29-? クーと、うしおねーたんと、ジアのいえ(挿絵あり
・(ΦωΦ)
これはある日の夜遅く、いつもの食堂から始まった何でもない話です。
その日もバイオリンと竪琴の調べに重なり合って、リセリの若々しく清らかな歌声が城内にこだましていました。
ここは辺境、危険な怪物と不思議の森に囲まれた、人の領域の外側に存在します。
ですからわたしたちが夜に集まってバカ騒ぎするのは、魔界辺境の夜がもたらす静寂と闇に、わずかばかしでも逆らい忘れるためでもありました。
「ん……ふぁぁぁ……ねむく、なってきた、かも……」
「うん、私も。でも外の涼しい空気浴びたら起きちゃいそうかな。あ、カール、私たちそろそろ家に戻るから」
「おう、またな~」
有史以来、わたしたちは暗闇と森を怖れて生きてきました。それは今も変わりません。
樹木を倒して、家を立てて、明かりを灯して暗闇と森を遠ざけようとも、闇はランプの影からこちらを見つめている。と、昔誰かが言っていたような気もします。
「では帰りましょうか~、皆さん、また明日~♪」
「パティア、眠いなら、城に残ってもいいぞ」
「うーうん、バニーたんはー、ごつごつしてて、ねごこち? よくない。やくそくだ、パティアもいっしょに、いくぞー」
1階からなら古城の崩落部が近いです。
パティアを連れた一行は一足先に食堂より立ち去ります。
月と星と闇の中を彼女たちは言葉を交わしながら踊り歩いて、それから出来上がったばかりの新居にこもりました。
「ん~~っ、木のいい匂い……。まだ二日しかここで寝てないけどさ、何か戻ってきた~って感じするよねっ」
「ああ、すっかり城の生活に、慣れ切っていたが……自宅とは、良いものだな……」
「はい♪ それにお二人が家族になるなんて、私嬉しくて嬉しくて、ワクワクしてしまうみたいです~♪」
石造りの古城とは違った、木の匂いのする快適な環境がそこにあります。
城はあくまで城であって、元々は豊かに過ごす目的で作られた場所ではありません。
「バニーたんと、ねこたんがさびしがらなきゃなー、パティアもなー、いっしょにー、すんだのになー」
「パティア、教官なら、すぐ帰ってくる。クレイが、悪さをしなければの、話だな……」
春の夜は涼しく清々しく、バーニィとクークルスが作った新しいベッドは温かい。
白く脱色したスパイダーシルクのシーツはスベスベと入浴後の肌に心地良く触れて、木綿布を重ねて作った布団はやさしく持ち主を包み込んでくれるそうです。
「ならー、ふたりとも、すぐかえってくるなー。こげにゃんのいもーと、ぜたい、かわいい……ふぁぁ……ねむう……」
「あ、ところでパティア、今夜は誰のとこで寝るの?」
眠いのはパティアだけではありません。
リックが上着を脱いで肌着だけになると、他の2人もつられて服を脱いで自分のベッドに入り込みました。
「こっちこっち、こっちですよ~パティアちゃん♪」
「パティア、クークルスが誘っているぞ」
それからジアとクークルスが自分の掛け布団をまくり直して、パティアを誘うのです。
布はいくらあっても足りません。里の外から買えば買っただけ、服やベッド、掛け布団やタオルとして消費されていきました。
「えーっ、せっかく来たんだから私と一緒に寝ようよ~、パティア~っ」
「ほーらパティアちゃん、私がママですよー♪」
わたしは娘の姉にも母親にもなれません。
彼女らのやさしさがパティアを育んでくれていることを実感しました。
「え……」
「きょうはー……うしおねーたんに、するかなー」
リックの性格を考えれば聞かなくともわかります。
彼女は控えめなところがありますから、周囲に遠慮してパティアを誘いませんでした。
「そうか……。わかった、一緒に寝よう」
「どっこい、せっとっと……。おお、やっぱ、うしおねーたんは、あったかいなー」
リックはパティアのためのベッドスペースを空けて、それからやさしく掛け布団で包み込みます。
