29-1 世界で一番の幸せ者 - パティ公とネコヒト -
「家を2軒、今日完成予定の納屋が1、休憩所になる東屋を1つ建てた。うち1軒は例の段取り通り、ラブ公とマドリの家にしたぜ。で、もう1軒はアルスとキシリールに与えたよ」
「そうだったな。そういった部分でも、この外側の事変を、今は彼に、伝えたくはないな……」
アルスもアルスでヘッポコというか、何か不安定なところがあるからな。
キシリールをルームメイトにしてやったら、互いに学ぶところがあるんじゃねぇかな。
「なるほど。ちなみに次は何を建てるので?」
「はははっ、よく聞いてくれたそういう質問は好きだぜ! 次はな、リックちゃんとシスター・クークルス、それにジアの3人住まいだ」
家は里の南側に集める。集まってた方が何かと寂しくないだろうし、互いに守り合える。
「うん、みんなには悪いけど、やはり生きるには、自分の住処が必要だと、今さらながら思う。完成が、待ち遠しい」
「お気になさらず。わたしとパティアはあの城が気に入っていますので」
へへへ……全て俺の計算通りだ。
カールとジアをだしにして家を訪ねれば、リックちゃんとクーちゃんと両方会える寸法よ。
上手くタイミングを計れば、着替えの現場に入り込んだり、夜遅くなってのお泊まりコースもあり得るぜ!?
「ところでさっきからとても、とてもいい匂いがしてきましたね……。これは、もしや……」
「教官、耳が、そわそわしている」
ネコヒトが俺の壮大なお泊まり計画に気付く素振りはない。
全ての鍵はカール、お前さんにかかってるんだからな。一緒に幸せになろうぜ、へへへ……。
するとようやく魚が焼けたらしい。
厨房の方からパティアとジアの2人が木板に沢山の皿を乗せてやってきた。
「ねこたーんっ、おさかなっ、おさかなやけたぞぉー!」
「パティアっ、落とさないように気を付けて! エレクトラムさんのための大事なお魚でしょっ!」
「はっ、そうだった。そろーり、そろーり……んせ、んせ、うんせっ……」
「パティア、それはそれでゆっくり歩きすぎ……普通に運んで」
「あいっ! ねこたーんっ、パティアのおみやげ、めしあがれーーっ♪」
難しい話はこれでおしまいだな。
テーブルに積み重なった焼き魚と、俺とパティアが仕込んだ薫製、それと付け合わせのパンが並べられた。
その光景に、ネコヒトの野郎は当然ぶったまげたよ。
釣りは下手くそのド素人以下だが、魚に詳しいんだよなコイツ。
「こ、これはっ、この香りはもしやアジールフィッシュ!? それにこっちはサモーヌ! それと、これも海魚でしょうか、なぜ貴重な海魚がこんなに……ミャッ、王侯貴族の食卓にも勝る光景ではないですかッッ!!」
誰だお前、ネコヒトよ、お前さん魚のことになるとキャラ変わり過ぎだろ……。
絵本の中のネコみたいに舌なめずりして、幸せにうっとりと食卓に視線を釘付けにしてやがる。
「やったぞバニーたんっ、ねこたん、おおよろこびだ!」
「やったな、パティア。お前は教官の、立派な娘だ……」
「そりゃ俺とパティ公が釣ったに決まってんだろ」
ああ、あとキシリールとラブ公もな。
みんながお前さんの帰りを待ってたんだぜ。
「そうっ、パティアがつりましたー! ねこたんのことをおもいながら、つりざお、こう……ぐいーっ、とやーっ、てねーっ、がんばったんだよ、ねこたーんっ!」
「なんと?! まさかあの東の湖でですかッ?! 信じられません……そんなことが……」
「教官は、魚のことになると、別人だな……」
しかしネコヒトは焼き魚に手を付けない。
もったいないのか、それとも話に夢中になっているのか、わからんがとにかく興奮していた。
「おう、この前小舟を作ってな、あの湖の真ん中で糸を垂らしたらあら不思議だ、海の魚が釣れちまったよ」
