30-1 fish war.
前章のあらすじ
隠れ里に帰還すると、ネコヒトはバーニィとリックにギガスラインの陥落を告げた。もはや争乱は避けられない、しばらくは交易が困難になる。
一方、ネコヒト不在の間にバーニィらによる建築作業が進んでいた。納屋が1、休憩所になる東屋が1、ラブレーとマドリの家と、アルスとキシリールの家が完成したことをバーニィが伝える。
それから2日後、ネコヒトがパティアの前で土産のバイオリンを演奏して見せると、そこに令嬢マドリと、遅れて騎士アルストロメリアが現れた。
マドリとアルスはどちらもバイオリンを巧みに扱い、交代でその晩の演奏に加わる。
音楽を奏でて人を喜ばせる。当たり前の喜びをリード・アルマドだった者は思い出すのだった。
パティアの新しい服が完成。カンガルーのように大きなポケットが付いたオーバーオール。しろぴよをポケットに入れて、ネコヒトの娘は森を駆け回った。
日々が過ぎ去り、隠れ里に帰還してしばらくが経ったある日、ネコヒトは瑪瑙の女神像を手に、古城グラングラムの地下祭壇にて、黒猫のザガと接触した。
ネコヒトが祭壇に女神像を置くと、地下に封じられた部屋が1つ解放される。それは大浴場、けれども残念ながら湯の温度がぬるかった。
それでも隠れ里の、特に女性陣はこの地から湧いて出てきた幸福に歓喜した。ただし男湯と女湯は分けられていない。改造工事は急務だった。
やがてラズベリーが赤くなり始めた頃、ネコヒトとクレイは故郷に向かった。
故郷にたどり着くとグレーブルーの毛並みを持った妹、シベットと合流する。その子はベレトの姉にどこか似ていた。
ところがクレイは、穏健派の魔将サレと通じていた。
サレは、ベレトートルートを殺害しようとしたことを謝罪し、情勢の変化を告げる。
魔界の3つの派閥は協力して、魔王を復活させる計画を進めていたが失敗に終わった。
その失敗からサレはある結論に至る。
魔王イェレミアは世界から消えていない、あるいは後継者が既に生まれていた。どちらにしろそれは、魔王に愛され、絶対に死なない猫となったネコヒトを追えば見つかる。
推測に過ぎなかったが、サレはたぐり寄せた情報からパティアの存在に近づきかけていた。サレの命令により、穏健派領地でのネコヒトの密かな指名手配が解かれた。
ネコヒトとクレイは、妹シベットと10名のネコヒト移民者を連れて隠れ里に帰還、シベットはパティアにすこぶる気に入られ、大歓迎を受けたのだった。
やはりその地の名は、正しくはネコタンランドなのかもしれない。
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大いなる遺産
偉大なる竜殺しの刃と過去から来た幻影
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30-1 fish war.
