28-2 パティアと丸鳥の森の散歩
思わぬ場所で愉快な演奏会になってしまいました。
ネコヒトはポーチと引き替えに大きなリュックを返してもらいまして、後は……色々と省略いたしますが、たくさんの布と、バイオリンと、亡き主人の遺品を背負って西へとこれから旅立ちます。
「お世話になりました。コレは必ずリセリに聴かせますよ」
「な、なに言ってんだい……別にあたいはそういうつもりで渡したんじゃ……ん、ちょっと待ちな、誰か来るよ。あれは……」
いえ、そのつもりだったのですが、また事件が起きていました。
「待ったエレクトラム! 姉御ッ、大変だ、大変なことになっちまった!」
見送りのタルトとの別れ際、ギガスライン要塞付近の草原地帯で、男衆の若頭が慌てた様子でそこに駆け込んできたのです。
普段落ち着きのある彼らしくありません。
尋常ではない、想像すらできない何かが起きたとしか思えませんでした。
「どうされましたか? それはもしかして、わたしの耳にも入れておきたいことでしょうか? なら悪い報ですね」
「ああ、もはや最悪って言っていい! それに森を抜けるなら念のため知っておくべきだ!」
「なんだいまどろっこしいね! とにかく先に要点を言いな!」
よっぽどよほどの情報だったのか、青い顔をして彼は言いました。
「それが姉御……マジでヤバい……」
「アンタの評価はいいからっ、事実だけ先に言いな!」
「魔軍が、魔軍が動いた……。ギガスラインが、北のベルン側の一部が、やつらの手に陥落したって話だ……」
ギガスラインは人類の絶対防衛線。一部とはいえそれが陥とされたとあっては、彼らが戦慄するのも当然のことでした。
どの勢力かは聞かなくてもわかります。これは殺戮派のニュクスの仕業です。
ニュクス、ついでにミゴー、ついにやってしまいましたね……。
その向こう側に攻め込んでしまったら、300年前の戦いのやり直しをすることになる。
隠れ里に住む一介の民として言います。迷惑どころじゃないのなので、そればかりは止めて下さいませんかね……。
●◎(ΦωΦ)◎●
その頃、パティアはしろぴよさんと森の散歩をしていたそうです。
どこの森を? と聞いたらすっとぼけていたので、湖のある東側以外のどこかでしょう……。
「ねこたん、かえってこないなー」
「ピヨヨッ」
わたしには違いがわかりませんが、それが相づちなんだそうです。
「でもー、こげにゃんの、け、ふわふわになったなー。へへへ……パティアは、ふわふわにするー、てんさいかも……」
「ピヨッ!」
肯定なんだそうです。
パティアの執拗なブラッシングと洗ネコヒトにより、クレイの肌触りは別ネコヒトのものになっていました。
「まだかな……」
美しい春の森をパティアは自由奔放に歩き回っていました。
ちなみにしろぴよさんは、ときおり芽吹きはじめた小さな新芽を食い散らかしては、パティアの周囲を飛び回っていたそうです。
「ねこたん、まだかなー……」
クークルスやリックの口から聞く限り、パティアはそればっかりだったそうです……。
ずっとわたしの帰りを待っていました。
「おみやげ、わすれてないよなー……? はぁ……ねこたんいないと、パティアは、むなしい……」
「ピヨヨッ、ピヨヨヨッ!」
「えへへー、しろぴよ、パティアをなぐさめてくれてるかー。しろぴよも、なかなか、いけめんだなー」
「ピュイピュイ♪」
それは白く、飛べるかも怪しいほどにげに丸っこい、ふわふわの鳥です。
そのやわらかい毛並みは、寂しがりのわたしの娘をやさしく慰めてくれました。やわらかくてふわふわというのは、やはりそれだけで特です。
ありがとうしろぴよさん、無事に大切な物も取り戻せましたので、この時のわたしは帰投に全力をかけています。
もうしばらくだけ、パティアをお願いします。
「ピヨッ!」
「よし……しろぴよーっ、つりざお、とってこよ! もりのぱとろーるは、きょうは、おしまい! ねこたんのために、おさかな、いっぱいつるぞー、しゅっぱつはっしーんっ!」
もしかしたらわたしは、この子を育てるために生かされたのでしょうか。
わたしが生き延びなければ、古城に逃げ込んだパティアは追っ手に奪われ――いえ、こんな考え止めましょう。
この子が何者であろうと、わたしは守り抜くと決めたのです。
それはわたしの意思であり、誰かに仕組まれたことではありません。
わたしは1秒でも早く娘の元に帰る義務がある。
この子がエドワード・パティントンにとって2人目のパティアでも、わたしにとってはただの大切な娘、天真爛漫な一人娘パティアなのです。