「なんとっ、なんとそんなことが現実に起こり得るのですか!? おお……お手柄ですよバーニィ、よくやって下さいました……。あなたを里に受け入れて、これほどまでに良かったと思った日はありません。今日からそのスケベな行い全てに目をつぶってもいいくらいですっ」
ああ知ってたよ、しっかりバレてることくらいな。
だが隠れてこそこそスケベなことするのはジメジメしてるしよ、そこは開き直った方がいいじゃねぇの。
俺はそういうキャラで行くのよ、ここではな。
「ねこたーんっ、たべないとー、さめちゃうぞー? あ、ねこじたか?」
パティ公がテーブルにアゴを乗せて、上目づかいで今か今かと口に入れるのを待っていた。
そんなに見られたらネコヒトの方は食いにくいだろうにな。
「それもそうですね! パティア、あなたもありがとう、では早速いただくとします。……ミャーッ♪」
ネコヒトは猫舌であることも忘れて、熱々のアジールフィッシュを頭からかぶりついていた。
骨ごとバリバリと美味そうな音を立ててたよ。
「いまっ、みゃーっていった! ねこたんみゃーっていった! ほわぁ……なんどきいても、かわいいこえだ……」
「やっぱりエレクトラムさんって、猫なんだね……」
ジア、そいつは禁句だ。今は聞こえてないみたいだからいいけどな。
「そっちのはキュェだ」
「なんと!?」
知らずに食うより、知ってから食った方が嬉しいだろう。
ネコヒトがキュェの薫製に手を付けたので解説してやった。
「そう! それねー、うしおねーたんがねー、なべとー、おさしみに、してくれたんだー。おいしかったんだよー」
「待てパティア、そのことは……きょ、教官……?」
そう、それも禁句だ。薫製や干物も美味いだろうが、やはり鮮度の高い生の味わいも捨てがたい。
ネコヒトの野郎にとってはそりゃぁ大事件だったよ。
「な……なん、と……。刺身に、鍋……わたしは、なんという、失態を……なぜ、その時、わたしはその場に、いなかったのです……」
「おいおい、頭抱え込むほどのことかよ……」
「バーニィ……」
するとネコヒトがうつむいていた顔を起こして、俺に向けて釣り竿を振り上げるような仕草を見せた。
その後は猫目を光らせて俺を凝視だ……。
つまりこれ、釣ってこいってわけか、ネコヒトの野郎、完全に冷静さを失ってやがる……。
「あのよ、俺は今日中に納屋を仕上げなきゃならん」
「わかりました、わたしがやりますので、あなたは釣りを」
「パティアもてつだうー! そういうことだ……ここは、ねこたんとパティアにまかせて、バニーたんはコレだぞ、コレー」
パティ公まで真似して俺の楽しい大工仕事を奪おうとした。
あと不思議なんだけどよ、今よく見たら、ネコヒトは皿いっぱいの焼き魚と薫製をもう全て平らげていた。
残ったパンはこれ以上腹に入らないのか、半分ずつパティアとジアに渡していたよ。
「バニー、オレからも……」
「私からもお願いっ、大物釣ってきてバーニィさん!」
今日暇な連中といや、アルスとキシリールか。
アルスは全体的にヘッポコだが釣りと馬術だけは上手い。キシリールは、まあ数合わせと俺たちの緩衝材にはもってこいかね。
「しょうがねぇな……外で張り切ってきた爺さんのために、サービスも悪かねぇか」
「はい、キュェなどの大物海魚が食べられるなら、わたしは老人呼ばわりも甘んじて受け入れます。ぜひお願いしますバーニィ、あなたが頼りです!」
「だから誰だよお前……キャラ変わり過ぎだっての」
いいさ。元気なネコヒトの顔を見れて俺も良かった。
他にも聞きてぇことは山ほどあったが、そりゃまた今度にしよう。
俺はやっとこさ帰ってきた里のリーダーにやたら元気な握手をされて、その足で城を出ていった。
どうにかがんばって、ネコヒトが喜ぶ美味い大物を釣り上げてやらねぇとな……。




