれたみたいで、とっても、よくしてもらえるんですよ~♪ あら……?」
次に彼女はザガの手を取ろうとしました。
しかしそれは亡霊、影をつかもうとするかのようにすり抜けていました。
「ザガ、頼みますから、直してやって下さい……」
「いやですーっ! ずっと、ずーっと、この耳のふかふかが憧れだったんですから~っ!」
憧れと言われましても、ネコヒトからすればその中途半端にあざとい姿に、どんな憧れがあるのやらよくわかりません。
ですがええ、耳と肉球はわたしたちネコヒトのチャームポイントではあるでしょう。
「神様は~、ここに住んでいらっしゃるんですかー?」
「うむ、あちらの祭壇を本拠としている」
「でしたら今度、お花をお供えにきますねー♪」
「あのですね、ソイツはあなたを死の窮地に追いやった原因です。そんなやつとなれ合わないで下さい……」
ふと考えてみれば、これ以上ここに留まる理由なんてありませんでした。
付き合いに疲れたので、わたしは一足先に上り階段を目指すことにします。
「待った、エレクトラム・ベル」
「何です……」
「炉には選ばれた者しか入れない。ノーブル……いや、でかふく殿に接触した後は、そなただけだ、覚悟と準備を」
「わかりました。あなたまででかふく呼ばわりを始めたことを、必ずお伝えしますよ」
失言だった、頼むからそれだけは止めてくれ……。
ザガのその願いを無視して、わたしはあるべき地上の世界に戻ってゆくのでした。
投稿遅れました。ごめんなさい!




