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28-2 バイオリンとロバに乗ったネコ

 バタヴィアと別れると、ネコヒトは国境警備の厚い街道沿いを避けて、森のある丘陵からパナギウム王国に入りました。

 そこからはひたすら西へ西へ、アンチグラビティで軽量化した身体を使って街道の外れを走ります。


 なにせ小柄なフード野郎が生身で馬を追い越したりすればそれは超人、正体を怪しまれるに決まっています。

 そこで日没を迎えたその道中、わたしは王都郊外の農家からロバを1頭買いました。


「行きますよ、ロバさん」


 身軽なネコヒトはロバの背にまたがりまして、昼は寝て、夜は黒影となって街道を一気に駆け抜けたのです。

 こうして自由都市レヴィニア辺境を発ってより、3日目の夜にようやくレゥムの町にたどり着きました。


 これは小さな発見です。こうしてロバを引き連れていれば、金を稼ぎにきた農民や狩人にも見えるようで、堂々とレゥム東門を抜けてタルトの支配する旧市街に入り込めるようです。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 タルトは男衆の一人と共にちょうど骨董屋の軒先にいました。

 ロバの変な鳴き声に気づいて、店に近付いてくるわたしの姿を見つけたようです。


「はぁっ、アンタ……?! 何でロバなんて連れてんだいっ!?」

「帰りの足にしました、良ければ貰ってくれませんか? それとポーチをお返ししますので、わたしのバックを」


 3日を共にした仲です。

 少し情が移りかけていましたが、向こうに連れてゆくわけにもいきません。


「ぷっ……ははっ、そうかい、こりゃ一刻でも早く帰りたいって顔だね」

「ええ、否定はできませんね」


 夜逃げ屋の仕事で使うには、少しばかしやかましい生き物でしょうか。

 これは昔の同僚の話ですが、ロバは頑丈でたくましいものの、馬と違って社会性が低いそうです。


 なので隠密行動や組織だった動きにはあまり向きません。


「いいよ、あたいが買い物に付き合ってあげるから、欲しいものを言いな。ついでに何か買って帰るんだろ?」

「話が早くて助かりますよ。では今回は布と、楽器を1つお願いしましょう」


「布……春着を作るんだね。だけど、カスケード・ヒルからも仕入れたんだろう?」

「それが魔界の布は暗色が多いので、シスター・クークルスが辛気くさいと難色を示しまして。彼女は白などの明るい色が欲しいそうです」


 魔界の布といえば、少し値は張りますがスパイダーシルクが有名です。

 ですが汗をかく仕事となると、こちら側の木綿布が理想的だそうでした。


「わかったよ、このタルトさんに任せときな!」

「助かりますよタルト。……しかしはて、楽器については聞いて下さらないのですか?」


「ああ、アンタへのおべっかに使えると思ってね。実はもう買ってあるんだよ」

「何と……それは驚きました」


 タルトなりの照れ隠しでしょうか。

 彼女は人に媚びを売るようなタイプではありません。


「言い出しっぺはうちの連中どもさ。竪琴とフルートと、リセリの歌声だけじゃもったいない、なんて言い出してやがってね……悪いけど中に入ってくんな」

「おやおや……これはなにをいただけるのでしょう。フフフ、いえすみません、年がいもなくワクワクしてきてしまいました」


 わたしはロバを骨董屋の軒先に繋いで、建物の中に入りました。

 店の商品は相変わらずのむちゃくちゃな値段設定です。


 やがて2階に上がった彼女が降りてくると、わたしは赤毛のタルトからのおべっかとやらを押し渡されていました。

 それが驚きましたよ。一目でわかるほどに、上等な品をいただいてしまったのですから。タルトは表向きは骨董屋、感心なことに彼女は楽器の目利きまでできるようでした。


「持っていきなよ」

「いえちょっと待って下さい。こんなに高価な品はいただけませんよ」


 それはバイオリンでした。

 ざっと作りを見るだけで、とても腕の良い職人が作った物であることがわかります。状態も良くピカピカ、これ単体で美術品としても価値もある。


「うちは儲かってるのさ、アンタとの取引でね。つまりこれは袖の下ってやつだよ、気にしないで持っていきな」


 これ1つ作るのにどれだけの時間をかけたやら、バカみたいに丁寧に繊細に作られた品でした。


 そのバイオリンを様々な角度から細部を観察していると、タルトはわたしが袖の下とやらを気に入ったと思ったようです。

 まあ事実でしたが。繰り返しますがこれは相当な上物ですよ。


「わたしたちには高級過ぎます」

「だけどその分だけ音は良いんだろっ、ならいいじゃないか、むしろ何の問題があるんだい! いいから受け取りなよ!」


 拒めばしつこい、そこだけはハッキリしていました。

 タルトは頑固者ですから、意地でも自分の寄贈品を受け取らせようとするでしょうね。


「……ではお礼に一曲どうでしょう」

「そりゃ本当かいっ、いいねっなかなか景気が良いじゃないか! ああ、ならちょっと待ってくんな、ちょっとアンタたちっ、ニャニッシュの楽士様が、これから一曲アレを鳴らして下さるそうだよ!」


 するとタルトの大声に引かれて、残りの男衆が店に駆け込んできました。


「待ってたよエレクトラムの旦那!」

「いやぁ……あっちでは毎晩演奏してくれるからよっ、戻ってきたは良いがアンタの曲が恋しくなってたんだよ俺っ」

「タルトの姉御に聴かせてやってくれよ、あっちでリセリお嬢が聴く音色をよ!」


 仕方ありません。わたしは音をしっかりと聞き取るためにフードを下ろし、簡単な調律を済ませるとバイオリンを構えて弦を弓で弾き始めました。


 彼らが喜びそうな軽快で勇ましい曲をです。

 月並みですみませんがね、ノリの良い彼らに聴かせるのはそれだけで楽しかったです。


 さてそうこうして演奏が終わると、荒っぽい喝采がわたしを包み込み、隠れ里での彼らとの生活をほうふつとさせてくれました。

 またあちらにご招待したい。心からそう思っていましたよ。


 そこにアンコールの大騒ぎが始まったので、わたしもついつい時間を忘れて応えてしまっていました。


 すると演奏の真っ最中にタルトの手でネコヒトのフードがかけられることになりました。

 哀愁のある旋律が旧市街の住民たちを骨董屋へと呼び集め、次々と人口密度が増していったからです。


 さらにアンコールのアンコールをせがまれて、もはやロバを連れた吟遊詩人は止めるに止められなくなりました。

 それは予期せぬ展開でしたが存外にとても楽しく、わたしもまた夢中でバイオリンの旋律にのめり込んでしまうのでした。


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