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27-3 聖王伝説のはじまり - 絶対に死なない理由 -

 それからわたしたちは人間どもを日に日に東へ追いつめてゆき、やがてここ、レヴィア湿地にやってきました。

 その日の邪神はおかしかった。どこか苦しげで、身体の調子がかなり悪かったようにも見えました。


 夜、わたしはそんな魔王様の姿を見るに見かねて、天幕を離れて森に逃げました。

 どうあがいても、自分を愛してくれたやさしい人を取り戻せない現実に打ちひしがれていました。


 わたしは無力でした。

 ミルクを落とされた紅茶は二度と分離できない。もはやどうしようもありませんでした……。


 そこに聖王、いえ黒鬼のクーガが逃げてくるのを見つけました。

 自暴自棄になっていたのもあるのでしょう。わたしは樹木より軽快に飛び降りて、勝てるわけがないのに彼の前に立ちはだかったのです。


「はぁぁ……なんだ、お前だったかベレト……」

「失礼な人ですね、現れたのがわたしで安心しましたか?」


 従軍するようになってから、わたしも小さなレイピアを携行するようになりました。

 それを引き抜き、弱いネコヒトはオークみたいに巨大な人間に突きつけましたよ、命知らずにもね。


 いっそここで死んでしまえば楽になれる。そうも思いました。


「バカ止めろって、俺はお前とは戦いたくない」

「魔王様の肌に傷をいくつもいくつも付けておいて、わたしがあなたに、穏やかな感情を持っているとでも……?」


 わたしが邪神に苦しめられる被害者だから、クーガは同情していたのでしょうか。

 わたしはヤツに思い出を汚され、クーガは焼かれて絶命する。共通する部分がなかったとは言えません。


「イェレミアか……いい女だな、ありゃ……」

「汚らわしい目で魔王様を見るな! 魔王様はわたしたちにとって絶対で、特別なんだ!」


「だがお前、アレの隣にいるだけで辛いんだろ? なのになんでまだ一緒にいる……」

「決まっているでしょう! どんなに変わられようとも、あの方はわたしの主人です! いつか、いつか正気に戻る時があるかもしれない……その時にわたしが、隣にいないと、魔王様が悲しまれる……」


 まだあの身体の中に魔王様の心が残っているかもしれない。

 戦えないわたしに出来ることは、その心がまだ残ってると信じて、音楽を奏でることだけです。


「だけどそれはキツいだろ、たまったもんじゃねぇ、生き地獄だ……」

「そう言うあなたこそどうなのです」


「はぁ、なんだそりゃ?」

「なぜ戦うのです。勝てないとわかっているのに、なんでそこまで戦えるのです。人類を救う英雄にでもなったつもりですかっ?!」


 彼は姿を現すたびに服装と武器防具が変わっていました。

 いつだって武器に統一感がなく、身体に大小の傷を負っていました。どうせ焼き払われるならと、防具はいつだってボロボロの軽装ばかりです。


 そんな存在に、邪神が心から恐怖していたと思うと、少しだけ心が安らぎました。


「この不死の肉体をくれたのはな、リアナって女だ。俺を救世主様呼ばわりする、世間知らずのただの小娘だ」

「ああ、そのリアナを殺せば、あなたという害虫がこの世から消えるのですか?」


「いや、アレは俺を不死身に変えただけだな。それに痛ぇもんは痛ぇし、死ぬほど熱いのは変わらねぇ……」


 もう人類の敗北も見えていました。

 もう未来はない。絶望的な劣勢に追い込まれてもなお、クーガはうろたえない。


 不屈の精神が現象となり、何度も何度もわたしたちの前に立ちはだかっていました。


「男が英雄憚に憧れねぇわけがねぇ、俺も最初はその気だったのかもな。だが、やっぱそういうのは俺に向いてなかった。正義のため、人類のため、仲間たちのため、そんな動機じゃ勇気なんて足りなくなる」


 なら諦めて世界の滅亡を見届けるか、邪神に投降すればいい。

 わたしが諦めているのと同じように、邪神が飽きるまで、魔王様が戻ってくるまで、平和になるまで待てばいい……。そのときはそう思いました。


「あの白い焔、お前食らったことあるか?」

「あったらここにいませんよ」


「アレ、死ぬほど熱いぜ、まさに地獄の炎だ。……で、焼かれては生き返り、焼かれては生き返るのを繰り返すとな、ネコよ、誰かのために戦うなんてバカらしくなるんだぜ。つまりよ、上手く言えんが……俺は俺のために戦っている、世界のためじゃねぇ、やつから受けた屈辱を返し、負けっぱなしの戦いに勝利するためだ!」


