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29-2 ねこたんと、パティアの、かりー! - クレイの件 -

 長旅より帰り着いたニャニッシュは、これまで以上に地上の楽園めいて見えました。

 こんなこと現実に起こるなんてわたしはまだ信じられません。


 あの湖の中心から海魚が釣れる。

 こんな都合の良い奇跡が起きてしまって、本当にいいのでしょうか。


 これから毎日というほどではないでしょうが、バーニィやアルスのがんばり次第で新鮮な海魚にありつけます。

 憧れの、海の魚の刺身を口に出来る日が近い内に来る。


 わたしは里の外側で起きている300年ぶりの大動乱、たどり着いたパティアの真実、全てがどうでもよくなりかけました。

 クレイのやつがこの地を気に入ったのも当然です! ネコヒトにとってここは、都合の良い理想郷なのですから!


「大先輩、あの話の続きなんだがにゃ、どうかにゃー……信じて欲しいにゃ……?」

「ああすっかり忘れていました。わたしに先んじて、キュェの刺身と鍋を食べたいつもいつも憎たらしいクレイさん」


「キュェのお刺身! 脂がいっぱい乗ってて美味しかったにゃ! 鍋も出汁がすごかったにゃ、感動したにゃ!」

「そうですか、美味しかったんですね。つまりこれは挑発と見なしてよろしいので?」


 それはそうとクレイが話の続きを振ってきました。

 イラッとさせられたので、ついついレイピアに手をかけていたような気もします。


「にゃんでぇにゃ?! それよりにゃーを信じてほしいにゃ! 妹をここに連れて来る、許可をにゃーにくれにゃ!」

「ああ、でしたらわたしも同行しますよ」


「ぶっ、ぶみゃぁ?!」

「はて、いま何か慌てる要素がありましたか?」


 それとクレイの件ですが、落としどころを付けました。

 子供たちを救ってくれたのは事実、その活躍に報いたい。


 しかし性根が性根なので信用しかねる以上、わたしが同行してことの全容を見守る他にありません。


「それとも、妹なんて存在しないので困っておられるのですか?」

「存在するにゃ! にゃーは、ずっと、様子を見てたにゃ……」


「わたしのですか?」

「それもあるにゃ。でも大事なのは他のみんなと、ここの環境にゃ」


 どうでもいい情報ですが、ふわふわになったクレイは何度見ても別人でした。

 まるでパティアのクシが彼の心を浄化していったかのようにすら見えましたが、わたしは騙されませんよクレイ。


「妹は、生まれつき体が弱いにゃ……だからもっと環境の良い場所、探してたにゃ。ここには薬師様もいるにゃ、お魚も美味いにゃ、海のお魚も! 妹の療養に理想的だにゃ!」


 真の悪党というのはミゴーやニュクスのような良心が欠落した怪物を指します。

 そういった基準では、クレイはまあ良心を持った常人ではありました。


「仕方ありませんね……ではわたしの魔力が回復するまでしばしお待ちを。それに外で起きてる動乱も含めて考えると、わたしを連れて行った方が賢明ですよ」

「動乱……何事にゃ?」


「またまた実は知っているんじゃないですか?」

「にゃーはこの里を出られないにゃ。大先輩と契約したにゃ♪」


 嘘を吐くことにためらいのない人種でもありましたがね……。


「言ってなさい。ではその茶番に乗ってお伝えしますが、殺戮派がギガスラインの一部を陥落させました。橋頭堡(きょうとうほ)が築かれた以上、魔族と人間の激突はもう避けられません。人間たちが迅速にギガスラインを取り戻さなければ、世界中を巻き込んだ大戦争になるかもしれませんね」


 ニュクスがどんな魔法を使ったのかは知りません。

 しかし結果として、彼が望む情勢が生まれてしまいました。もう一度決着を付け直すという、殺戮派が望むシナリオを。


「ミゴーさん、大丈夫かにゃー」

「クレイ。この期に及んで、わたしを崖底に突き落とした男の心配ですか?」


「ごめんにゃ。でもあの時はミゴーさんも喜んでたにゃ。大先輩が生きてるって知ったのに、ニュクスに報告しなかったにゃ。ミゴーさんはミゴーさんで、自分勝手な戦闘狂なりに、一応考えてると思うにゃ」

「わたしを殺そうとした恩知らず、という事実はどうあがいても変わりませんよ」


 今頃アレは喜んでいるでしょうね……。

 300年前の大戦に生まれたかったと、公言していたくらいです。ミゴーは戦争を飼い葉にして動く生まれながらの殺人鬼です。


「それより妹さんはどちらに?」

「もちろん、ネコヒトの里に決まってるにゃ」


「あの里ですか……」

「大先輩が生まれ育った、あの里ですにゃ。みゃ~、たまには帰省もいいかもにゃ~」


 場合によっては今が好機です。

 わたしを付け狙う魔軍各派閥も、今はギガスライン北部に意識が向いています。


 まあそんなわけです。この魔力が回復したら一仕事することになりました。

 また遠征することになりますが、今回はパティアの方もきっと納得するでしょう。


 ふわふわの、それも女の子のネコヒトが増えるのですから、嫌がるはずがありません。。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 では話を現在に戻します。わたしはあの大きなリュックを背負って、結界を西に抜けた森を駆け回っていました。

