29-3 バイオリンの調べと隠れ里の騒がしい夜 - ちえーろ -
「ふぅ……あの、どうでしょうか? あなたには及びませんが、それなりに父より、音楽は教わりましたので……」
「まどりんすごーいっ、きれーっ!」
感動がパティアを拍手させていました。
ですが次の言葉はありません。そこに麗しの騎士アルストロメリアが乱入して、拍手喝采を送っていたからです。
「素晴らしい、素晴らしいよマドリン、ブラボーッ!」
「あ、アルスさんっ?! ちょっと、貴方までマドリンだなんて……」
「いきなり、あらわれたなーあるたん」
それはバーニィと双璧をなす女好きです。
マドリとの距離を鮮やかにも、さも当然のように詰めていました。
「ちょっと貸してくれ」
「え……?」
それとですね、わたし忘れかけていました。彼女がれっきとしたお姫様だったことをです。
姫君ハルシオンもまたバイオリンにたしなみがあったようで、軽いテンポの短い曲をさっと弾いて見せてくれました。
音色もそうですが、その姿も板に付いたものでパティアはまた夢中で演奏を見つめていましたよ。
「こんなものかな……竪琴もフルートもダメだが、これならできるんだ」
「あるたんっ、あるたんもしゅごい!」
「ああこれは素晴らしい名器だ、楽器に残る君のぬくもりと、まるで1つになったような気分だよ……」
「アルス、それはいささか何と言いますか、変態のする感想なのでは……」
少しだけわからないでもないです。けどわかってはいけないやつです。
騎士アルスは今にもバイオリンへと頬ずりでもしそうな陶酔した目つきでした。
「そうかな? 美しい人と1つになりたいと思って、それの何が悪いんだい?」
「おやおや、寝言をつぶやくにはまだ、時間が早いようですが」
「1つに、なりたいって……そんな……ッ……」
マドリ、アルスやバーニィに隙を見せると、さらに食らいついてきますよ。
さっきから元姫君ハルシオンはマドリから視線を全くといって外していません。
「でもなー、さいしょにー、ねこたんが、そのバオリン、ひいてたぞー」
「あ、ならエレクトラムさんとも1つになったってことにもなりますね……」
止めて下さいよ2人とも。何だか尻尾がぞわぞわしてくるじゃないですか。
ところがアルスは嫌そうな顔ではなく、ただ不思議そうにパティアに目を向けていました。
「バオリン……?」
「う……。ば、バオ、バイッ……バイヴォリンッッ!! おぉぉぉっ、やったー、パティアちゃんと、いえたー!」
ちょっと響きがおかしいような気もしますが、まあそれでも前進ではあるのでしょうか。一応……。
当のパティア本人はニコニコと舞い上がっていましたし、ここで水を注すのも無粋ですかね……。
「ふふふ……パティアくん、キミはまるで天使のように愛らしいね。それに良い発音だ……ねぇ、ちゅーしてもいいかい、ちゅー……ほらこっち向いて、んちゅぅぅーっ♪」
「わっ?!」
「おわぁーっ?! たすけてーっ、ねこたんったすけてーっ、あるたんがっ、あるたんがパティアにっ、ちゅーしようと、ぷっ、ぷぎゅぅぅぅー?!」
例えるならそれはお婆ちゃんのキスです。
ブジュルルとよく響くキッスが、パティアのプニプニのほっぺをほんのり赤くさせていました。
「人の娘に断りなく何やってるのですか……」
「フッフフッ……何だか気分が高ぶってきたよ。次はキミかなぁマドリくぅん……♪」
「えっえええええーっ、ベレトさん助けて……っ」
お姫様はパティアを解放して、次の標的をマドリお嬢様に向けました。
ちなみにパティアの方は唾液のくっついた自分のほほを、迷惑そうに服のそでで拭いています。
「そうか、次はネコくんの方か。僕は一向にかまわないよ、君のようなふかふかは嫌いではないっ、けっして!」
「ちょっと、あなたもバーニィ並みに見境ないですね……いえあの、近づかないで下さい、ちょっとアルス……っ」
酒無しでここまで酔えるなんて才能です。
ジリジリと騎士アルスはわたしを壁際に追いつめてゆこうとしていました。
「だめーっ! ねこたんはーっ、パティアのねこたんなのーっ! え……ふっふぎゃぁー?!!」
何て父親思いなのでしょう。
パティアが身をていしてわたしを守って下さいました。
「では、バイオリンはあなた方で管理して下さい。いえこうなるといっそ、もう1本、チェロでも調達してくるべきでしょうかね」
「あ、それも父上に教わりました」
「僕の方は経験ないな……」
バイオリンより少し大きくて低音が響く楽器です。
何だがわたくし事ですみませんが、我慢できないほど欲しくなってきてしまいました。