わたしが帰ってきた頃には、隠れ里に本格的な春が訪れていました。
城のバルコニーに造ったあの空中庭園にも今は若葉が芽吹き、それが暖かい陽射しの下で成長して若草色の色合いを作っています。
花は種類にもよりますが、作物のように長く待たなくとも楽しめるものです。
逃亡兵パウルやラブレー、ネコヒトの同胞らの護衛付きで、子供たちは畑仕事の合間に野いちご狩りに出かけ、そのたびに本当に楽しそうな笑顔を浮かべて帰ってくるのでした。
さて、そろそろ本題に入ってゆきましょう。
もうご存じでしょうが、ヘンリー男爵がチェロと物資を運んでくれました。
合計12名もネコヒトが住民として増えたのです。
よって寝床を増やさなければならない事情と、以前からの恒久的な布不足を男爵は見抜いておられました。
というよりもですね、わたしたちが運んだカスケード・ヒルへの積み荷は、男爵いわく全てではないそうですが、里に支援するつもりで仕入れたスパイダー・シルクだったそうですよ。
いずれそれもあっという間に消費されてしまうでしょうけど、バーニィもクークルスも、その手伝いのカールとジアもやる気を奮い立たせておりました。
ネコヒト10名とクレイの従姉妹の移住で、労働力も増した点も忘れてはなりません。
特に子供たちがわたしの同胞の参入を喜んでくれました。
活動時間こそ人間より短いものの、ネコヒトは器用で機敏ゆえに熟練した労働力を持っています。
畑仕事と、釣り以外の採集、大工仕事、力仕事以外を中心に手伝ってくれることになると、開拓が加速してゆくのが目に見えてわかりました。
はい、しかし今回の問題はそれなのです。
そこまでは全て良かった。ですが問題が生じてしまいました。
……勘の良い方はおわかりでしょう。それは、魚の供給問題です……。
●◎(ΦωΦ)◎●
「教官、その……すまない。今日は、小物が多かったそうでな……それだけなんだ」
「はい、そうですか……」
その日の昼食のおかずは焼き魚のはずでした。
ところがこれはどうしたことでしょう。ついにわたしの目にも老眼が入ったのか、皿には魚らしい魚の姿がありません……。
この匂いはアジールフィッシュ。しかしどこの部位なのかもわからない、破片がひとかけらだけ、首狩りウサギ肉のソテーの隣に置かれていました。
「食欲がないなら、にゃーが貰ってあげるにゃ!」
「殺しますよ」
「にゃぁっ、大先輩怖いにゃぁーっ!?」
「クレイ、お前、わかってて、やってるな……」
ネコヒトを里に迎えるということはそういうことです。
わたしとクレイの独占状態と言って良かった魚の供給が、今や14等分。大漁の日は良かったですが、不漁の日はとにかくもう悲惨でした。
わたしとクレイ2人だけならば、たとえその日アジールフィッシュ1匹しか連れなくとも、半分ずつにできたのです!
これはゆゆしき事態と言えましょう! 同胞たちの離脱を招きかねない、大変なストレス要因だと!
「やはり漁師の増員をしましょうか」
「大先輩に賛成にゃ!」
「うん、私もお魚食べたいミャ」
「賛成賛成!」
「ミャーミャーッ!」
クレイの従姉妹含む、他のネコヒトたちも賛同して下さいました。
「で、でも……今は開拓を急ぎたいって言ってたような……」
ところがシベットだけは別で、彼女は里の先住民への気を使っていました。
とても兄妹とは思えません。クレイの妹というからには、もっとすれていたり、アクが強くてしかるべきだと思うのですが。
「あ、そうだ……。あの、お兄ちゃん、ベレト様、私はいりませんからこのお魚、みんなで分けて下さい」
実はシベットの魚だけ、わたしたちの3倍ほどの大きさがありました。
その事実を誰も指摘しませんし、不公平だと騒ぐやつなんていませんでした。
「なっ、何を言うにゃ、シベットに貰うくらいなら、にゃーのをあげるにゃ!」
「ならわたしのもどうぞ。こんなかけらじゃ食べた気にもなりません」
クレイ、それは名案ですね。
姉に少し似たネコヒトの皿に、わたしもクレイに続いて魚のかけらをつまみ入れました。
「あ、だったら私のもあげるミャ!」
「しょうがないな、俺のもやるよシベット!」
「なら自分も!」
すると連鎖反応が起こりました。
ネコヒトたちがシベットの皿に自分の魚を積み上げていったのです。
「えっ、ええっ、貰えないよそんなのっ、ダメだよみんな……っ、ふみゃぁぁ……!」
するとようやく食べ応えのある光景になりました。
