29-2 ねこたんと、パティアの、かりー! - ゆるせない -
「あまぁぁぁいっっ! でもちゅっぱいっ、ちゅっぱいけどあまーいっ! つまりー、これはー、あまずっぱい!!」
「ラズベリーですからね。おや、奥の株を見て下さい、あっちの方が熟しているのでは」
ここは魔界の森、様々な要因から成長が加速することもあります。
わたしが指摘すると、パティアは無防備にも奥へと駆けていきました。
「ほわぁぁーっ、すごいよぉーっ、これすごいたいへんだーねこたーんっ! こんなに、いっぱいたべたら、おなかぽんぽんになってしまうー!」
「独り占めは良くありませんよ。みんなにも食べさせてあげましょう」
「それはめいあんだ! でも……でもちょっとだけ、ちょっとだけ、つまみぐい……んんーーっ、ちゅっぱーっ、でもっ、あまーいっ! んーっ、これはどうかな、あじみしておこう……あまーいっ、あ、これも……これもあまそう、あじみあじみ、もぐ……」
「女の子が意地汚いですよ」
あまりにも美味しそうなので、わたしも赤く熟したラズベリーを1つ摘まんで口に入れる。
甘くて酸っぱくて、ほんのり野いちごのいい匂いがしました。
気付いたらわたしまで3つも口に運んでいたくらいです。
「もぐもぐ……ねこたん、とまらない……もぐ……ちゅっぱっ!」
「さすがに食べ過ぎです。……ん、これは」
ところがそこに邪魔が入りました。
ギガスラインの争乱が引き金となって、魔界の森に高位のモンスターが発生するようになったのでしょうか。これはまた厄介な相手でした。
「お、おわぁぁっ、な、なんだぁ、あのおばけー!?」
「リュックに戻って下さいパティア、あんな者に周囲をうろつかれたらたまりません、片付けますよっ」
それは魔界の西の果て、瘴気の壁の向こう側に現れるという、成れの果てでした。
さらにこれはデーモン種、魔族の中で最も悪魔や邪神に近いその姿形はたくましい巨体と、ヤギの頭を持っています。
しかしそれは哀れな成れの果て。真っ黒に染まったその肌と、奇形により欠損した片腕、3つ目はもはや魔族というよりパティアが言うとおりお化けでした。
「あ、あああああーーっっ!?」
そのデーモン種の成れの果てが、奥にもある熟したラズベリーを踏みつぶしました。
わたしたちを見つけてヤツは一歩一歩こちらに近付いてくる。
「それパティアのっ、こらーっ、ふむなぁぁぁーっっ! あいつ、わるいやつ! ゆるせない!」
「ええ、わかりやすい善悪感で助かりますよ」
せっかくのラズベリー畑をつぶすやつは敵。わたしの娘はリュックの中でお冠です。
「きますよ」
「こいー!」
デーモン種は物理戦闘と魔法両方の適正を持っています。
ヤツが生み出したアイススピアの弾幕が迫り、ネコヒトは森を駆け抜けました。
「こらぁーっ、おまえーっ、こらぁぁーっ、や、やめろぉぉー?!」
「パティア、やかましいです……」
周囲の森の実りもそれでぶち壊しです、パティアがさらに我を失って怒り狂いました。
しかし魔界深部の怪物がなぜこんなところに発生したのでしょう……。
「それはみんなの、あまずっぱぁー、なのっ! もうっ、もうパティア、アイツゆるせない! ねこたんっ、いくぞーっ、やっつけるぞねこたんっ!」
「引き続き回避はお任せを、どうぞひと思いにやってしまって下さい」
ナコトの書は今わたしが使っています。
つまりそれはパティアのまぎれもなき実力でした。
「パティアいかりのー……ゴロゴロゴロゴロ~、かみなりぃーっ!!」
魔王様……この子はいったい、あなた様の何なのですか……?