ただ一緒に寝るだけのことなのに、こんな嬉しそうにしてくれる子供は他にいないと、リックは後でわたしに言っていましたよ。
「あらー、負けちゃいました♪」
「あーあ。でも私もパティアだったら、そっちにするかも」
「おいジア……急に、何を言い出す……」
そのときはうしおねーたんの気分だったそうですよ。
もしかしたら肌着だけで無防備になった姿に、シスター・クークルス以上の母性を感じたのでしょうかね。
「じゃあ~、ジアちゃんはクーちゃんと寝ましょうかー♪」
「いやそういうの私いいからっ!」
そうですね、身長の高いジアと、成人のクークルスでシングルベッドは苦しいかと。
「ここきにいった。ねこたんかえってくるまで、おせわになろう」
「それは良かった~♪ でも私のところにも来て下さいパティアちゃん……っ」
「ねこたん、あきらめるなら、かんがえる……。ふぁぁ……パティア、ねむく、なって、き…………」
わたしに似てとても寝付きが早いのが、娘の大きな取り柄でした。
やすらかな寝息を立てるパティアに、彼女らが愛情を抱いたのは言うまでもないことです。
「なんかお城のみんなには悪いけどさ、あっちはあっちで賑やかで楽しかったけど……それとは別でさ、自分たちだけの場所があるっていいね。はぁ、落ち着くぅ……」
「はい、私もすごくわかります♪ レゥムにいた頃よりずっと良いお家ですし」
「ああ、それとバニーには、感謝しなければ、ならないな……」
レゥムでのシスター・クークルスの住まいはボロ家でした。
隔離病棟の住居も同じく貧しいもので、魔軍正統派の住宅事情もけして良くありません。
それだけあって彼女らには、自分たちの新居そのものが感動だったそうでした。
「あ、そこ質問。これぶっちゃけだよ? リックさんってさ、バーニィさんが好きなの?」
「え……」
「あらー、それ聞いちゃいます~?」
不意打ちのガールズトークにリックは固まりました。
思えば変わったものです。魔軍にいた頃の彼女ならば、堅物らしく一蹴して終わりだったでしょう。
「だって仲良いもん。でももしそうなったらさ、タルトさんが黙ってないよねー!」
「ま、待て、勝手に妄想を広げるな……っ」
「あら大変、修羅場、修羅場になるんですね~。ああそうだわ、ならいっそ、神様の目も届かない土地ですし~……バニーさんが、両方お嫁さんにしちゃうというのはー、どうでしょうか~?」
寝言もそこまで行けば芸術ですよ。
仮にも神に仕えていたあなたが、何を言ってるんですか……。
「オレが、バニーの嫁……? それは何の冗談だ、オレは武人だ、そんなこと、考えたこともない……」
「じゃあこの際、真剣に考えてみるとかっ!? クークルスさんもそう思うよねっ?!」
リックは恋愛を中心にものを考える人ではありません。
思いもしない提案に困ってしまっていました。いえところがです。
「すぅ……」
「ってクークルスさん寝てるしっ!」
限界だったのか、寝たふりだったのかは定かではありませんが、修道服を脱いだ美人のお姉さんは、落ちるように眠ってしまっていたそうでした。
「オレたちも寝るか」
「う、うん……そうしようか……。でもさ、バニーさんって、スケベで女ったらしだけど……いい男だと思うよ。アルス様の次に」
「ふむ……そうか。ならば少し、考えてみるか」
「え、マジ……っ?」
「そうしろとジアが言った」
「確かに私言ったけど……。リックさんって……やっぱ変わってるね……」
バーニィがもう少し落ち着いてくれたら、わたしも反対なんてしません。
しかしあの男が落ち着いた頃には、もうヨボヨボの爺さんなっているでしょう。
42にしてあの性格のままなのですから、バーニィのスケベと節操なしは一生直るとは思えませんでした。
感想返し滞ってしまってすみません。
近々割烹を書いたりと、感想と一緒に返していく予定です。
もしよろしかったら挿絵の感想とか下さい。