 機動力に秀でるわたしなら、結界の外側で活動しても支障はありません。それに今は――


「とろろはっけん! いくよーねこたんっ、ふぁいあー!!」


 この前のようにパティアを背負っておりました。

 アンチグラビティの発動に魔力を使うことになりますが、こうすれば寂しがりの娘と一緒にその日の仕事ができるのです。


 効率などさておき、寂しがりの娘を持つ父親として、危なっかしい発展途上の超魔力を持つ者の師匠として、これが正しい選択だと思います。


「お見事、上出来です」

「やったー、パティアおみごとかー!」


 灰と化したトロルより濁った緑のトロールストーンを回収すると、わたしはそれを背中のパティアに渡します。

 

「ファイアボルトでトロルを一撃とはお見それしましたよ」

「えへへー……だってね、きょうはね、ねこたんといっしょ! パティアのやるきはー、もう、とまらねぇぜなのだ……」


 それはそれとして今日は少し肌寒い日でした。

 陽気は暖かいのですが空気が昨日よりも冷たく、森に入ると日差しに遮られて寒いのです。


 それも想定して出発前のパティアにはコートを着せました。


「その男の子口調、そろそろどうにかなりませんか?」

「えー、ダメかー? きにいってるんだ、けどなー」


「いいえ、ちょっと言ってみただけです。ただタルトのように勇ましく成長し過ぎると、いつまで経っても彼氏ができませんよ。まあ、よそにやる気などありませんが」

「そうかー。ねこたんはー、パティアに、ぞっこんだなー。ねこたんとパティアはー、そーしそーあい、ずぅぅぅーっと、いっしょ!」


 今のところは肉として食べられそうな個体とは、まだ遭遇していません。

 その間に山菜の採集や、魔物素材の調達が進んでいました。


「ええ、そうですね。このトロールストーンは彫金師のアンに任せてトロールリングにしましょうか」

「おおー、りんぐかー。パティアそれ、ちょっとほしいなー!」


 これからは入手した素材をアンに見てもらうことにしましょう。

 使えそうなら加工した方が売値も上がりますし、利用価値のあるアクセサリーが低コストで手に入るのも大きいです。


「はい、それも候補なのですが……今回は別の方にしようかと」

「え……パティアをさしおいてか……? まさか、まさかクーかっ?! クーは、ダメだ! まちのおんなは、だめだぞねこたーんっ!」


「久々ですねその発作」

「ねこたん……パティアはしんけんなの! ねこたんはパティアのなのーっ、ほかのおんなは、ダメーッ!」


 エドワード・パティントンがこの娘の復活に、もし魔王様の魂を使っていたとしたら嬉しいお言葉です。

 逆にこれが聖王の魂だったとしたら……止めましょう、こんなこと考えるだけムダです……。


「違いますよ。こげにゃんの妹さんに差し上げようかと。病気なんだそうです。トロールストーンは持ち主の生命力、いえ人を元気にする力があるのです」

「なーんだ、こげにゃんのいもうとかー。びょうきか……かわいそうだなー……うんっ、いいよー、それは、パティアもさんせーだ! びょうき、よくなるといいなー」


 パティアの元気なやさしさを前にして、わたしはまた余計なことを考えて黙り込んでしまいました。

 あの調査官バタヴィアの言葉を思い出してしまったのです。


 エドワード・パティントンの娘パティアは5つで病死した。

 死んだ娘と同じ名前を、この子に与えたというなら、いくつかの仮説が成り立つ……。


 エドワードさんにとって、わたしの目の前にいるパティアは、ただの実験体ではなかった。

 でなければ娘の名など付けない。つまり、パティアは彼に愛されていた。


 またエドワードさんは、死者の蘇生に成功した可能性がある。

 魔王を人間として生み出す研究、それが娘の復活の鍵となった。ならこの子は、やはり魔王様の……。


「どうしたのー、ねこたん? あっ、たいへんっ、あそこ、あそこみてっ、ねこたんたいへんっ!」

「あそこ? おや、あれはラズベリーですね」


 もうすっかり春です。森では赤い野いちごの姿がちらほら見えるようになっていました。

 そこでパティアをしょってラズベリーに近付くと……。


「ぴょんっ!」

「あっこらっ、勝手に下りないで下さいパティア!」


 活発なわたしの娘はリュックから飛び降りていました。


「ねこたんねこたんっ、これ、じゅくしてる! はむっ!」

「あのパティアさん……ですから、もう少し注意深く観察してから食べる癖を、付けて下さい……」


 即口に運んでいましたよ。

 幸い味わいは期待通りだったみたいです。


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