29-4 リード・アルマドと木漏れ日の日々 - バーニィとリード -
・元公爵リード・アルマド
「バニーさんできました。あの、どうでしょうか……?」
「おっ、最初は不器用なもんだったが、なかなか上達してきたじゃねーか。上出来だぜマドリちゃん」
これっていつもラブレーにしてる癖なんだろうか……。
バニーさんは僕の大工仕事のがんばりを誉めてくれて、頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。
でもこれ、カツラだから……冷や冷やする……。
嫌じゃないけど焦るっていうか、困る反面……でもやっぱり嬉しいかな……。
父上はここまで愛情表現がストレートじゃなかった。
バニーさんって独身だけど、みんなのお父さんみたいな、不思議な感じがする……。
「ん、何ぼんやりしてんだ?」
「あ、いえっ、ちょっと個人的な、考え事を……」
大工仕事って思っていたより楽しいんです。
僕って偉い父上の息子でしたから、こういうのに縁があまりなくて……でもやってみると楽しい。
バニーさんが何でもかんでも誉めてくれるのもきっとあるかな……。
「そうか。あまり気を散らすと怪我するから気を付けろよ。ん、そういや、ラブ公は……?」
「ラブレーならパティアと散歩に……」
「ああ……マラソンな。あの若さが俺ぁ羨ましいよ、あれだけ毎日走り回ってよ、翌朝ケロッとしてやがんだからよ……」
「それはあの2人が特別なんじゃ……」
あの2人は元気すぎだ。
それとラブレーはまだ僕が男だってことを信じてくれない。やっぱりベレトさんにこのこと相談した方がいいんだろうか……。
「ははは、それもあるな。俺だって若い頃は元気だったんだぜ、まあ色々とよ」
「バニーさんは、今も十分たくましいと思います」
今日はジアさんとリックさん、クークルスさんの家を建てている。
他のみんなはまだ畑で、昼食の後に僕の授業を受けた後、こっちに来る予定だった。
「あいたっ……」
「またやったか、ほら見せてみろ」
さっき注意してくれたのに、僕はドジにもかなづちで指を打ってしまっていた。
痛みを味わってから人は後悔する。次こそ気を付けなきゃ。
「い、いいですよ、ただ指を打っちゃっただけですし……あっ……」
バニーさんが僕の手を両手で握って、指をやさしくさすってくれた。
自分じゃない誰かに触れられると、不思議だけど意識が別の部分に向いて、痛みがなかったかのように薄れてゆく。
「気を付けてくれよ、毎晩みんなを喜ばせる手だ。今夜も一曲頼むぜ」
「お、おだてないで下さい……。あ、ところで今思ったのですが、バニーさんは何か、楽器の演奏はできないんですか?」
「バカ言うなよ、俺はただの元不良騎士だぜ、楽器なんてからっきしだ。まあ、口笛くらいだな……」
バニーさんが口をすぼめて、小鳥のさえずりそっくりに口笛を鳴らした。
彼にとって口笛は音楽を奏でるものではなくて、コミュニケーションツールの1つに過ぎないのかも。
「なら私が教えましょうか……? 大工仕事、教えてくれたお返しです」
「俺にお前さん方みてぇなセンスなんてねぇと思うんだが……。だが、そらぁ魅惑的な申し出だな。マドリちゃんに手取り足取りか、へへへ……なら喜んで!」
うっ……期待をたっぷり込めた言葉だった。
ギュッと両手が僕の手を包み込んで、情熱的に僕の誘いに乗ってくれたんだ。
少し……言って後悔した……。
バニーさん、とてもやさしくて良い人なんだけど……困るんです、こういうところ……。
だって僕、本当は男だし、真実をもし知られたら嫌われる……。
そう考えると悲しいような、怖いような……嫌だって思うんだ……。
「ところで痛みはどうだ?」
「あ、はい、もう引いたみたいです。ありがとうございます、まるで回復魔法みたいでした」
バーニィさんはそれでも、包み込んだ人の手を離さない。
こういう人だから、隙を見せたらこうなるって僕も学習してきた。なのに僕自身が対策をしようともしていないことも。
「そうか。俺も覚えたての頃は親父によくやってもらってな。あ、いや、騎士の方じゃなくて、俺ぁ元々大工のせがれなんだ」
「はい、それはラブレーから聞いています。でも、だいぶ特殊な経歴ですね……」
騎士バーニィ・ゴライアス。その経歴に僕は共感を覚える。
責任ある立場にいた同じ貴族として。今は地位を捨てた、ただの個人としても。
「ま、結局向いてなくてな、辞めて正解だったよ。マドリちゃんもよ、実家のことなんて忘れて、ここでずっと楽しくやってこうぜ」
「え、でも……でも私、本当にそれでいいのかな……」
「人には向き不向きってのがあるんだよ。努力したところで、生まれもった性分は変わらん。マドリちゃんはこの里がお似合いだと思うぜ、俺の勝手な決めつけだがよ、そう思う」
僕は段々……バーニィさんに本当の正体を知られるのがとても怖くなっていった。
もし知られて嫌われたから、こんなふうにやさしくしてもらえなくなるかもしれない……。
全てを失った僕には、たとえ下心込みであっても、親身になってやさしくしてくれる人が欲しかった。
「じゃあバニーさんも、気が変わったから国に帰るなんて、絶対に言わないで下さいよ。みんなバニーさんが好きなんです、いなくなったらみんな悲しみます」
「言うじゃねぇか。ははは、こりゃまいった、降参だ」
バーニィさんはやっと僕を解放してくれた。
それから持ち場にすぐ戻って、また楽しそうにトントンとかなずちを叩く。
「どっちにしろ俺は人間の世界には帰れん。この隠れ里と一蓮托生ってわけだ、ならここをもっともっと良いところに作り上げてやるだけだ。子供たちの親もいつか、呼んでやりてぇしな……まあ、簡単じゃねぇだろうが……」
それがバーニィさんの天職、考えるまでもなく姿だけでわかった。
僕もバーニィさんみたいに天職を見つけたい。
みんなに勉強を教えるのは、大変だけど嫌いじゃない。
追い越されないようにがんばろうって、心からそう思えるから。
「僕も……あ、えと、私もバーニィさんと同じです。追われる身ですから、ここと一蓮托生です」
「そうか。ならよ、俺たちも一蓮托生だ、お互いがんばって行こうぜマドリちゃん」
毎晩バイオリンを持つようになって、もっともっとここでの生活が楽しくなった。
バニーさんが僕の演奏を聴いてくれるのが嬉しい。
僕もここをみんなの楽園にしたい。
再びかなづちを振るう僕の右手は、強い意欲に力強さを増していった。