 それが聖王と呼ばれた男でした。

 彼は正義や仲間のために戦ったのではなく、戦士として負けたツケを返そうとしただけだったのです。


「あなた……本物のバカでしょう……。オーク種やレッサーデーモンですら、もう少し賢明な頭をしていますよ……」

「はっ、俺は生まれたその日からずっとバカ野郎だぜ。……それにイェレミア、あれは美人だ。俺の人生で一番星の、最高の美女だ。もし結婚するなら、あんな女がいい……」


「わたしは変な目で魔王様を見るなと言いました、本当に殺しますよ」

「いやだから、お前とは戦う気はないって言ってるだろ。お……」


 そうでした、そこにリアナが現れたのでした。

 杖を持った長く白い髪の女の子、細身で、着飾ってはいるが普通の15歳前後の少女です。


 エル・リアナだなんて今じゃ崇められてますけど、聖女なんてほど遠い、ただの一生懸命な女の子でしたよ。


「ようリアナ、テメェは後ろに引っ込んでろって言ったはずだが、なにしてんだよ?」

「本当に生きてた……。へくしゅっ!! あれっ、わっ、ね、ネコヒト……!? えくしょぃぃっ!」


 それとわたしを見るなりくしゃみを連発する子でした。

 ネコヒトくしゃみ症、失礼な奇病もあったものです。


「あー待て待て待てっ! コイツは殺すなっ、コイツを殺すと余計なことにしかならんっ!」

「バカ言わないで、こんなかわいい子殺せな、くしゅんっ、へくちゅっ、うっうわぁーんっ、くしゃみ止まらないよぉ……っ!」


 これはチャンスでした。

 不死身なのは知っていましたけど、魔王様に傷を負わせる悪鬼に天罰をと、背中からレイピアで突く。


 ところがレベルが違いすぎました。

 クーガの巨体が巧みに刃をかわして、かと思えばリアナを脇に抱えて撤退を始めました。


「生きろよ、ベレトート! そしてまた、俺とヤツの死闘を景気良く奏でてくれよな! お前の奏でる音楽が俺の勇気だ!」

「逃げるな、わたしと戦いなさい! わたしをコケにする気ですかクーガ!!」


 それがここ、レヴィニアでの出来事でした。

 それからも聖王クーガは邪神との戦いを止めず、人類が大陸の東端に追いつめられるまで、彼は敗北と死を繰り返しました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 そうでした。今になって、ずっと忘れていたことを1つ思い出しました。

 邪神は3度彼を取り逃がし、その最期の1回の際にも、わたしはヤツとあいまみえました。


「ようっ、また会っちまったなベレトート。でよぉ……いよいよ俺たち人類も終わりみたいだな。このままヤツに勝てずじまいでおしまいってのは、ぶっちゃけ納得いかねーわ……」


 それにわたしがなんて返したのか、もう覚えてなどいません。

 気に入らない不死身の男の言葉しか、わたしの頭には残っていないようです。


「でよ、言っておかなきゃならんことがある……」


 何で忘れていたのでしょう。

 そのとき、黒鬼のクーガはわたしにこう言っていました。傭兵の彼らしくもない、わたしには不快なほどにやさしい声で……。


「ヤツに肉体を奪われようとも、イェレミアはいつだってお前を見守っている。お前のことを、心から、家族だって思っている」


 狂言だと思ったのもあります……。

 わたしをからかっているのだと、そのときはそう思うしかありませんでした。


「お前は幸せ者だったんだぜ……それじゃあな。それと……すまねぇ。俺もアイツを……救ってやりたかったよ……」


 認められないことです。

 魔王様がわたしを差し置いて、こんな野蛮で、うるさくて、汚くて臭い大男と、正気の時間を使っていた可能性があるだなんて、絶対に認められない……。


「絶対に生きろよ、俺たちが消えても、お前は生きろ。生きていてくれたら、俺たちは救われる……」



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 その2日後、魔王様はわたしたちの前から消えました……。

 完全勝利のその目前で、奪い取った人間の王城、その寝室から翌朝跡形もなく、失踪していました。


 人間の国で一番強くて大きく豊かな国でした。

 その王妃のための白い部屋、白いベッド、美しいその部屋は、翌朝イヌヒトのお側付きが魔王様を起こしに来た時には、もう既に空だったそうです……。


 魔王様が邪神の支配から逃れ、姿を消したと言う者もいました。

 忍び込んだ黒鬼のクーガとの決闘となり、卑怯な策略に落ちたと言う者もいました。


 後者はまずあり得ません。魔王様は最強、誰にも負けるはずのない絶対の存在です。

 ただ、1つだけ確かなことがあります。


 わたしたちは、置いて行かれてしまったのです。

 正気を失っていたとはいえ、ただ一人の尽くすべき主君に。


 魔王様が消えた理由はいまだわかりません。

 ですがそれがもたらした混乱はあまりに甚大で、軍の形を保つには壊滅的で、怒りと悲しみが同士討ちすら引き起こしました……。


 それが敗北寸前だった人類の逆襲と重なり、主を失った苦しみがわたしたちを敗北させたのです。


 勝機が生まれると、クーガとリアナは聖王と聖女などと呼ばれるようになり、わたしたち魔族の軍勢を幾度となく叩き潰しました。

 しかしクーガとリアナの軍勢は、わたしのいる部隊を襲いませんでした……。


 やがて征服したはずの西の国々までもが再決起すると、敗色が濃くなったわたしたちは仲間の半数以上を失いながらも、冬を迎えたギガスラインの向こう側に逃げ帰り、茨の長城(ローゼンライン)の内側に引きこもるのでした。


 今こうして追想すると、気づくことがあります

 聖王クーガがわたしを生かそうとしたことには、何か意味がある……。


 だが彼にはわたしをそこまでしてかばう理由がない。

 ならば誰かが、わたしを生かすように命じた。

 誰かが……わたしに、生きていて欲しいと願った……。


 わたしは邪神のオモチャだった。

 彼の嗜虐心を満たすために連れ回され、絶望する姿をヤツは楽しんだ。

 そのわたしに、もしも希望が生まれたら、邪神は疑ったでしょう……。


 魔王様はわたしの全て、魔王様が還らない限り、わたしに希望などなかった。

 魔王様が正気に戻る瞬間があっても、魔王様はそれをわたしに明かせなかった。


 誰かが、わたしを生かすように命じた。

 誰かが……わたしに、生きていて欲しいと願った……。


 だからわたしは、絶対に死なないネコとなったのかもしれない。

 わたしは、今も誰かの願い(・・・・・)により生かされている。


―――――――――――――――――――――――――――――――

 語られることのない断章

  魔王の寵愛を受けた、とあるネコヒトの見た歴史 - 破滅 - 終わり

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