皆が少しでも病弱なこの子に元気になって欲しいと願い、ネコヒト共通の大好物を差し出した。おお、何という美談でしょうか。
「みゃー、みんなありがとにゃー! 思い切って連れてきて良かったにゃ、シベット、ここでなら病気良くなるにゃっ、そんな気がするにゃ!」
「グスッ……良い話だわぁ、何でみんなこんなに、やさしいのかしら……。ふぇぇぇ……感動で、ご飯が、しょっぱいですぅ……」
ちなみにシスター・クークルスですが、泣きながら肉をかじってパンをほおばっていました。
具体的に表現すると汚いので今回は控えます。とっても塩味が利いてそうな光景でした。
「ということでバーニィ」
「わかったよ、好きにしろ。魚程度でこれだけ練度の高い労働力が得られるなら、こっちは何の不満もねぇよ」
実はですね、わたしたちネコヒトが共通して苦手としているものがありました。
薄々おわかりでしょう、それは釣りです。よって釣りの仕事は人間たちの手を借りなければなりません。
「釣り船も1艘お願いできますか?」
「おいおい要求がエスカレートしてんな。ま、しょうがねぇな……他ならぬ相棒の笑顔のためだ、任せとけネコヒトよ」
言葉では渋々といった態度です。
しかしバーニィの顔は少年のように笑っていました。
「さすがウサギさんですにゃ! みんなのウサギさんへの評価が、今絶賛アップ中ですにゃ、心より完成と大漁をお待ちしていますにゃ!」
毎日彼を見ているので理由なんてすぐわかります。
船を造ってそれを乗り回すのが楽しくてたまらない。このオーダーを断る理由なんてはなから彼にないのです。
ところでパティアなのですが、今日は仲の良いカールとジアとラブレーと一緒に昼食を食べていました。
ところが今見れば姿がありません。いえいました、何を考えたのかパティアはシベットの前にいます。
「これはー、パティアからだぞー。おいしいの、たべてなー、げんきに、なってねー、ベットン♪」
「あっ……」
余計なことをしないかと警戒したのですが杞憂だったようです。
パティアはあの大きなポケットをまさぐって、どうも隠し持っていたラズベリー一握り分をシベットの皿に乗せました。
シベットは病弱ですしもしかしたら、魚より果物が好きなのかもしれません。
パティアの善意を嬉しそうに見つめ返しています。
「その呼び方、何とかならないかにゃー?」
「ごめんなーこげにゃん、ベットンはー、ベットン、ってかんじだからなー。ならない」
「ありがとうパティアちゃん、私ラズベリー大好き。いただきます……っ」
グレイブルーの尻尾が上機嫌に揺すられて、シベットは魚よりもパティアのラズベリーを口に運びました。
甘くて酸っぱい野いちごの味わいが彼女を幸せにしたようです。
「ベットンはー、ねこちゃんのなかで、いちばん、かわいいなー……。よしよしー、ベットンいいこいいこ……」
「みゃっ、それは、くすぐったいよ……」
「良かったミャー、シベット。パティアはいい子だミャ~♪」
シベットの神秘的な毛色とやわらかい毛並みは、パティアにとって最高のモフり対象でした。
魔性の指先がシベットの身体を撫で回すと、気持ちよさそうに少女が目を細めます。
「ああ、パティア様……」
「なんとおやさしい方だ……」
「行いの全てに、神々しさすら覚える……」
「パティア……いや、パティア様……!」
忘れていました、もう1つ問題が発生していたことにです……。
パティアなのですが……早くもネコヒト移民10名までもを、男爵のようにたらし込み始めまていました……。
わずか9歳にしてハーレムを築きだしていたのです。モフモフの。
「みなさん、あまりうちの娘をおだてないで下さいよ。ただでさえお調子者なんですから……パティア、あなたもあなたでバーニィ並みに見境ないですよ?」
「ねこたん、もしかしてー、やきもち……? へへ、へへへへ……ちがうよー、パティアは、ねこたんひとすじだぞー。ねーこーたーんっ、おーよしよしー……♪」
すると勘違いしたパティアがわたしに駆け寄り、本当に見境なく膝を撫でつつ強引にそこへ乗りました。
それから後ろを振り返ってわたしを見つめるのです。
「食べにくいのですが……?」
「そうかー。じゃ、パティアが、あーんしてあげるねー♪」
ネコヒトたちの羨望の目線がわたしに集中していました。
獣系をたらし込むその手腕に驚く他にありません。
パティアは比喩抜きで、ネコヒトたちのお姫様になり始めていたのでした。