驚くべきことです。またパティアはわたしが教えてもいない術を披露して下さいました。
高位の落雷魔法サンダーを恐らくは直感で発動させ、いきなりもう使いこなしていたのです。
「とりゃーっおりゃーっ、このしぶといやつめーっ、そいやーっっ!!」
「ギッギァッ……グガァッ、ギャッ?!」
5回目のサンダーが直撃すると、成れの果ては動きを止めました。
連続の落雷です。凄まじい轟音に、里の方では子供たちが怯えてしまっているかもしれません。
「これはすごい、わたしまで痺れてしまいそうです。というより……燃えていますね」
雷が落ちればどうなるかなんてわかったことです。
辺りは落雷により小火が起こり、パチパチと水分をもった草木が白い煙を上げていました。ええ、草木がです。
「あああああああ……パティアたちのっ、ベリーがぁぁぁ……?! あめっ、あめあめふれふれーっ、あああああああ、そんな、うそだ……なんてことだぁぁぁ……!!」
「仕方ないですよ、あれくらいやらないと倒せない相手でした」
魔王様が戦いを嫌った理由がもう1つわかった気がします。
魔王様にも幼い頃があって、今のパティアと同じ過ちをおかしたのだろうと。
強すぎる力を持つゆえに、その力を行使するのが恐ろしくなるのかもしれません。
「しかし焼きラズベリーですか、なかなか斬新ですね」
「かなしい……みんなに、たべさせて、あげれると、おもったのに……うぅぅぅーー!! こいつっ、こいつパティアきらい!! みんなのあまいの、かえせーっ!」
こればかりは運が悪かったとしか言えません。
貴重な森の実りは台無しになりましたけど、最小限の被害でパティアも力の恐ろしさを学べましたし、良しとしましょう。
「そんなに悲しむ必要はありません、もう少ししたらいくらでも採れますよ。残った食べられそうなものだけ採集して、後はお肉集めに専念しましょう」
「うん……ふぁいあーと、ビリビリさんだーは、つかうばしょ、がんがえる……」
わたしはパティアに拍手を送りました。
連れてきて正解です。火力の低いわたしだけでは相当に手を焼く相手でした。
「ねこたん、たたかいって、むずかしいなー……ばーんっどーんっ、ってやれば、いいだけじゃないんだな……はぁぁ……らず、ベリぃぃ……」
「フフ……言わなくても自分でわかるなんて、あなたはなんてお利口なのでしょう。これ、ジャムにしてパンに塗ったら美味しそうですね」
「もう、もうパティアが、ほとんど、やいちゃったけどなー……はぁぁ……パティアは、おろかものだ……つくつく……」
「つくつくですか」
「うん、つくつく……」
●◎(ΦωΦ)◎●
しかしその後に大きなボアを1匹しとめました。
するとパティアはケロリと機嫌を取り戻して、嬉しそうに大きなお肉になる塊を喜んでいました。
さすがにパティアと一緒に運ぶのは大変でしたから、彼女をリュックから下ろして、わたしたちは仲良く並んで帰路につきます。
「はやく、ベリー、あかくなるといいなー。そしたら、うしおねーたんと、イチゴじゃむつくるんだー」
「良いですね。前向きな予定はその数だけあなたを幸せにします。もしそうなったら、パンがもっと美味しくなってしまいますね」
歩く速度をパティアに合わせて、わたしはゆっくりを森を歩く。
するとそこには、素早いネコヒトのペースでは普段見ることのない、涼しくて清涼な森の姿があります。
「ねこたん、またいっしょに、かりー、しよーね」
「ええ、なかなか悪くありませんでした。またお力ぞえをお願いしますね」
東からの光が森の向こうをまぶしく白く輝かせて、わたしたちは皆の待つ古城へと進んでゆく。
「まかせろねこたんっ。あっ、とろろいし、パティアが、アンちゃんにわたしておくぞー。く、くふふ……こげにゃんのいもーと、かわいいんだろな……ぐふ、ぐふふふふ……ねこたん、いついっても、パティアはいいからね!」
「そう言っていただけると気が楽になります。あなたは生粋の獣狂いですね」
「うんっ、せかいじゅうのふかふか、あつめたい!」
「フフ……パティア、あなたは魔王様みたいなことを言うのですね……」
「まおーさま?」
「はい、魔王様もあなたみたいに、ふかふかしたものに目がない普通の女性でした」
そんなはずはありません。
わたしの敬愛する魔王様がこんなアホの子のはずがありません。
●◎(ΦωΦ)◎●
「パティアがやっつけました!」
「マジかよっ、やっぱお前すげーなパティアっ?!」
「すごいすごい、パティアちゃんすごいわ~♪」
こうして大きなワイルドボアを抱えて城に帰ると、わたしとパティアは里の皆からの喝采と賞賛を受けるのでした。
さらにもう少したったら春のオレンジや、またサルナシの実なんかが採れます。
わたしとパティアはその日が楽しみでなりませんでした。