「では、クレイの妹を迎えに行くついでに、1本調達してきましょう。チェロの落ち着いた音色が加われば、これまで以上に夜をまったり過ごせること受け合いですよ」
隠れ里の闇夜に響き渡るチェロの低音……良いです、悪くありません。
その奏者がイスパ様の末となれば、わたしの胸に感慨も否応なく広がります。
「ねぇねぇねこたん、ちえーろ……って、なにー?」
「ああこれはすみませんパティア、チェロとは、バイオリンの少し大きいやつですよ。……ところでパティア、あなた……チェロは普通に言えるのですね……」
まだチェロは手元にありませんけど、これから始まる夜がわたしたちは楽しみで楽しみでなりませんでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
その晩は大盛況になりました。
タルトの願い通りに、リセリは新しいバイオリンの音色に聞き惚れました。
ジアは楽器を奏でるアルスのイケメンっぷりに、女の子らしい黄色い声を上げて喜んでいました。
それとどうでもいいですが、バーニィがマドリの演奏姿に鼻の下を伸ばしてもいましたよ。
「ネコヒトよぉ、やっぱホンモノのお嬢様ってのは違うねぇ……。いや俺も国では護衛だのなんだのとよ、姫君と接する機会はあったんだが、コレと比べると全部偽者だ……見ろっ、マドリちゃんが楽器と一体化した、あの可憐な姿をっ!」
バーニィが指笛を鳴らして演奏を大絶賛するので、リードとしては嬉しい反面、演奏しにくいったらなかったそうです。
それとそのホンモノのお嬢様とやらの性別は、男ですよバーニィ、リードは男の子なのです。
「はぁっ……バニーの女好きは、もはや病気だ……」
「うふふ~、でもそんなバニーさんだからー、いいじゃないですか~。明るくて、楽しい気分になります♪」
マドリとアルスが夢中になって弦を奏でるので、わたしとパティアの出番がなくなっていました。
隣の席からパティアがわたしにもたれるように寄り添い、ふかふかの毛並みに顔を埋めています。
「ねこたん……なんか、パティア……ねむく、なってきた……」
「おや、奇遇ですね……実は、わたしもですよ……。特にマドリの演奏は、とてもやさしいので、つい……うとうとと……うとうとと……」
「ぐぅ……」
「…………」
そこから先の記憶がないということは、そういうことです。
わたしとパティアはそのまま寄り添い合って、晩餐がたけなわになるまで眠りこけてしまうのでした。
それほどまでにマドリとアルスのバイオリンは、夜の古城グラングラムでの生活に見事溶け込んでいたとも言えましょう。
●◎(ΦωΦ)◎●
誰かに揺すられて起こされることは、ここではあまり珍しいことではありません。
うっすらとぼやける目を開けるとそこにシスター・クークルスがいました。
「ねこさん、おはようございます♪」
「おや……わたしこんなところで寝ていましたか……。はて、ところであなたは、何をしてるのです……?」
なんだか気持ちいいと思っていたのです。
それは彼女に撫で回されているせいでした。
目をつぶると、魔王様がまだ小さかったわたしを愛玩して下さっていた頃を思い出します。
魔王様にとって、パティア同様にわたしは少し大きいだけの猫でしたから……。
「パティアちゃんなら、だいぶ前にリックさんが部屋に連れて行って下さいました。うふふ、今ならねこさんを触り放題です♪」
「そうですか……では、クシでも入れておいて下さい……。子供たちの手垢で、最近毛並みが少し、ベタベタと……」
「はい、お任せ下さい♪ ですけどその前に、お部屋に帰りましょうね、ねこさん♪」
「あなたにすべて、お任せします……」
その後のことは覚えていません。
翌朝目覚めると、わたしはいつもの書斎式ベッドにパティアと一緒に寝そべっていました。
そしてその枕元に、毛玉の塊がプレゼントとして置かれていたようです。後から考えれば、誰がやったかなんて推理ゲームにもなりません。
翌朝、一番起きしたパティアがそれを発見すると、大変興奮した様子で叫んでいました。
「お、おおぉぉーっ! こ、これはっ、このしろいふわふわはっ、ねこたんの、け! しかも、くんくん……これはーっ、おくちから、ぺっ、したのじゃないやつだー!」
パティア、なんでそこまでわかるんですか……。
そうですか、あなたはわたしの毛玉ソムリエなのですね……。
感想返し滞ってしまってすみません。書籍改稿中でしばらく時間が取れませんでした。
感想、誤字報告、とても嬉しく読ませていただいています。




